136目を見張る光景

「どうしてこうなった――?」


 勇者ルシル=フィーレは、そう口にして愕然と膝を突いた。

 彼のすぐ隣に立つシエルは駄々っ子を相手にするように諭す。


「ただの親睦会に、どうしてそこまで深刻になってるんですか?」


 彼をここまで追い詰める原因は、ミストフィア大森林の中核からすぐ外側。

 そこにいつの間にか謎の巨大建造物ができていたことに起因する。

 溜め息交じりのそんな言葉は、ルシルの耳に届き、思わず――


「……親睦会の会場が闘技場・・・じゃなければ、俺もこんなに嘆かねぇよ!」


 ルシルが地面を叩いて抗議の声を上げた。

 彼らの居る中央を見下ろすように、浅いすり鉢状に作られた闘技場である。

 ルシルはシエルの嘘を真実に変えるべく、昼夜問わずに仕掛けた軍事演習の真っ最中だった。

 そんなたった一週間ほどの間に作り上げたものがこの闘技場だ。


 相変わらず……いや、おかしな程に仕事が早すぎた。

 というのも、この馬鹿でかいサイズのほとんどが木造である。

 そう、木造なのだ。この件には間違いなくエルフが関わっている。

 そもそも連合軍の陣は遥か外側なので、人族の手が入っているわけがないのだ。


 外に迫り出すように等間隔に聳え立つ八角の巨木を主柱にしているのだろう。

 重さを預けるように、ぶら下がっているように見えるが、よくもまぁ、円形に整えたものである。

 外観は間違いなく八角形だったはずだが。

 ともあれ、この規模をこの速度で作り上げるとはさすがの一言。

 そんな二人の様子を、遠巻きに眺める詰めの作業中のエルフたちは、ニマニマとルシルの慟哭を聞いていた。


「エルフの技術力を見せつけるための会場ですからね!

 これを見れば各国も敵対しようなんて思うはずがありません!」


「……そのためだけに作ったんなら文句はないぜ?

 でもお前のことだ。どうせ『せっかくだから使いませんか?』とか言ってるんだろ?!」


「あぁ、これが以心伝心ってことなのですね!」


 身体を抱くようなオーバーアクションを見せるシエルに、ルシルは「はぁ……」と深いため息を零す。

 分かっていたことではあるが、本当にこの娘は利に聡い。

 きっと最初から何か思惑があっての闘技場でもあるのだろう。


 バベルだってこんなに大きく……いや、何年か前までは存在さえしなかったのだ。

 片付けの苦手なルシルが、素材置き場にしていた倉庫の整理にシエルが手を付けたのがことの始まり。

 要・不要の整理整頓がなされた倉庫は、そのまま地域の物々交換の場に変わる。

 それから取引量が増えて金銭のやり取りに切り替わるまで大した時間は掛からなかった。

 当然、管理者はシエルである。本当にただ彼女に倉庫管理を任せていただけだったのに。


 それが商売とみなされる規模になり、商会みせを作ったかと思えば他の商会の救済M&Aを繰り返し。

 知らぬ間に国家とも対等の席に着く交渉力を身に着けてしまった。

 今では『勇者の商会』との二つ名で、世界の巨大商会の一つに名を連ねている。

 まったく、どうすればたった数年でこんなことになるのだろうか。

 勇者の称号をもらっただけで祀られたルシルにはさっぱりわからない。


「ところで俺がバベルに運んだ『脱落者』は何人になったんだ?」


 膝に着いた埃を払ってすっと立ち上がる。

 訳の分からないことを吹き込まれる前に、ここ最近の仕事を片付けるべくシエルに問うた。


 彼は陣の周囲を哨戒中の班を、片っ端から襲ってはバベルの旗下に運んでいる。

 だが、ルシル一人では運搬に手間が掛かりすぎる。

 その際に頼ったのはシュエールの斥候せいえいだ。


 ルシルはエルフにでも協力を仰ぐつもりだったが、シエルが止めたのだ。

 連合国の取り決めにある『現地調達可』は、現地民エルフを含むわけがないが、中には頭のおかしい者も混じっている。

 それにエルフを周知するには時間も現実味も足りないため、『敵勢力と誤認した』と言い張られる可能性まであった。

 その点、人族であるシュエールの斥候せいえいは『他国軍』を装うだけでいい。

 同様の取り決めに『他国への武力介入は失格』があるからだ。

 ルシルは『アッシュに借りを作るのはなぁ』などと思っていたが、すでに旗下でこき使っているので今更だった。


「各国とも約五十人の損耗なのでほぼ全滅ですね」


「ん? 全滅基準の三割に足りてないぞ?

