133簡単な要求
カランディールとミルムの息が整うまで休憩を入れたルシル一行は、ミストフィア大森林の帰路につく。
帰りもルシルの指示に従い、ミルムが魔術を使って道を拓く。
ただ、禁足地の主を討伐してしまったので、一応道の幅は抑え気味。
きっと明日も明後日も。この道は埋もれずに残っているはずである。
一日以上かけて移動したはずの帰路は、半日にも満たずに到着を果たす。
往く手を阻んでいた草木の密度が落ち着いたこと。
そして何より神域によって引き伸ばされていた距離が戻ったことが大きい。
何とも規模の大きな話で、間違いなく神域が瓦解したことを示している。
「カランディール=ミスリス。長老会がお待ちだ」
戻るや否やの呼び出しである。
カランディールは「そうか。すぐに行く」と返答し、疲れを見せない所作できびすを返す。
「俺も一緒に呼び出しだろ?」
もちろんルシルはそれを許さない。
彼一人を生贄に、ルシルたちがお咎めを逃れるなんて未来はあってはならない。
「馬鹿言うな。これは
どんな顔で部外者のお前たちを引き連れて行けばいいというのだ?」
「ただの当事者だが?」
「……病状は予断を許さない。三日前よりも間違いなく進行しているぞ」
「そうなんだよな。俺は欲張りでな。
「何?」
「どうせ俺一人じゃ抱えられる数は限られてるだろ」
一瞬、きょとんとした反応をしてしまうカランディールは、そのまま「くくく……」と押し殺して笑う。
それほどまでに
だが、それはとても面白く、彼にとってはある意味この硬直した世界に一矢報いることになることだろう。
「まさか呼び出された身で要求とはな!」
「さぁ、何のことだかな? すまんが最後まで付き合ってもらうぞ」
「まったく、お前と居ると退屈しないな」
呼び出された者の末路は謝罪か言い訳か。どちらにしても処分を待つ身。
逆境を生き抜く勇者が、こんな恰好の機会を利用しないなどもったいない。
カランディールを追い越したルシルは、こぶしを掲げてゴツンと合わせる。
むしろそこへ真逆の目的を抱えて呼び出されるとは誰も予想だにしないことだろう。
・
・
・
「――ことの顛末は承知した」
つい先日、危機を訴えた場で、今度は禁足地攻略の報告を上げる。
登場から今まで、頭痛の種を植えては咲かせるルシル一行。
重苦しいまでの
またもや訪れる静寂。
熟考しているのか、それとも怒りを堪えているのか。
一様に目を瞑り、噛みしめるように口を結ぶ。
晴天にも関わらず、室内が心なしか薄暗く、細かな表情が読み取りにくい。
難しい話だ。
何せこれまで何百年と討伐を成功させた例はなく。
大部隊を編成しても成し得なかった偉業を、たったの四人が一泊二日で成功させてきた。
禁忌指定までされていた相手を、子連れの部外者が、一人の損失もなくほぼ無傷の帰還である。
何処へ消えたかと思っていた矢先の報せに、あらゆる者が動揺した。
いくら同族が参加していようとも、種族の名折れと考える者も居るだろう。
それは権威主義者ほどに強く、だからこそこの場に呼ばれたのだ。
無駄な時間を使っている自覚のあるカランディールは、
この暗さは彼にこそありがたいものだった。
「こちらでも神域の崩壊を確認している。
して、カランディール。何故そのような無謀に手を染めたのだ?」
「早急な解決が必要だったためです」
「禁忌を破ってでもか」
「どのような結果になるかもわからぬのに?」
「御伽噺を信じるとはまるで童子ではないか」
「熟れたと思うておったがのぉ」
平均年齢八百を超える長老衆がざわざわと口ずさむ。
年寄りというものは、どの種族においても話が長いらしい。
そして子供というのは落ち着きのないものである。
「やっかましいわ! 一人ずつ話せ! 答えられんだろう!」
床に
ちなみに指差しはどの文化圏でもそれなりに失礼に分類される。
当然、ピキリと青筋を立てる者も居て、出口を見張る護衛の姿勢が前のめりに傾く。
ルシルは「まぁ落ち着けよ」とミルムの手を下させて諭す。
彼の反応速度であれば、彼女が動く前に対応できるのに、だ。
「ともあれ、俺たちのようなガキの頭では、
澄まし顔で言ってのけるルシルに、森長は少し顔を上げて反応する。
だが、カランディールは黙したまま。どんな結果であろうとも、出発時点で覚悟を決めている。
ルシルが手を出せば止めに入るが、それ以外で口を挟むつもりはなかった。
「ほう? この場でそんな言葉が出るか」
「頭はともかく、度胸だけは世界一と自負していますよ」
「なんとも面白い小僧じゃ」
「面白いついでにもう一つ。俺たちがこの地に混乱を招いたことは間違いありません。
ただ、カランディールは『
「そうは言うが貴殿に何ができるというのだ?」
胡坐に頬杖をついて森長が問うた。
