137戦慄の理由

 ――わぁぁぁぁ!!


 歓声が周囲から降り注ぐ。いいや、怒号と言った方が正しいか。

 円形の闘技場中央には、各国を代表する精鋭が立ち並ぶ。


 まばらな集団は個人戦の参加者だ。

 場慣れしているらしく、手を振って周囲にアピールしている者が多い。

 彼らは十三カ国それぞれから二名だけ選出された猛者たち。

 そこにエルフが二名加わった、計二十八名で一対一タイマンを繰り広げる。

 ちなみに優勝者には勇者ルシルとのエキシビションマッチが用意されている。


 対して密度が高く、重厚な圧を感じさせるのが、各国一組、最大十名編成で団体戦に参加する。

 精鋭であるほど群体での性能が上がる……巨人が佇んでいると想像すれば、なかなかの威圧感だろう。

 一国が辞退……というより運営に回り、エルフは五名一組。

 そしてルシル・リゼット・カランディールが勇者組として参戦し、合計十四組が争うことになる。

 ちなみに勇者とエルフはシード扱いだ、とまでを聞いて――


「え、お前こっち側なの?」


 と、共に会場入りしたルシルが抜けた疑問を挟む。

 何とも失礼な話だが、シエルから聞いていたのは『勇者パーティでの出場』とだけ。

 であれば、リゼットとのペアだと勝手に考えていたわけで。

 まぁ、精鋭とはいえ、たった十人で勇者討伐など不可能なので、パーティすら不要なのだが。

 そう考えればエキシビジョンでの一対一タイマンはなかなかの冒険である。


「禁足地の主討伐で肩を並べたろう?

