125迫り来る堕鳥の影
敵は馬鹿馬鹿しいまでに高い
当然、そんな質量・速度で動く物体が相手では、掠めるだけで粉砕される。
ましてや超重量を運ぶ脚力で蹴られたなら……?
比喩ではなく身体に穴が開く。
いや、原形が留められるほど人の身体は頑丈でも大きくもないか。
ドッゴンッ!!
密林に突っ込んだ
大きくつぶらな瞳が
その一挙動で身体に絡む残骸を
ドァパン!
その蹴り足が起こす衝撃は、背後に大量の
そして前方には、
質量は言うまでもなく絶大で、何なら高速でもって押し寄せる。
体当たりの直撃を回避するだけでも難しいのに、一歩ごとに身体に纏う残骸を振り落とし、矢玉のようにまき散らせて、だ。
距離のあったリゼットは、残骸に押し出されて密林にフェードアウト。
カランディールにしても被弾は免れず、腹部に直撃する残骸に顔を曇らせ膝を突いた。
正面に立つルシルは、飛び交う残骸を身振りで叩き落とし、迫る
――ギィイン!
角でも鱗でも何でもない、今度の相手はただの『皮膚』なのに、だ。
にもかかわらず、剣の耐久値がゴリゴリ削られていくのをルシルは肌で感じる。
刹那の内に正面からの抵抗を諦め、剣に残る暴れまわる激突の衝撃を身体に流した。
体内で拡散されていく衝撃がルシルの身を軋ませる中、交錯する
少し触れただけのように見えるルシルの蹴りは、
疾走中の……それも着地直前の片膝が落ちれば、巨体で重心が安定していようともバランスを崩す。
強制的に曲げられた脚は、土煙を上げて地面を削って急失速。
巻き込まれるように巨体が回転、速度と重量の分だけ周辺に被害をまき散らしながらルシルの横合いを吹き飛んでいった。
こちらはリゼットとカランディールが戦線離脱に等しいというのにだ。
「ミルム、今のうちに背に乗れ!」
「応ともさ!」
「リゼ! カランを背負ってついてこい!」
「我をか!?」「承知しました」
リゼットはすさまじい膂力で、耳を疑うカランディールを地面から引っこ抜く。
振り回されるカランディールは、何とか体勢を整えて馬の背のように彼女に乗った。
華奢とはいえ高身長の男のエルフを、人族の小柄な少女が背負う姿は、きっと誰にも見せられないだろう。
が、出力一辺倒で考えるなら、リゼットの方が最適だ。
「カラン!
ただ一合交わしただけのルシルは、一息に指示を言い終え脱兎のごとく走り出す。
剣で傷はつけられない。打撃で体勢を崩せてもそれだけだ。
切れず、倒せずの中では、いつかはあの巨体の突進に巻き込まれる。
考えるには時間が。時間を稼ぐには距離が必要だ。
「ミルム、
上空が見えるようなしっかりした道を作っていたのでは、
ゆえに空を覆うほどの密林を切り拓くのではなく、
暗視にも対応させながら先を急ぐ――ドガァン!
背後で轟音が追い掛けてくる。おそらく
奴らの本来の生息域は平原だ。
障害物が少なく、どこまでも見渡せ、疾走能力が生死に直結するからこそ得た能力である。
そんな力を、こんな障害物しかないような密林で発揮しきれるはずがない。
例外的なのがさっきの休憩場所で、ミルムが拓いたことで狭いながらも空間ができていた。
だが、それ以外は全て壁のように木々が生い茂り、視界はおろか日光さえも怪しく暗い。
それをトンネルを掘るように人のサイズだけで切り拓けば、追い掛けることなど――
――ドゴオン!!!
メリメリ、ミリミリと木々を引きずるずる音まで聞こえる。
密林に衝撃が吸収されるとはいえ、空気を伝う振動はいかんともしがたい。
ルシルを追うリゼットが「何とかなりませんか!」と叫ぶ気持ちもよくわかる。
が、声で場所を示すのはやめてもらいたいのが本音だ。
「ごり押しするにも限度がある! これだけ視界が悪けりゃ見失うだろ!」
「いつまで逃げればいいんですか!」
「あいつが
「来るぞ! 右に跳べ!!!」
カランディールの言葉に、ルシルのミルムへの指示が急転換。
右に角度をつけ、踏み切るように一歩の加速をリゼット共に実行する。
――ガオンッ!!
猪が土を掘るように、密林を削り禿げさせ背後の空間がぽっかり開いた。
大上段からつぶらな瞳で見下ろしてくる。
縮尺が狂うようなサイズでさえなければ、きっと可愛らしいのだろう。
が、そんな仕草も、今は恐怖の対象でしかない。
「止まるな! 走れっ!」
一瞬の視線の交錯を経て、再度密林へと逃げ延びる。
それこそ『一歩』の距離が違いすぎる。速度で対抗できるのはルシルだけ。
障害物競走は、
津波が背後から迫ってくるかのような絶望的な感覚は、きっと錯覚ではない。
そうしてニアミスはカランディールの機転で三度も回避した。
逆に言えば、引き剥がせずに何度も危機に見舞われているとも言える。
そればかりか――
「……なんで
禁足地を往く魔物や獣には道など必要ない。
いいや、獣道はあるだろう。だが、
目の前に広がる拓かれた道を作る者など居るはずもない。
ましてや
「方角を間違えた? 距離感はたしかに狂ってたが……」
「ルシル、それより
「見晴らしが良いから、なっ!」
リゼットの叫びに、ルシルは即座に対応し、ミルムに避難用の窪みを指示。
ガボン、とみじん切りされる草葉が落ちるのを待たずに飛び込んだ。
――ガオンッ!!
大質量がすぐそばを高速で通過した音がする。
すぐ背後の一直線に伸びる道を、一気呵成に駆け抜けた轟音だ。
その衝撃に全身をびりびり震わせ、空気ごと引き込まれそうになるのを必死で抑えながら頭を回す。
「考えられるのは……」
「
カランディールがルシルの言葉を継ぐ。
ミストフィア大森林の中から、さらに隔離された神域が禁足地である可能性。
つまり内外を隔てる『終端』が存在し、そこを越えれば何処かしらに飛ばされたり、方向を変えられたりしていた。
ゆえに厳格なルシルの距離感は狂い、頭の地図は役立たずに陥ったと予測できる。
その効果は自分たちだけでなく、
でなくはとっくの昔に禁足地を脱して、集落を蹂躙していたことだろう。
そして
ルシルたちは
「探索するにあたって誰も帰ってことないことには最初から疑問だったんだ。
犠牲を払ってでも情報を持ち帰る、なんてのは探索の参加者では常識だからな」
「少なくとも逃げる者も居たはずだ」
「あぁ。だが閉じた空間にあんな化物が居たんじゃ、『時間切れ』まで逃げ切るのはまず無理だろう」
時間切れ。内部時間で3年間。
この一分一秒を争う中では、絶望的な期間である。
いや、閉じた空間の
「どうする気だ」
走り去った
自身を
縋るように。いいや、期待に満ちた視線で打開策を、だ。
「どうもこうもねぇよ。どっちにせよあの
倒す当てもない中、縛りばかりが増えていく。
それでもルシルは前に進むしかないのだ。
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