 しかも離脱者の扱いは『死亡』だろ? 足手まといが居ないなら半数やられても戦えるだろ」


「今回は決戦編成ではなく、探索・調査も含むバランス型ですからね。

 国によって違いますが、戦力人員は最大で六・七割程度……二百人が限界なんですよ」


「あー。遠征って考えれば確かに。それなら今頃指揮官は気が気じゃないだろうな」


「たった一人を相手に割と一方的ですからね。

 こちらが全滅リタイアを仄めかせば反論は難しいでしょう」


「かくれんぼは得意だからな。

 それに数が多ければ確かに索敵やらは有利だ。

 が、こっちからすれば集団の気配は殺し切れず、足は遅くなる。

 それでも俺も見つかってるし、やっぱり今回の編成は精鋭には違いないな。ところでそいつらはどうしたんだ?」


「自分の足で帰ってもらいましたよ。

 まぁ、『死亡者まけいぬ』の札を首から下げていますけれど」


「扱いがえげつねぇ……」


 勝手に戦線復帰を果たさないように、死亡者の所属と名前を確認済み。

 もしもルシルが同じ者を連れ帰れば不正が発覚する仕組みである。

 ちなみに不正は参加国に共有されるので、虚偽報告は命とり。

 当然、その国の演習は即時中断の処分を受け、不名誉を各国に知らされる。


 それにしても。各国の『最初の犠牲者』たちはきっと身の置き場がなかったに違いない。

 とはいえ、そう言っていられるのも初日だけだったろう、とシエルは内心で苦笑いする。

 その後、勇者の姿を目撃することさえできずに脱落する者が、国を問わず続出するのだから。


「一週間で五百以上か。我ながら孤軍奮闘しすぎたかな」


「少なくとも今後はルシル様に野戦を挑む馬鹿は居なくなったでしょうね」


「視界が悪くて有利になるのは少数だもんな」


「普通は追い込まれるはずなんですけどねぇ」


 今度はシエルが頬に手を当て呆れる。

 数の暴力をひっくり返せる化け物なんてそうゴロゴロいない。

 そういう意味ではあの聖女様リゼットも十分化け物勢である。


「ちなみに闘技場ここの使い方なんですが」


「いやだ。聞きたくない。

 俺はもう島に帰るんだよ! 頭空っぽにしてミルムと余生を過ごすんだい!」


「急に駄々っ子みたいにならないでくださいよ。

 お世話になったエルフに恩返ししたいと思いませんか?」


「……どういう意味だ?」


「いくら『作ったばかり』を主張しても。

 それを確認・保証しているのが『勇者』であっても。

 この地では、どうしてもエルフに配慮しないといけませんからね」


「いや、だからどういう意味――」


「ちなみに人の手で作ったなら、この建物って一体どれくらいの時間と費用が掛かると思います?」


「んー? 天井も二階もないからな。

 材料が揃ってれば三カ月くらい……いや、半年はかかるか?」


「ですよね。まぁ、素人目なのでかなり誤差はありそうですが。

 それが一週間で、しかも山林であるほどに得意って信じられます?

 少なくとも建設期間はもっと長く思われるし、何だったら『最初からあっただろ』って言う人も出てきますよ」


 エルフ側に同じ形の建物が存在しなくとも。建築技法が違えども。

 要は高すぎる技術力のせいで現実味がなく、ルシルの言葉でさえも軽くしてしまうのだ。

 であればどうするか――それがシエルの奇策なのだろう。


「――で?」


「話が早くて助かります。

 まぁ、技術で納得されないので、手っ取り早く武力で見せしめる、って結論に至りまして」


「……へぇ? その相手が俺か?」


「まさか。そんなことしても相手に……比較になりませんよ。ルシル様ならエルフでも人でも同じでしょう?」


「いや、対処の仕方が絶対に変わるが?」


「それに彼らは国家の威信とプライドを背負ってこの場に来ているわけですからね。

 国軍を歯噛みさせたルシル様相手に善戦でもされれば、それこそ『八百長』を疑われちゃいますよ」


「訊いたんなら俺の話も聞いてくれよ。

 じゃぁ、各国軍とエルフでぶつかるって話か。なら俺は関係ないんだな」


「はい、ですのでルシル様は特別枠として『勇者パーティ』での参戦をお願いします」


「どうしてそうなる!?」


 再びルシルの慟哭が会場に響き渡った。

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