130天敵2
魔王討伐を果たした大英雄、ルシル=フィーレ。
彼の経歴は出生からこれまで、脚色が加わりつつも事細かに調べられ、そのことごとくが記録されている。
それは
当然、関係者枠でシエルも暴かれており、彼女はひどく迷惑を被っている。
とはいえ、一般公開されている情報は非常に少なく、耳障りのいいことばかりなのだが。
さて、そうした非公開の機密情報においても、ルシルの魔力量は『計測不能』とされている。
これは戦士・魔術士を問わず、他の多くの英雄にも共通する事項でもある。
ある意味、偉業を成すには絶大な魔力が必要ともいえるだろう。
また、『計測不能』には、例外的な存在である『魔力ゼロ』も含まれることに変わりない。
結果、ルシルの正確な魔力量を知る者は居なくなる。
それにいちいち『魔力ゼロ』の説明の手間を考えれば、『計測不能』で通した方がルシルとしても
ほとんどは死線をくぐる戦闘とは無縁の者たちばかりなのだから。
逆に生死を懸けるような『仲間』であれば、正しい情報を共有する必要があるとも言える。
「でなくてはルシルが
数少ない秘密を知るリゼットは、蜘蛛へと変化したての話を持ち出す。
リゼットのように慣性でぶつかったのではなく、ルシルは組み合って押し勝ったのだ。
それに
いずれもが効果範囲だと思われる至近距離での攻撃で、すべて有効打を決めている。
それが予想と違って魔術への妨害であろうとも、ルシルだけが対抗できていることに変わりない。
いいや、だからこそ他の者では何もできないのだ。
「
「相手の力もかなり使っているようですけれどね」
「しかし……
一般人。魔力量が少なく、エルフや英雄と比較すればゼロに近しい者たち。
それらの非力さを知るカランディールの言葉は、ともすれば人族よりも遥かに重い。
だが、いつの間にかあんなにも遠くに移動した戦闘は、それでもなおあちこちに衝撃波が飛び交う様子がうかがい知れる。
追うルシルも、逃げる
「ルシルは『そっちの雑魚は頼んだぞ』と言いました。
であれば、わたくしたちの全力をもって、その要望を叶えてさしあげましょう」
「あちらの心配は後回し……か。いや、了解した。全力を賭そう」
「もとよりそのつもりじゃ! ここからではさすがに届かんしの!」
リゼットの説得が通じる。
雑魚といえども、ルシルを気にして支えられるほど数も質も悪くはない。
それにしても、あとどれだけの時間、この雑魚狩りを続ければいいのだろうか……。
無敵とも言えるような《
・
・
・
「逃げに徹しやがって!」
一人と一匹の追走劇は過激さを増す。
ルシルはただの一歩で
その巧みな糸捌きは、手繰り、伸ばし、切っては飛ばし、多脚を生かして立体的に密林を駆け廻る。
時間を経るごとに血煙を上げる身体が修復され、
追跡するルシルも、相手の速度に合わせて鋭利さを増していくのだが、絶妙に噛み合わない。
逃げに徹されては、手持ちの剣だけではどうにも分が悪い――
「んにゃろっ!」
手詰まり感のあるルシルは、新たな手を足す。
空振りに見せかけて目標にしていた木を薪のように瞬時に刻んで伐り出した。
重力に引かれるより前に木材を進行方向へと蹴り出し、バラっと広がるそれぞれの先端を、角度をつけて雑に切り落とす。
一息で加工終えれば、これで荒いながらも『杭』が完成する。
ようやく仕事を始めた重力に従い落ちる杭の背を、ルシルは蹴って
ちょっとばかし鋭利な木材が飛来するだけなので精度は低い。
だが、その速度と威力、そして拡散力は尋常ではない。
攻城戦を……
ドン、ビシャ、ドドンッ!
腕ほどもある杭がいくつも突き立ち、体格にしては軽めの
そしてその隙を逃すルシルではない。
ぐらつく
バツンッ!
空間が鳴る。裂け、そして戻る音が静かに。
モーラ戦で津波を割った剣技の極小版である。
最後の悪あがきにわずかに身体を傾けたらしく、頭を避けて肩口から半身がゆっくりと二つにズレていく。
逃げ回っていた
しかし敵もさることながら、中身を零しながらも斜めにズレた身体に糸を巻き付け、固定・再生を試みる。
「しつこいぞ!」
もう一振り。今度は横薙ぎに宙を引き裂く斬撃を繰り出す。
が、振出しの瞬間に剣が半ばから砕け折れた。
限界を迎えていたらしく、刃先はどこかへすっ飛んでいく。
空転する斬撃に見切りをつけ、回転力を蹴撃へ転換する。
――ドブンッ
狙いは
威力が何処にも逃げていない証左だろうか。
強度を引き換えに粘着性が高い糸はブチブチと悲鳴を上げて引き千切れる。
そしてルシルはただの一撃で逃がさない。
反対側の脚でさらに後ろ蹴りを放ち、今度こそ半身を引き剥がす。
回転して吹っ飛んでいく半身は三割ほど。
残った七割の本体は、断面図から夥しい体液を吐き出しながら地上へ落下した。
ドシャッ
ぐずぐずと崩れ、ぶくぶくと周囲を爛れさせていく。
その近くに着地したルシルは、警戒を切らさず観察する。
毛だけでなく体液もこれでは、リゼットの救出がもう一瞬でも遅れていればどうなっていたことか。
最適解を示す身体に感謝しかない。
だが、これでようやく終わった。
後は残りの雑魚を掃討して、ミストフィア大森林に報告を上げて、拠点に帰還を果たすだけだ。
神域も解けたことで、被害者を外に連れ出せば時間経過とともに治るはず……。
どちらにしてもさほど猶予はなく、一人での往復では間に合わないだろう。
ぜひとも戦線を構築しているだろう
「……おいおいマジかよ?」
生物として、『頭』が存在する方に命があることが当然だと思っていた。
「カラン! 剣をくれ!!」
戦場での命綱とも言える武器を要求する。
そしてその願いは、一直線に飛来する細剣によって返事がなされた。
厚い信頼には答えないといけないな、とルシルが口角を上げる。
その細剣が届く一瞬の間に、刀身のほとんど残っていない自分の剣で木を刻む。
無理を強いた剣は今度こそ砕け散り、最後の仕事で完成した杭で、
そして飛来する細剣を一瞥もせずに宙で掴み取り、
何一つ、しくじるわけにはいかないのだ。
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