状況だけを見れば、世話をされているだけの者の言葉など聞くに値しない。
だが、その状況は先日と一変していた。
「先日嘆願に来た際と決定的に違うのは神域の有無です」
「たしかに。こちらでも確認しておる」
「ですので、俺たちは自由に行き来ができるようになりました。それはつまり――」
「外に控える軍勢の来客があるわけか」
「えぇ。できることには限りはありますが、最大限努力しますよ」
読み通りシエルが来ていれば、ほとんどの要求に耐えられるだろう。
少なくとも時間をもらえれば、よほどの無茶でないかぎり、しっかり対処してくれるはずだ。
ルシルの個人資産からの放出も辞さない構えである。
オーランドの立て直しにも使われているので、ケルヴィンには悪いが涙を呑んでもらうとしよう。
「それは『脅し』か?」
森長の言葉が静寂に染み入るように紡がれる。
この流れで出てくる『脅し』の意味が捉えきれないルシルは、内心で首を傾げる。
聞き流すことに決め――
「いいえ、ただの事実です」
含みを持たないという、以前と変りない言葉を投げた。
すると何故かピリッと緊張の糸が張り直されるのが感じられる。
気配には敏感なルシルに疑問が積み増しされていく。
次に口を開いたのは森長で、
「腹を割って話そうか」
「俺はいつでも開けっ広げですよ」
「そう、願いたいものだな」
森長は心からの願いを口にすれば、ルシルは肩を竦めて笑うだけ。
ルシルは徹頭徹尾、自然体。
初めてこの場で首脳陣と話をした時も。
そして状況が変わった今でさえも、彼の態度は変わらない。
ただ、話す内容の意味合いが、前と今では少しばかり違うだけで。
――その沈黙を破ったのは、
「何を見合っておる。言いたいことがあるんじゃろう?」
当然、空気を読まないミルムである。
一触即発の中、進行役ができるのは彼女以外に居ないだろう。
「――俺からは、現在介抱してくれている、探索隊の運び出し許可をもらいたい」
「構わぬ。こちらから人手を出そう」
「願ってもない話だが、さすがにそこまで迷惑はかけられない。
どうせ近くまで来ているだろうから、こっちで勝手に撤収するさ」
「……こちらは閉鎖的でな。人の出入りは極力制限したい。
これ以上、無駄な波風は立てたくないだろう。お互いに、な?」
「なるほど。恩人の手を煩わせるのは気が引けるが、そういう話なら甘えさせてもらうよ」
カランディールには人手が欲しいと言ったが、さすがに彼らを頼るつもりはなかった。
いくら何でも厚かましいので、シエルに丸投げするつもりだったのだ。
だが、そうなると――
「うむ。ただ、前後不覚の者を運ぶのでな。
手違いで攻撃されるのは困る。事前の通達はしっかり頼むぞ」
「たしかに。なら俺が先触れに顔を出してくるよ」
「……口を挟むようだが。
「指揮? そちらの都合で構わないが」
随分と細かい話を持ち出してくる、とルシルは首を傾げる。
彼からすると病人を安全に移動することさえできれば文句はないのだ。
順番も手配も、ルシルが文句をつけるより遥かに上手くやってくれるだろう。
「病状ならまだしも、人物ごとの優先順位など付けられぬ」
「状態を優先してくれればいいさ」
「それならば対応は可能だ。
ただ、この段で何か不手際があれば、互いのためにならぬと思ってな」
運び出しの場面で、何らかの『手遅れ』が起きた際、エルフ側で責任は取れない。
たとえば『意図的に遅らせた』なんていちゃもんをつけてこないか危惧しているのだ、とルシルはようやく気付く。
要は『誰か責任者を立てろ』と言っており、そうなると有力候補は――
「リゼット、頼めるか?」
仁王立ちのミルムに隠れるように佇むリゼットに視線をやる。
聖女の称号を持つ彼女であれば最適だ。
「……その娘に? こちらの見立てでは貴君が望ましいが」
「何か理由でも?」
「いやなに。この場で黙したままの者が指揮を執れるのか、とな」
リゼットは旗頭に据えられることもあるので、指示役に不安はない。
だが、エルフを相手にそれができるかはまた別問題だ。
言われてみれば、彼女はエルフたちの前では口数が激減している。
慣れてきたカランディールとでさえ、未だに距離があるくらいだ。
「いっそ外への通達ならば、こちらから護衛に何人か付けられるが?」
「……なるほど。そちらの提案に乗らせてもらおう」
「そうしてくれるか」
人族を相手にするなら、リゼットとて人見知りは発動しない。
むしろ接触さえできれば、すぐにシエルの下へと連れていかれるだろう。
そうして細々とした話を終わらせ、ようやく本格的な救出作戦が始まったのだった。
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