131英雄の条件
変成……いや、修復か。三割の肉塊から、通常サイズの
意識が繋がっているのか、全体の変貌を待たずして即時の撤退を決め込む。
本能にまで
だが、的が小さくなったことで、攻撃の難易度が上がる。
しかも軽量化により速度は目に見えて早くなっていた。
慣性も小さくなり、急旋回さえも難なくこなす。
だが、その鈍重さが無くなったと言うことは――
「カランの
――ザンッ!
細身の剣は耐久度を引き換えに鋭さと速さを持つ。
それを超人的な膂力で振るえば、空気さえも引き裂ける。
しかも相手は耐久性を
たかが軽い風のごとき刃と言えども、致命的な鋭さである。
その証拠に
切り口から体液が零しながらも再生する姿は先ほどと同様。
だが、その速度は著しく落ちていて、ルシルに対する反応も随分と
ある意味『普通の個体』のように感じる……違和感を抱きながらも、障害物のない空へと追い詰めていく。
移動に放った糸を補足したルシルは、投石で迎撃。
粘着力を奪い去り、得られるはずだった張力を奪い去る。
そして
「よいっしょーーー!」
掛け声とともに一本釣りで引っこ抜く。
じたばたと暴れるも捕まる場所はない。そこはすでに木々の遥か上空だ。
宙高く投げ出される
新たに飛ばす糸も、丁寧にルシルに迎撃される。
軽く細い粘着性の高い糸は成す術もなく――
――ザクン、ザク、ザク、ザ、ザ、ザザ、ザザザ!
一刀にしか見えないルシルの斬撃で、
血煙に紛れて落下する肉片を見下ろし……ルシルは改めてこの禁足地全体像を眺めた。
樹木の地平が広がるこの地は、神域に囚われた時のような方向感覚の
つまり視覚は正しいらしい。
いや、そんなことよりも、今度は七割の方が変質して――
「あっちも、こっちも忙しいやつだな……」
呆れるほどにしぶとい。今度は木に擬態する待ち伏せ型の魔物、
食虫植物の超巨大版で、捕食部位は蔓や葉、茎、根と場所を選ばない。
捕まれば麻痺、神経毒に侵され、
そうした絡め手を使わずとも、巨木がその頑強な体躯を振り回せばどれだけ強いだろうか。
「
ただ、それも相手がルシル
厄介さで言えばそう変わらないが、
逃げられる心配をしなくていいので、随分と対応が楽である。
そして長い滞空時間での発見はそれだけではない。
「お前らの討伐が頼みの綱だ! 逃げながら倒しきってくれ!」
上空からバカでかい声で三人に指示を送る。
やっていることが『ルシルの時間稼ぎ』
首を傾げる余裕もない三人の攻防はかなり危なっかしいが、むしろ彼らの方がルシルよりもよほど
そう、これは役割分担だ。
そして、一刻も早く自らの仕事を終えて、三人の手伝いをしないといけない。
落下するルシルは、小型の
・
・
・
「……あれはどういう意味だ?」
「さ、さぁ……激励でしょうか?」
「また来るぞ!」
困惑する二人にミルムが反応する。
見通しの悪い場所では、三人が力を発揮……いや、カランディールくらいしか戦力にならない。
前衛を務めるリゼットは戦闘音痴で、必死にもぐらたたき状態。
ミルムにおいても戦闘勘などなく、遠くの敵を狙い撃つばかり。
魔術も低級しか認められておらず、それよりも強いものは自己開発の《
それも改良すら禁止されているので、手持ちの札はすべて出しており、実質存在しない。
そのため、ミルムは魔物の進行を防ぐと同時に、周辺を片っ端から《
見つけられないのは、ただ一方的に彼女たちの不利になるからだ。
だが、それにしても。
「前にあったすたぴーど? 並じゃの!」
「そんなものに遭ってよく無事だったなっ!」
「メルヴィの一件ですか!」
「そうそう、それじゃ。結局ルシル一人でやっつけてしもうての」
「はぁ?! やつは化け物か!」
「ほんとにな。三人がかりでこの体たらくなんじゃからの!」
カランディールの率直な感想にミルムも同調する。
彼は抱えたくなる頭で魔術を繰り、その手で弓を引き絞る。
エルフ種族であっても、人口が少ない分、
むしろこの場に居るのがカランディール
他のエルフだからと真似できることではない。
「困ったのはその処理じゃ。海に浮かんだ大量の肉を解体してのぅ」
「市場が混乱したほどっ、と聞いていますね!」
「ぶつりゅう? とやらも止めてたようでの」
「まったくあの二人はやることがいちいち規模が大きいですね!」
「ミルム!」
「うむっ!」
戦場の指揮は完全にカランディールが握っている。
視線を向けた先には鳥の魔物。翼を《
矢で射るよりも広い範囲の数を相手にできる彼女が、近付く前に仕留める役割だ。
当然、整地も常時行われていることを思えば、十分戦力として
対してカランディールは魔物の数には蔦の網を。茨をまとわせて生成する。
強度はさほど高くないが、引っ掛かれば傷を負い、簡単には抜け出せない。
しかも網の隙間に、虚空から精製した矢を突き立て、さらに抜けにくく絡ませる。
そうして動きが止まれば、リゼットがまとめてメイスで叩き潰す。
威力は言わずもがな。周囲を危険にさらすほどで爆散し、さらに敵の進行を押し留める。
「――ッ、右に跳べ!」
だが、リゼットは自身の高すぎる
だから彼女に指示を出しても細かな対応はできないため
むしろ彼女の動きに合わせて、あらゆる戦況を動かしていく。
ゆえに、先のような指示は、距離を指定したとて
それをカランディールが、彼女に合わせて距離を詰めて肩を掴み、自分ごと運ばせることで調整を果たす。
いかにリゼットが傷を回帰しようとも、攻撃を受ければ動きが止まる。
ゆえに当たりそうな攻撃を端から彼が撃ち落としていくのだ。
こうした緩急織り交ぜた対応が、全員を辛うじて生き残らせている。
それほど、数の圧力が強すぎた。
たった三人で押しとどめているのだ。仕方がない。
――まだか。
一体一体、丁寧に無力化していく中で焦燥が募る。
いかに人より強靭であろうとも。英雄たちと比肩するだけの力を持とうとも。
終わりの見えない
いかにリゼットの術式で疲労や負傷を押し流そうとも限界はある。
噛み締めすぎた奥歯から滲む血の味が彼を焦らせていく。
やはり『禁足地』の重みは計り知れない。
むしろこんな無茶な戦闘において、背に乗る幼いミルム。
そして前線を維持する
過去の英雄はこんな地でよく相打ちに持ち込んだものである。
だが――
――ドゴンッ!!
地形さえ変える、特級の魔物と単騎で……いや、
豊富な知識と戦闘経験。
「もう一陣、正面から来るぞ!」
「リゼット、他は任せるのじゃ!」
「頼みましたよ!」
だから、カランディールは、こんな無謀な戦いでも続けられるのだ。
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