135辻褄合わせの襲撃

 魔王討伐を果たした勇者、ルシル=フィーレが監修する軍事演習。

 戦いを生業とする者であれば、是が非でも参加したいと思うだろう。

 しかも開催場所は彼が発見したばかりの新大陸。前人未踏の地である。

 これでは周辺国も黙って見過ごすわけにはいかない。


「しっかし、一向に勇者様は現れないな」


「担がれたのか?」


「まさか。勇者の商会バベルが全面に立って募集掛けたんだぞ」


「そうだな。総勢十三カ国も参戦して嘘でした、なんて言えるわけないよな」


「そりゃいくらバベルでも許されないだろ」


 ははは、と四人一組の班が雑談しながら哨戒する。未開拓地の行軍は至難を極めた。

 出発の拠点こそしっかりしたものだったが、一歩踏み出せば原生林である。

 本当にこの先に勇者が潜んでいるのか、と心配になるほどだった。


「思ってたより規模がでかくて手が出せないとか?」


「そりゃありそうな話だな」


「せっかく拓いた森もすぐに埋もれていくみたいだしな」


「さすが新大陸ってところか?」


「どっちかと言えば『勇者の庭』なんだろ?」


 ざっざっざ、と雑草をかき分ける音が森の静寂に消えていく。

 木々のざわめきが。虫の鳴き声が。動物たちの息遣いが。班の気配を上塗りしていく。


「にしてもさすが勇者だよな。国から軍隊を引っ張り出すなんてな」


「合同演習なんて国同士が決めるイベントだからな。

 そう考えると勇者一人が国と対等って話になるんじゃねぇの?」


「その話題はやめとけ。物理的に首が飛ぶぞ」


「え、そんな怖い話か?」


「お前が言った通りだよ。個人の意見が国に通った実例だぞ。

 ある意味上手く乗せられて……しかも自国うちだけじゃない。世界を動かしたわけだからな」


「へぇ……話題にするだけでヤバいのか。

 そんなことをやってのける勇者ってのは頭のネジが飛んでないとできないものなのかもな」


「おまっ、相変わらず平然と不敬罪に踏み込んでいくやつだな。巻き添えにすんなよ」


 班長は呆れて額に手を当てる。

 本来ならこうした会話など、戦地では……いや、少なくとも哨戒任務中ではご法度である。

 だが、緊張の糸を保ち続けられるのは精鋭と言えども限界がある。

 特に現着してから一週間ほど経った辺りは、慣れも相まって緩むのは仕方がない。

 ちょうど今時分には、哨戒任務中であっても談笑する輩はざら・・に居る。

 そうした彼らの警戒心は総じて低く、『敵』に付け込まれる隙となる。


 たとえば――

 ひゅっと何かが通りすぎる風切り音が聞こえた、気がした・・・・

 しかし、誰も気に留めず、雑談をしながら周囲を警戒するフリ・・を続ける。

 そうして気配が小さくなったことにさえ気付かずに進む。

 ついには雑談を交わす者がお互いだけになり、ようやく――


「うん? あれ、ちょっと待て」


「どうした?」


 会話の参加者が減ったことに残り・・二人が気付いて立ち止まり、顔を見合わせる。

 そして静かだったはずの周囲の音が、やかましいほどに聞こえてくる錯覚に陥る。


「お、おい、茶化しすぎだろ」


「その冗談は洒落になら――」


 ルシルの襲撃もなく、そうして早二週間近く……行けども行けども森ばかり。

 ついに主催者のバベルより、各部隊長に陣を張るよう指示が下された。

 だからこそ、日中にも関わらず斥候ではなく哨戒に人が割けるともいえる。


 いいや、割けていた・・・・・

 ここは深い森の奥。一度はぐれれば、戻ってこれることさえ難しい。

 そしてこれからは、一方的に数が減っていく・・・・・・・・・・のだから。


 ・

 ・

 ・


「未知の大地に潜むルシル様とのゲリラ戦です。

 食料・物資・装備の質・量は各自の自由で、足りなければ『現地調達』も許可しています。

 また、仮想敵はあくまでルシル様のみで、他グループへの攻撃は認められていません。

 発覚次第、退場とし、各国・各人への損耗や被害等は、開催するバベルからの保証は一切しません」


「……それってバベルは連れて来るだけってことか?」


「こちら側が食事や装備を提供したら、演習になんてなりませんよね?」


「要は他人の費用で俺たちの捜索を賄おうって話だよな?」


「そんなことは考えていませんよ! 結果的に・・・・そのような条件になっただけで!」


「絶対狙ってるだろ?!」


「はははっ! 演習場フィールド教官ゆうしゃ、それに移動手段まで提供するのです。

 この破格の待遇に、誰もが『そちらに何のメリットが?』と訊いてきてもですか!」


 胸を張るシエルに、ルシルは呆れて物が言えない、とばかりに天井を見上げる。

 まったく、この商売人は窮地においても利を逃さないようである。


「それで何て答えたんだよ」


「新大陸は広大かつ険しいため、バベルでは対応できる探索隊が編成できません。(事実)

 唯一、ルシル様が分け入っていけるのですが、調査の専門家ではありません。(事実)

 ゆえにバベルが求めるのは新大陸のあらゆる情報。(事実)

 対価としてお支払いするのは、先に上げた場所、移動、教官ゆうしゃの三つ。(だが教官ルシルは行方不明)

 未知の場所で、敵戦力を排除しながらの情報収集という、究極の軍事演習をご提供いたしますよ!(予定)」


「うへぇ……そうやって世界中が騙されてるんだなぁ」


 相手の『欲しい』と自分の『欲しい』を重ねることが上手すぎる。

 戦争の記憶が新しい中、現在はまだ『休戦中』であり、勝敗は決していない。こうした演習は大歓迎だろう。

 特に肥大化した軍部を遊ばせている・・・・・・今の状況は、どの国も問題視している。

 どうせ居るだけで費用が掛かる軍を演習に向かわせるのは合理的だった。

 しかし、ルシルが見つからなかった場合はどう責任を取るつもりだったのだろうか。


「ちなみに各国、各組織での『参加上限』はたった・・・三百名です」


「十分大所帯なんだが?!

