121エルフの御伽噺

「いやぁ、手っ取り早い手段が見つかってよかったよな!」


 恩人たちとの絶望的な潰し合いまでを覚悟した、昨日までのルシルはどこへやら。

 上機嫌を絵に描いたように、ミルムを肩車して森を歩く。

 速度は並足。どうにも解決を急ぐ速度ではない。

 いや、ルシルの並足なので充分以上に速いのだが。


「手っ取り早いと言ってもだな」


「わかってるよ。過去一度しか実績がないんだろ?」


「その記録さえも不確かなのだ。そう期待されても困るぞ」


 カランディールは、気が進まないことを示すように溜息を零す。

 その隣には未だに少しばかり気後れする聖女リゼットが歩いている。

 彼女も人類圏では最高峰の一人のはずなのに、何を怯えているのだろうか。

 相変わらずの人見知り具合……というよりエルフという他種族の権威ラベルに気が引けているのだろうか。

 外交中とも言えなくはない状況はある。

 わからなくはないが、ルシルとしてはもっと堂々としていて欲しい。

 まぁ、特に問われていないので身分を明かしていないのだが。


「不確かってのは?」


「我らからすると、数年程度どうということはない」


「いや、長命種だとしても十分な期間だろ」


「寿命が千を超える者も居る。数えるのも面倒なので正確な数があやふやだがね。

 誕生日を祝うのも二十歳そこそこ……百までにはさほど気にしなくなっているものでな」


「単純計算で十倍以上かよ。え、あの美形の森長とかってそんな年なのか?」


「どちらかというと長老衆だな」


「……待て待て。その席に座ってた顔ぶれも相当若かったような?」


エルフわれらの身体は人族と同じくらいの速度で成人する。

 以降は緩やかな上下の全盛期を維持し続け、終末期に差し掛かると人族と同様に老いて朽ちる」


「生きてるほとんどの時間が全盛期とか何て羨ましい種族なんだ」


「人と比べればな。ルシルらが魔族と呼ぶ輩も似たようなものだろう?」


 小競り合いはあったものの、大戦も終わってしまえば五年、十年ほどの話でもある。

 人族も二十年顔が変わらない者も居るし、外見で判断するのは難易度が高そうだ。


「ともかく。寿命からすると三年ってのは俺たち百年の体感で二・三ヵ月くらいか?」


「そうかもしれんな。世界は同じように季節が巡るので一概には言えないがね」


「なるほど。それでも魔物『?』の討伐で事足りるなら、俺ならとりあえず試してみると思うんだがな」


「一度きりの偉業だぞ。そんな危険を冒してまで解決を求めるほど、解放を『待ちわびて』はいないのだよ」


 肩を竦めるカランディールだが、本心ではもう少し哀愁を漂わせていた。

 そもそも外界に興味がなく、出ていくこと自体が稀であり、結果この地に引きこもっている。

 だが、こと戦いに関しての嗅覚が鋭いルシルは、口角を上げて笑う。


「一度きり、か。つまり何度か挑戦したわけだな」


 そう、外に出るためではない。

 挑戦することにこそ意味があるのだ。


「数を頼っても質を高めても帰ってこなかったと聞いている」


「撤退すら許されない、ってことか。こりゃぁ神格持ちでも出てきそうだな」


「それでも一度は討伐に成功したのでしょう? 何か情報は残っていないのですか?」


 二人の会話にリゼットがおずおずと問い掛けた。

 対策が立てられれば生存率は格段に上がる。

 だが、そんなものがあればすぐにでも伝えているだろう。

 何せカランディールはただの案内ではない。

 今回の討伐メンバーの一人として参加しているのだから。


「ない。成功者でさえも相打ちに終わっているのでな。

 戦闘の痕跡はあったが、それらしい死骸や証言は得られなかった」


「つまり状況判断、であると?」


「そうだ。何かしらの戦闘があり、神域の期間が大幅に短縮された。

 そして以降、血気盛んな者たちが討伐を試みたが誰も戻らず、ついには禁止に至った。

 制定された禁令じょうしきにより、挑戦することも確かめることもできなくなり、真偽不明の昔話だと何度も話ただろう?」


 カランディールは自嘲気味に語る。

 エルフの長い生において、成人から後は『長い余生』とでも呼べるほどに安定している。