 シエルがあの一件を持ち出して、勇者パーティの枠組みに我を入れたのだ」


「なるほど? あ、それでエルフの面目の話に繋がるのか!」


「あぁ。団体戦でも戦力差はたった二倍だ。

 というよりエルフが一対一で人族に負ける道理がない、と上は思っているぞ」


「ははっ、そりゃいいね。人族おれらが鼻を明かすにはもってこいの場だな」


「まったくだ。こんなところに化け物が三人も居るというのにな」


「ちなみに化け物それってシエルとミルムのどっちが入ってるんだ?」


「……は?」


「ならミルムの方か。あいつはまだまだ成長期だからな」


 やれやれ、といった風に首を振る。

 あれでいて何ら技術を伴っていない能力スペック頼りである。

 ちょっとピンチを演出されると、何かしら開花しそうで恐ろしいくらいだ。


「ちょっと待て。あの娘、武勇もすさまじいのか?」


 驚きにカランディールは絶句する――


 ・

 ・

 ・


「エルフの技術は人類側には貴重です。是非とも私どもバベルと通商条約を交わしてください」


 ここはミストフィア大森林の大議場。

 エルフの錚々たるメンバーを前に、カランディールを従えた・・・シエルが微笑を浮かべて提案する。

 複数名の漂流者、ルシルたちの扱い、嘆願……そして先日の神域崩壊に、今日である。

 こんなにも高頻度で長老会が開かれることはない。

 この目まぐるしい変化の日々に、カランディールは密かにほくそ笑む。


「ふむ。こう、何度も言うのも馬鹿らしいのだが。

 部外者をそうぽんぽんと中に入れてもらっては困るぞカランディール」


「承知しております」


「分かっておる者の態度ではないがの」


 全員が床に座布団のようなものを敷いて座る中、森長が指先でトントンと板間を叩く。

 そもそもエルフの日常に起伏イレギュラーはほとんどない。

 閉鎖されているがゆえの平穏に浸かっているのだ。

 それがルシルと……いや、メルヴィやバベルが関わった途端、この惨状である。

 閉じた世界は良くも悪くも外からの刺激が入り始めた。

 これをどう御するか――手腕が問われる瞬間である。


「さて、来訪者殿。

 我らの技術を貴重と言ってくれるのは大変喜ばしいことだがね。我らが外に望むことは何もないのだよ」


「私どもから提供できるものは数多くありますが、それが気に入られるかは別ですからね」


「うむ。若人の好奇心を刺激することはあるだろう。

 しかし、連綿と続く日常を壊してまで欲するものは特にない、というのが我らの答えだ。

 それとも一方的な関係性ほどこしを来訪者殿はご所望か? 我らは対等が対話の始まりだと考えるが」


「たしかに。積まれた歴史には重みがあります。

 それを壊しに来る話の通じない輩には、剣で対抗するしかありませんね」


「……えらく、暴力的な返答だな?」


「そうでしょうか? 何事も対話で丸く収まる、なんて理想を語るほど子供ではありませんから」


 澄まし顔の裏に憐憫さが匂う。

 彼女のごくごく短い人生でさえ、波乱万丈であったに違いないと思わせる。

 そういう意味では、あの暴風のようなルシル=フィーレも同じだったか。

 群れるだけある、と何故か森長は深く納得してしまった。


「現状維持を望む老人ねんちょうしゃが多いのは、人も変りません。

 常識が移り変わってしまえば追い掛けないといけなくなりますからね。

 ただ、私どもに発見された今、これまでのような『鎖国』の選択肢は取れないとお考え下さい」


「ふむ? それは『貴殿らが口を挟む』と宣言しているのか」


「どちらかと言えば『矢面に立てれば』とは思っています」


「物は言いようだな」


「お褒めにあずかり光栄です。

 ルシル様がお邪魔した事情は察していただいていると思います。

 また、彼の行方が分からなくなったことで、周辺国への情報封鎖が解かれてしまいました」


 シエルはシレっと『仕方のないことだった』と印象付けるように言葉を紡ぐ。

 本当は意図的に流したのだが、エルフ側で確認する術はない。


「迷い込んだのがとんだ重要人物だったようだな」


「えぇ。『外』では勇者の称号を得ています」


「勇者、か。仰々しいかんむりよな。その割に態度が随分と軽いが、役柄はどの程度の重さだね?」


「彼個人が国家と同格の扱いです」


「ほう……?」


 森長の片眉がぴくり、と引き上がる。その緊張がカランディールにも伝わっていた。

 わざわざ役職を問うことはしなかったが、身分を明かすのは礼儀ではないのか。

 同じく初耳のカランディールは、この場に居ないルシルへ恨み節が出そうになる。

 滔々と肩書きゆうしゃの説明を聞いた森長は、ぽつりと言葉を零す。


「戦に駆り立てる称号カタガキを与えるとは……まるで消耗品イケニエだな」


「鋭いですね。ですがルシル様は生き延びました。

 それどころかあらゆる無理難題を乗り越え、休戦にまで持ち込み英雄となったのです」


「それだけ天稟に恵まれておるのだろう」


「かもしれません。ですが、その重要さはそちらもご承知の通り。

 現在、十カ国以上の精鋭を集めるに至っています。

 これらはすべて勇者ルシルを捜索するための人員で、数にすれば三千ほどになります」


「捜索、な。数を出すのは誠意の表れとでも?」


「外交手段で持ち込んだわけではありません。

 だからこそ一国ではなく複数国から派兵してもらっています」


「どういう意味だね?」


「一国に『独占される』ことへの対策です。

 各国の思惑は様々です。だからこそ、足並みが揃いません。私どもがそう仕向けています・・・・・・・・・


「土足でこの地に足を踏み入れておきながら面白いことを言う」


「それは『不慮の事故』、でしょう?

