126彼我の差

「ぶっ飛ばす、なんてどうやってです?!」


 もっともな疑問を口にするのはリゼットだ。

 ルシルはミルムを下して周辺の整地を指示し、


「このままだと堕鳥ダチョウ不得意な地形もり得意へいちに変えちまう」


「だから目隠しもりがある今の内に仕掛けた方がいいと?」


 リゼットの背から降りたカランディールがルシルの言葉を引き継いだ。

 ルシルは「そういうことだ」と彼の肩をポンポンと叩き、過酷な使用を強いた剣の具合を確かめる。

 あと一振りくらいはまともに振れそうだ。

 キン、と高い音を鳴らして鞘に納め、拓けた周辺へと意識を飛ばす。


「早速見つかったぞ」


「どこだ?」


 ――ドオンッ!! ガァン!!


「……あそこだよ」


 背後で轟音を上げて道に侵入。

 吹き飛ばした残骸ごと反対の木々にぶち当たって止まった。随分と乱暴な客である。

 距離にして50メートル。巨大な堕鳥ダチョウからすれば、おおよそ数歩の距離だろう。

 何とも派手な登場に驚くカランディールは、即座に壁のような密林へと姿を潜ませ消えていく。

 一体どこにそんな隙間があったのだろうか。森の管理者エルフは伊達ではないらしい。

 リゼットはミルムを背後に庇い、道の端へとじりじり移動する。


 対してルシルは、ゆるりと堕鳥ダチョウへと向き直り、ズドン、と右足を前に踏み込み姿勢を落とす。

 遊び相手を見つけたかのように、堕鳥ダチョウは相変わらず愛くるしい目をクルクルと揺らす。

 そして助走もなく、前屈みからのただの一歩目で数メートルを跳んだ。

 馬鹿げた初速を前に、リゼットがミルムを木に押し付け、むぎゅっと潰してしまう。

 二歩目はさらに倍を跳んで最高速へ近付く。


 ――キンッ!


 静謐に高い金属音が広がり、ルシルの剣が抜かれたことを知らせる。

 ゆっくりにも見える動作は、洗練されすぎている故か。

 肩越しの刺突の構えを取り、引き絞られた矢の如く――ルシルも発射された。


 ドンッ!


 堕鳥ダチョウへと疾走するルシルの背後が、時間差で土煙と共に爆発する。

 全体重を乗せ、音さえ置き去りにする神速の踏み込みは、目のいい堕鳥ダチョウの認識を凌駕。

 しかしルシルを見失ったところで止まることなどない。

 堕鳥ダチョウとの距離は既にゼロ。


 彼我の速度が最も乗っている、この瞬間に狙うのは、敵の最も細い急所の『首』である。

 そして斬撃では鋭さが足りなかった。

 ゆえに自身の重量と速度を剣先に一極集中させ、堕鳥ダチョウの突進力で刺し貫くッ!!


 ――ゾブンッ!


 空中で交錯する一瞬で空間ごと抉れるような悍ましくも閑寂かんじゃくな音が周囲に広がる。

 その凄絶な威力は強固な皮を苦も無く貫通。

 頚椎をいで反対側を突き破る剣の勢いを殺さぬまま横薙ぎに。

 首の半分が両断され、堕鳥ダチョウの頭が疾走による振動でズレ、重力に引かれてぶら下がる・・・・・


「「やっ――!!」」


地獄鹿ヘルジカは復活したぞ!!」


 大金星の賞賛に声を上げるミルムとリゼットに、滞空中のルシルは鋭く制止の声を挟む。

 かの地獄鹿ヘルジカは、仕留めるだけの威力を秘めた拳撃を受けて堕鳥ダチョウに変じたのだ。

 しかもそんな状態でも足は止まらず、道脇の密林に激突し身体をこすりながらも堕鳥ダチョウは疾走を続ける。

 ルシルはきびすを返して怪鳥を追い――


 ――ドオンッ!


