132饗宴の終わり

「ははっ! やっと終わりが見えて来たなあ?!!」


 ルシルは怨霊樹タイラントに向けて楽しそうに破顔して牙を剥く。

 近付く敵に呼応するように、巨木に器官が咲き乱れる。

 目が。鼻が。耳が。肌が。舌が。それらはもちろん、人の形をしてはいない。

 だが、その機能を持つ枝葉が、大木のあらゆる個所に咲き誇る。

 欲しいところに欲しいだけ。本来存在しないはずの感覚器官まで生やせる・・・・など、悪夢でしかない。


 ――チュインッ!


 葉を舞い散らす目隠しの合間から、細く鋭い枝が鞭のように空気を破裂させてしなる。

 音速を越える先端には重しこぶまで作る手の込みようには驚かされる。

 だが、先端より一歩踏み込んだ細い枝を、細剣で合わせ・・・て切り落とす。

 すっ飛んでいく先っぽのことなど知ったことではないが、背後で轟音を響かせる。

 何かを切断でもしたのだろうか。


「手厚い歓迎だな!」


 一般的な植物と違い、怨霊樹タイラントは根で自身を移動させられる。

 それも無尽蔵のスタミナで、人が走るよりも早い速度で、となれば悪夢と言って差し支えないだろう。

 だが、その速度は破滅蜘蛛アナーキクラウドに比べれば圧倒的に遅い。

 ゆえにルシルにとって相手のしやすさは段違い――だが、間隙に踏み出した足を止めるように狼の魔物が横の茂みから噛みついて来た。


 慌てる素振りもなく、細剣の軌跡が流麗に変化する。

 予定調和のように前後に分断され、動作の余韻に筋肉がビクビクと震えていた。

 今までどれだけルシルが『禁足地の主』と戦っていようとも、邪魔する者は現れなかった。

 それは戦場がコロコロ変わるような激戦であるのと同時に、それぞれが『群れる魔物』ではなかったのも大きいだろう。


「花粉……か?」


 ルシルの肌がピリピリと……破滅蜘蛛アナーキクラウドとは違う侵食するような感覚を味わう。

 しかしそれは無味無臭無色であり、植物であるなら花粉が有力候補だろうか。

 考察に勤しむルシルに、怨霊樹タイラントが振るう枝の鞭、葉の吹雪、種の弾丸が殺到する。

 周辺の地形を変えながら、細剣で切り払い、掌底の衝撃波で受け止め、場に留まらずに掻い潜る。


「違う、胞子・・かっ!」


 分断された狼のごつい毛皮の隙間に、銀色の綿のようなものが見える。

 それらは全身を覆いつつも、透明ぎん色のためにその変貌に気付くことは困難だ。

 わずかな反射光から探れるのはルシルくらいだろう。


「お前、魔物を操れる・・・・・・な?」


 脅威度の高い魔物の中では、他者を操る特性は珍しくはない。

 むしろメジャーだと言っても良い。夜叉虎ホロウタイガーがいい例だ。

 数の暴力はそれだけ有効――だが、


「はは……数がおかしい、だろ?」


 新たな大氾濫スタンピードが押し寄せたかのように、怨霊樹タイラントの周囲に無数の気配が発生した。

 それらはこれまでルシルが切り飛ばした、地獄鹿ヘルジカ堕鳥ダチョウ破滅蜘蛛アナーキクラウド、そして怨霊樹タイラントたちの『切れ端』の成れの果て・・・・・、だ。

 本体から分離した一部は、毛の一本、血の一滴からでも何らかの魔物が生成されていた。


「まったく。殴っても刺しても切っても死なないってどうなってんだか。

 それに千切れた端から魔物を生む・・・・・んだから悪夢だぜ。しかも今度はそいつらを操る?