 唯一、里を出入りするような例外は、他種族との体感の時差によって随分と刺激を得ているのであろうが。

 そんな変化を受け入れ難いエルフの性質を嗤ったのだが、ルシルたちはそう受け取らない。


「これが『人族』だったら眉唾もんなんだがな。真実が何であれ、全く違うとは言い切れない」


「そうですね。語り部がエルフであれば、長期間に渡り『当時を知る者』が居たはずです」


「少なくとも信用されるだけの人物の作り話ってことさ」


 短い生を謳歌する人族の話すエルフ族への解釈の差にカランディールは驚く。

 語り継がれる昔話が、人族にとっては史実と変わらない様に。


「ふふっ、今ではエルフでさえも御伽噺でしかないものを、人族が信じるとはな」


「まぁ、縋るしかないってのもあるんだけどな」


 そう言ってルシルは後ろに視線を送り、ニカッとカランディールに笑う。

 カラリとしたその表情に一点の曇りもない。

 きっとこういう者が何か大きなことを成すのだろう、と漠然とカランディールに感じさせる。

 結局肩書きなど、ルシル個人には不要なのだ。


 ・

 ・

 ・


「前方距離30。あの木が邪魔だ!」


「おうとも!」


「すぐ隣、枝を落とせ。足元を疎かにするなよ!」


「わかっておるわ!」


 神域での魔術行使は、少しばかり勝手が違う。

 世界を縛る法則が増減していたり、微妙な差異があったり。

 地上と海中での動きが違うように、試行錯誤や慣れが必要になる。

 だから最初はミルムの魔術行使が神域下にも馴染むようにゆっくりだった。


「おいおい、遅れ始めたぞ!」


「何のっ!」


「足場が悪い!」


「注文が多いのうっ!!」


 それももういつの話だろうか。

 ミルムの慣れに合わせ、ルシルは少しずつ移動速度を上げていく。

 徒歩だったのが昼過ぎには走っていて、今では一般的な人族の全力疾走と同じ速さだ。


 忘れがちだが、ここは森の管理者エルフでさえ尻込みする未開拓地。

 そんな場所であることを考えれば、エルフでさえも難しい速度に達している。

 そうして厳しい速度を強いられるミルムは、終始余裕のない状況を体感させられ続けている。


「ガッァアァ!!!」


 切り拓く合間にも、思い出したかのように魔物や魔獣が当然のように飛び出してくる。

 ミルムは最早反射的に攻撃魔術を放ち、牽制を成功させる。


 ――ザクン、バツバツ


 怯み、足を止めた敵に間髪入れずに殺到するのがカランディールの矢である。

 的確に急所を捉え、多くの場合狩猟に成功する。

 そんな肉塊を、リゼットが前に出て横へとメイスで殴り飛ばす。

 もちろん、ルシルは速度を落とさない。


「あぁ、もったいないっ!!」


「言ってる場合か。次来るぞ!」


 しかしそれも単体であれば、だ。

 群れに遭遇すれば、いかなミルム、カランディールであっても対処しきれない。

 そうして一瞬で詰まる間合いにルシルの剣がはしり、周囲に切り飛ばして進む。

 そう、ルシルは速度を一切緩めない・・・・のだ。


「肉は余裕があったらって言ったろ!」


「ルシルが立ち止まらぬからではないか!!」


「こんなことで止まってたら進まねぇよ! ほら、次だぞ次!」


「あぁ、もうっ!! 狩りを何だと思うておるのじゃ!!」


 食欲の権化が口を挟む余裕は、ルシルが速度を調整して潰している。

 その鮮やかにすぎる剣閃はカランディールの驚嘆を誘うが、口を挟めるほど実は彼にも余裕はない。

 ちなみにリゼットも全員に強化魔術を掛けているのでまったく暇ではない。


 結果、ミルムに至ってはろくな照準も付けられず、風景はまさしく後方へとすっ飛んでいく。

 口頭ではとっくに間に合わなくなっており、いつしか障害物への指差しへと変わっている。

 当然、細かな指示オーダーもできず、ミルムは状況に応じた風魔術を、考える間もなく構築することを強いられていた。

 こうして振り返ると、ルシルの無茶振りによって、ミルムは神域に強制的に慣らされたのかもしれない。

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