 目の前ですっころぶ姿を目撃する。

 カランディールが木々を操り、足掛け罠を構築していたらしい。

 サッと手を挙げて労い、ルシルはじたばたと暴れる堕鳥ダチョウの胸へ目掛けて飛び込む。

 相手が止まっている分、先ほどの交錯よりも遥かに難易度は低い刺突は、深々と心臓の在処へと突き刺さった。


「メイス!!」


 阿吽の呼吸でバオン、と豪速のメイスが空気を切り裂きながら宙をはしってルシルに届く。

 リゼットから投擲されたメイスの勢いを殺さぬよう、ルシルは柄に手を添える。

 そこに足されるのは彼の絶大な膂力である。

 時間を奪われたかのような神速の振り下ろしは、常人の眼には結果しか映らない。


 強固な皮の上から凄絶な破壊力が堕鳥ダチョウを襲う。

 水袋を叩いたように体内で衝撃が踊り狂い、横たわる地面がバガンッと窪む。

 さらに一瞬遅れてビチャっと緑の中身が溢れ出る・・・・

 ルシルの残心に一分の油断もない。


 ――ざわっ


 踏みつける堕鳥ダチョウの肉がざわつき・・・・を察知したルシルは、瞬時にメイスを振り下ろす。

 水袋を叩く鈍い衝撃と、地面を割る轟音が響き、追加の中身が飛び出る。

 残心、、、


 ――ざわざわ


 剣を引き抜くことさえせず、無情にメイスを振り下ろす。

 感情を排した視線で作業のように。命を摘む行動を重ね――


「後ろだリゼ!」


 ミルムの危険・・・・・・を察知したルシルが叫ぶ。


 ・

 ・

 ・


 相変わらず。相も変わらず、ルシル=フィーレは英雄だ。

 各陣営のとっておき・・・・・を集めてなお、彼は抜きんでいた。

 鮮烈に記憶に残るのは、瓦解寸前の戦線維持に、人身御供のようにたった一人で投入された後ろ姿。

 死地へ送り出すような無茶な指揮オーダーに、彼は「そっちは頼むぜ」と気楽な笑顔で天幕を出て行った。


 その作戦は捨て駒ルシルが足止めしている間に、わたくしたち残りのメンバーが戦況を打開する……はずだった・・・・・

 そのために戦力を偏らせていたのに。

 結果として、わたくしたちの方が戦線維持で精いっぱい。

 対してルシルは、戦線維持どころか敵軍を撃破・潰走させた。

 その上こちらの戦場にまで参戦し、敵軍の横っ腹に痛烈な奇襲を成功させて追い返した。

 こうしてわたくしたちの『敗戦』はなかった・・・・ことになり、今なお『勇者のパーティ』は世界に知れ渡っている。


 それくらい、あの男は別次元の生物だ。


「リゼット=ガリバルディ!!」


 ルシルの呼ぶ声に、飛んでいた意識が戻る。

 ここ数日で聞き慣れた耳元を騒がせる風の音は、吹き飛ばされているからだろう。

 庇っていたミルム様に手を伸ばせば、彼女も一緒に宙を舞っている。

 衝撃を受けながらも肉の壁わたくし潰れて・・・クッションになったことで無事だった。


 ――ズガーンッ!!


 吹き飛ぶ先の地面に、ルシルが投げ込んだメイスが突き立った。

 反射的に手を伸ばして柄を握り、背中のミルム様も抱き寄せる。

 運動音痴わたくしにしては機転の利いた動きができたろう。

 突き立つメイスで地面をガリガリ引っ掻きながら急制動を掛けて着地した。

 攻撃を受けた方角を見れば、ルシルは既にそこに居て・・・・・


「ミルムを頼むぞ」


 すれ違いざまの言葉は、わたくしの『失敗』に対するフォローだろうか。

 背後のミルム様に回す補助魔術を強化しながら、視線をルシルの『先』に向ける。

 魔物にはすでに何本もの矢が突き立っている。

 そこへ到達したルシルが腕を振れば、見落とすような速度で隣の魔物へ吹き飛んだ。

 道連れを得た魔物は一緒になって密林の壁のシミに変わる。

 あぁ。だから貴方はわたくしに複雑な思いを抱かせる。


 そして背後では・・・・……。


「ルシルッ! 堕鳥ダチョウがっ!!」


 ミルム様の服を掴んで距離を取りながら警告を送る。

 地獄鹿ヘルジカの時と同様に、うにうにと傷痕が……いや、全身が蠢いた。

 半ばから千切れた首は、地面に溶けて消え。

 深々と突き刺さっていた剣はずるりとこぼれて音を立てる。

 太く強靭なももが細く、鋭く、数まで変わっていく。

 羽毛で膨れていた胴体は、さらに体積を増して中央に窪みが生まれた。


「……今度は破滅蜘蛛アナーキクラウドかよ」


 ルシルのつぶやきが聞こえて来る。

 魔物に疎いわたくしでも知る災厄種。

 ようやく堕鳥ダチョウの脅威から脱したかと思えばこれである。


「なぁ、カラン。こんなヤツを相手にエルフの英雄はどうやって倒したんだ?」


 この神域はどんな状況でも打開してきた大英雄ルシルが、途方に暮れるほどイレギュラーなのだと思い知らされる。

 わたくしのような凡夫・・では、ミルム様を守り切れるか不安ばかりが募っていく。

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