 いくら何でも属性盛りすぎだろ……本当に世界ってのは広いと痛感させられるぜ」


 こんなもの、誰がどう対処できるというのだろうか。

 一度だけでも退けたエルフ種族というのは、本当に偉大である。

 周囲を舞う音速の枝を払い落しながら漏れるルシルの独り言は続く。

 既に彼には答えが見えていた。


「だがそれにも限界はある――」


 新たに生まれる魔物の多くは小さく弱い。

 それはルシルが細剣で切り落とすサイズをコントロールしているからだ。

 そして怨霊樹タイラントの身体は切り落とされる度に変わらず再生している。

 だが――


「お前が縮んでる・・・・ってのがその証拠だろ?」


 これ・・がカランディール達を『主役』と呼んだ理由である。

 切り離された分だけ身体が縮み、重量が軽くなり、密度が薄く、強度が下がる。

 見かけが変わらずとも、自重を支える地面の凹みが浅い。

 それぞれ体格や特徴の違うほどの変化だったので気付かなかったが、地獄鹿さいしょの頃から比べれば体感的には半分くらい。

 つまりはその半分で魔物を生んでいる・・・・・・・・

 そして生まれた魔物は魔力干渉の能力はない普通のタイプ。

 ゆえにこいつを倒す手段は――


「再生できなくなるほど刻み続ける!」


 禁足地の主を刻み、生まれた魔物を討伐する。

 二段階の討伐方法を誰が想像しただろうか。

 だが、種が分かればなんてことはない。

 いかに音速の枝が阻もうとも、葉が舞い散ろうとも、種が頬を掠めても。

 そして、生まれた千差万別の魔物がちょっかいを出してきたとしても。

 あらゆる状況をねじ伏せ、ルシルの作業・・は滞りなく進む。


「ははっ、覚悟は良いか、怨霊樹タイラント! 綺麗に剪定してやるからな!」


 絶望的だったはずの戦いは、いつしかルシルの独壇場へと変わっていたのだった。


 ・

 ・

 ・


「はぁ、はぁ、はぁ……」


「も、もう、しばらく動けぬ……」


 ルシルが謎を解いてからほどなくして禁足地の主の討伐を果たした。

 最後は再生もできず、萎れるように枯れていった。つまり通常の魔物と化したのだろう。


 その後、即座に残党狩りへと移行して周囲を血の海に変え、ようやく人心地ついたところ。

 仰向けに転がるのは、ミルムとカランディールの二人だ。

 程よい汗を掻いて「だらしねぇなぁ」と笑っているのがルシルで、ケロッとしているのがリゼットである。

 いずれも血と泥にまみれて汚れているのは変わらない。

 しかし、それでも各自の顔には笑みがこぼれ、巨大な達成感を――


「おぉ、解けたらしいな」


 禁足地の主について説明を終えたころ、ルシルが見上げる空が裂けて広がっていく。

 それこそミカンの皮を剥く姿を内側から見ているように、花弁が開くように、頂点から地平線へと解放されていくのが体感でわかる。


「あれが……?」


「どうにもこの禁足地ってのは、周囲の土地を丸め込んで球体になってたみたいだぜ。

 途方もない距離だから全く気付かなかったけど、そんな内側を走ってれば端がないのは当たり前だよな」


「それで『道』に遭遇したのか。しかしいつ気付いたのだ」


「ついさっき。破滅蜘蛛アナーキクラウドを追いかけて高く跳んだ時だな。

 地平が霞んで見えるはともかく、空にも樹上がある・・・・・ってのは変だろ?」


「……お前の視力はどうなっているのだ」


「まぁ、俺は人より頑丈にできてるらしいからな」


 ルシルの言葉を聞いて、裂ける前の空を見上げていたカランディールが嘆く。

 各々の能力の幅が広い意外性の種族だとしても、純粋な身体能力で膨大な魔力を操るエルフを軽く凌駕しているなど馬鹿げている。

 とはいえ、現実に存在するのだから認めるしかないのだが。

 剥けていく空が地面に触れたとき、周囲を包む空気が変わる。


「これは……」


 その変質は無風でありながらも突風を浴びたかのような激変である。

 変化は辺り一面に色濃く残る戦闘の痕跡を、根こそぎ消し去っていく。

 時間にして数十年が一気に経たように、作られた道や魔物の死骸に緑が一斉に芽吹いていく。

 濃密な緑の気配に紛れるように小動物が顔を出し、それらを狩る中型・大型の動物・魔物の気配までもがあちこちに現れ始めた。


「……へぇ? なるほどな」


「ルシルには何かわかったのか」


「推測だぞ。まぁ、確認のしようもないけどな」


「かまわん。どうせ何かしら報告を上げねばならぬのだ」


「そうだな。多分あの禁足地の主の役目は『周辺への生命力の再分配』だろうな」


「再分配?」


「偏りが出たからか、そもそもそういうもん・・・・・・なのかはわからんけどな。あいつは魔物を生んでたろう?」


「うん? あぁ、たしかに」


「だとすると生まれた魔物の『因子』ってやつを大量に持ってるわけだ。

 それをどうやって集めたかは知らないが、あいつに遭ってから他の魔物は見てない」


 だから襲ってきたのはおそらく、あの禁足地の主が生み出したモノだけ。

 そう断言できるほど、この周辺の平和は保たれていた。

 となればその空白地を作るためには――?


「……全部、食ったと?」


「さぁ? ただ、定期的に発生してる神域は何らかの関係はしてるだろうな。

 それにこうやって・・・・・『周辺を耕してる』とも言えるし、規模はともかく作為は感じるよな」


「……人為的、だと?」


「いやぁ、規模がでかすぎるから難しいところだろ。

 ともあれ、禁足地ここは一件落着だな。ちゃんとミストフィア大森林を覆う神域も剥がれてればいいんだが」


 ルシルはそう締めくくり、ぐぐっと手を上げて背筋を伸ばす。

 結果を得てなお、討伐を果たせたことが信じられない偉業。

 余りにも厄介な相手。かの英雄の『激闘の痕跡』は、こうした壮観な景色に覆いつくされたのだ。

 視界を遮るほどの密林は影を潜め、豊かな森が周囲に広がる。

 御伽噺の再現性の高さにカランディールは細かく息を吐く。

 いや――


「そこは御伽噺でんしょうを信じるしかあるまい」


 拓けた空を仰ぎながら、古参のエルフは朗らかに笑うのだった。

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