 てか探索なんて、一人でも手が欲しい中でよく制限かけたな?」


「複数国を呼んでますからね。見栄を張るにも、上限がないと大変でしょう?」


「千人とか出されたら編成に無駄に時間が掛かりそうだしな」


「オークションみたいに数だけを積み上げる国も出てきますからね」


「そうか。絞ってるように聞こえるだけで、動かせるヤツ全部連れて行こうって腹か」


「すぐに動ける数なんて知れてますからね。

 ケルヴィン様が出した三百って、絶妙な数字でしたね。

 予算は握っていたでしょうが、軍事にも明るいとは思っていませんでした」


「……ちょうどオーランドで俺が叩きのめした数か。なるほどな」


 すぐに集められても、遠征できるほど暇とは限らない。

 ただ、戦場では万単位で投入するため、駆り出す人数としては少ないくらいだ。

 絞った分だけ精鋭が集まるし、結果的に冴えた数字だったと言えるだろう。


「それでも目玉はルシル様ですよ。貴方との戦闘訓練なんて、戦いを生業とする方々なら垂涎のご褒美でしょう?」


「う……まぁ? そうかな?」


「それに未知の新大陸ですよ?

 各国も地図や資源、植生を探る恰好の機会イベントだと思いませんか?」


他人エルフとちだろ?」


「発見者であるルシル様の、ですよ。あくまでこちら側の論理ですが。

 ともあれ、人は『未知』にこそ恐怖を抱くもの。いち早く調査を行いたいのはどの国も同じです。

 それに輸出入の品目や産出量の目途が立てられれば、メルヴィとの交渉時に有利に立て、戦略面においても――」


 シエルが口を滑らせた言葉をルシルは聞き逃さない。

 和気藹々としていた空気が一瞬にして冷え込み――


「それは彼らを攻め落とす、という意味か?」


 問うた声は静かで落ち着いたもの。

 だが、体内に雷鳴のような衝撃を感じさせるような、果てしない重さを内包していた。


「本気になさらないでください。あくまで敵対した場合の『用心』ですよ。

 それにこの場合の『仮想敵』は、私たちバベルやルシル様です。出発時点ではエルフなんて誰も知りませんから」


 びりびりと空気に乗る圧力を跳ね除け、シエルが返した。

 ルシルは「ちょっと高ぶったな。すまん」と短く息を吐いて緊張を解く。

 さっきまで孤立無援でリゼットとミルムに加え、病人たちの生殺与奪を握らされていたのだ。

 彼にとっても相応のストレスを抱えていた。


「誰しもが無邪気に胸襟を開けるほど……ルシル様のように強くない・・・・のです。

 それに自らの利益を最大化するために動くのはごくごく自然なことです。

 ましてや国や組織であれば、庇護下に及ぶ不利益の排除は行わなければいけませんから」


「そういうもんか。それで『参加』ってのは?」


「ここまでサバイバル能力を試されるだけでしたからね。

 そろそろ本格的に襲撃がないと、演習になりませんよね?」


「……嘘を隠しに行くわけか」


「人聞きが悪いですよ。まだ・・契約が履行されていないだけです。

 ルシル様は意地悪なので、緊張の糸がぷつりと切れるまでじっくり待っていたんですよね?」


 ふふふ、と笑みを浮かべるシエルに少しばかり怖気が走る。

 こいつが敵じゃなくてよかった、と心底感じるほどに。

 ルシルは「そうだな」とだけ告げ、シエルから参加国と部隊編成等の資料を受ける。


 事情を知って、暗部を出したシュエールはともかく。

 他の国は裏を感じながらも、表の協力体制を前提に軍を編成している。

 はっきり言って強敵であり、ルシルとしても瓦解させるのは至難の業だろう。


 が――


「ま、端から削ってくか。今は陣を張ってんだろ?」


「そうですね。真っ最中かもしれません」


「よっしゃ、なら近いところから行ってくるか」


「治療者はバベルの旗下に居ますから、他を狙ってくださいね」


「当然だろ。リゼットに恨まれちまう」


 肩を竦めてルシルが笑い、手早く装備を整える。

 不可能だと思えた問題が、最大三百名を相手にするだけで良くなった。

 しかもオーランドの時とは違い、小間切れにされた部隊と、遮蔽物のある森での戦いだ。

 数の差はあれど、自分の土俵で戦えるのなら、これほど楽なことはない。

 シエルには頭が上がらないな、とルシルが考えていると、


「後はそうですね。森長? って方と交渉がしたいのですが」


「そいつはカランに頼むか。俺は部外者だからな。

 って、お前、一体何を話に行く気だよ。それでなくても警戒されてる、って話をお前から聞かされたばかりなんだが?」


「せっかくの機会なので、貿易に興味ないかお伺いしてきます」


 胡乱気な視線を肩越しに送るルシルに、シエルは満面の笑みで答える。

 ルシルは、それだけじゃないだろうな、と商人の言葉を信じず、手を振って部屋を出て行くのだった。

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