 それにリゼット様が先触れに来られるまで、あなた方の存在を知りませんでしたからね」


 シエルがにこりと微笑む。

 もしもエルフが捜索ではなく『侵入だ』と突っぱねれば、シエルはルシルが『誘拐された』と切り返す。

 ゆえにお互いの主張は呑み込もう、とシエルは暗に告げている。


「ともあれ、彼らを叩き返してしまうのはお勧めしません。

 少なくない情報を握っていますし、敵対関係になれば各国から派兵されます。

 いかにエルフが精強でも、十カ国以上からの連合軍相手ではひとたまりもありません。

 最低でも『無関係』を決め込まねばならない状況ですので、穏便に対応されるのがよろしいかと」


「……随分とこちらに寄り添うような意見だな?」


「えぇ、調査隊やルシル様を拾ってくださった御恩を感じていますから。

 実を言えば、通商条約とりきめなんて関係なく、お礼の品をお送りしたいほどです。

 が、背後に多国籍軍を率いている現状では、そんな言葉も空虚に聞こえてしまうでしょう?」


「ふむ、ルシルとやらとは違う反応だ」


「うーん……この場で伝えるのはあまり正しくないかもしれませんが」


「何だ?」


「ルシル様には裏表がありません。正直の前に『馬鹿』が付きそうなくらいに。

 単にウルトラポジティブなだけ、って気もしますが、要望も『帰還』だけでしたよね?」


 シエルが困り顔で『真実』に、常に冷たい微笑を浮かべていた森長の表情が少し崩れる。

 思わず「そうなのか?」と視線を向ければ、カランディールは深々と頷いている。


「初めての会談の際も、彼女の厚い信頼を気にしての進言です。

 あくまで被害を最小に抑えるために、『敵地になりかねない場所』での行動です。

 それに禁足地の主討伐後の報告でも、最終的に森長の意見も素直に飲んでいましたね」


「『自分よりも他人の方が頭がいい』と思っていますからね。

 優れた意見には素直に従います。そこにどんな意図があろうとも。

 たとえば斥候や尖兵の派遣が目的だとしても、表向きの理由が正当であれば受け入れます」


「ふむ。何か対策うらがあるわけではない、と?」


「森長の懸念は理解できますが、感謝はしても脅す意図は全くありません。

 他者評価じつりょくと自己評価が大きく食い違っていまして。

 あと、役職的に深読み必須な方々がお相手なので、輪を掛けて誤解を生むんです。

 ちなみに同じような失敗を少し前にやらかしたのですが、きっともう忘れているんでしょうね」


 あれはそう、アトラスとの航路を拓く切っ掛けになった襲撃ほうもんである。

 シエルの航路での貸し・借りの帳消しフォローがなければ、未だにあの国は『攻め落とされる』と戦々恐々だったろう。

 今までの『交渉の表情かお』を脱ぎ捨て、はふぅ、とシエルは頬に手を当てて息を吐く。


 思い出に浸るシエルに、森長は何とも言えずに反応に困る。

 信じていいものか、それとも演技だと疑うべきか……。

 だが、今の彼女と、先日相対したルシルとのやり取りを思い浮かべれば、演技とは到底思えない。

 というより、演技であればルシルが不利な提案に乗ることはない。

 であれば――


「警戒しすぎ、だったか」


「はい。皆が皆、飛び抜けて優秀ではありません。

 むしろ想像よりも多くの無能が世の中を回しています。

 かくいう私もルシル様が関わるとポンコツになるようなので大口を叩けませんが」


「……それは、、、なるほど。身をもって感じておる」


 友好的ではない相手の前に、護衛もつけずにたった一人で来るのだ。

 いかに交渉事が得意であっても、その無謀さは計り知れない。

 いや、それこそ勇者ルシルのことを信じてやまず、ここまで軍を率いて押し寄せている。

 ……それにしても、この同意は失礼に値する、と気付くのが遅れた森長は口ごもるように呟いた。


「では何が望みなのだ」


 長老衆たちも異論を挟む様子はない。

 警戒心が緩んだわけではないだろうが、少なくとも敵対的な意思は薄れていた。

 だからこその本題。

 いつまでも結論を先送りにしていても、何一つ得られるものなどない。

 相手はエルフではなく人族だ。時間軸がそもそも違う。

 まごまごしている間にも、背後の三千が攻めてくるかもしれない。


「要望、というより後腐れなく過ごすために先ほどの提案です。

 勇者ルシルと友好関係を結んでください。

 『勇者の盟友』であれば、簡単には手出しできなくなります。

 軽々しく『使う』わけにはいかず、『攻め込む』なんてもっての他です」


「ふむ? だとすればあらゆる者が『盟友』の席を狙うだろう?」


「はい。ですが、それもあくまで戦時中の価値です。

 平和が続き、交友関係が広がれば希釈化されていきます」


「つまり時間稼ぎだと?」


「えぇ。そして時間は我々勇者の商会バベルが手を尽くして稼ぎ出します。

 ですのでその間に、エルフ側が納得できる『世界との接触方法』を導き出してください」


「……それはどれくらいの期間だね?」


「最短でも二年は持ちこたえます。それ以上は情勢次第とお考え下さい」


「二年、か。人の生はまさしく刹那よな」


「エルフに比べれば多くの種族は赤子でしょう。

 それでは『子守りの方法』の件、よろしくお願いします」


 シエルはカランディールに目配せしてサッとその場を立つ。

 警戒していたはずのエルフ達は、誰もが気付かぬ間に『面倒ごとを背負いこむ同胞』の背を見送っていた。

 そう、同意を得たとは言い難いが、すでにエルフ側の思考は固定させられていたのだ。

 そしてこの一件は序章に過ぎなかったのだと、彼はすぐ思い知る。

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