120タイムリミット

「俺たちのリミットは一週間……いや、三日だ」


 リゼットと共にカランディールに通された別室。

 歩きながら必死で取りまとめたであろう、ルシルの第一声がそれだった。

 謎の期限に、カランディールは「三日、とは?」と先を促す。


「ミルムを含め、俺たち三人が神域に冒される可能性は低い」


「それは朗報だな。所縁ゆかりのない土地で骸に還る者を追悼してくれる者が居るとはな」


「簡単に死なせる気はないけどな。

 それで本題だ。俺の仲間がこの神域の外で帰りを待っている」


「ほう? 続けてみろ」


 これはきっと『よくない話』だ。

 挑戦的とも言える話し方に、カランディールにも好戦的な笑みが浮かぶ。


「そいつは俺たち三人の誰よりも頭がいい。

 そして俺たちの状態が楽観的から絶望的な状況まで、考えられる全てに対応する。

 しかもその決断力と行動力は、俺たちが想定しているよりも遥かに迅速で無駄がない」


「それは頼もしい限りだな」


だから・・・三日なんだよ」


「だから?」


「国さえ落とせるだけの軍勢が押し寄せる。それが最低限・・・で、絶対・・に、だ」


「軍勢だと?」


 カランディールの眉がぴくりと上がる。

 どう受け取ってもルシルの言葉は脅迫だ。

 いくらミストフィア大森林のエルフが寛容でも、軍を派遣するような相手と手を取り合うことはない。

 だからこの話は、ルシルの示したいことではなく、確実に起きうる未来の姿なのだ。


「その仲間にとって俺たちは間違いなく『切り札』だ。

 そいつらがまとめて消息を断ったらどうなる? もう手段を選んでいる場合じゃないだろう。

 しかも内と外で時間差がざっと五倍……単純計算で、三日居るだけで十五日の音信不通になる」


「なるほど、それで軍勢か。だが人を集めるにも時間が居る。運ぶのも同じくだ。

 どれだけ集める気かは知らんが、その計算なら最低でも外の期間で二ヵ月は準備に必要だろう?」


「本当にな。俺もその見立てには賛成だ……が、甘い。

 あいつの執務能力は良くも悪くも・・・・・・ずば抜けている。

 俺たちの報せがないことに対処し始めれば、すべての逆境をひっくり返して二週間で揃えかねない」


 そう言ってルシルは改めて頭を抱える。

 これでは誰が被害者なのかわからない。何せ問題コトは大きくしかなっていかない。

 少なくとも大規模招集を掛ける際には、新大陸発見のニュースが世界を駆け巡るだろう。

 この時点で人員が殺到しそうなものだが、勇者ルシル聖女リゼットの失踪を『餌』にする可能性だってある。

 そう、たとえば『英雄たちを救い出せ』なんて依頼クエストが大々的にアナウンスされかねない。

 シエルにはオーランド元宰相ケルヴィンまでついているのだから。


 そこまで来れば恩を売るためにあらゆる組織が……国でさえ参戦する。

 いいや、そもそも他の英雄・・・・が黙っちゃいない。

 アナウンスさえ正しく行えれば、質・数を揃えるのは簡単だろう。

 だが、さらなる悪夢もんだいに発展するのはここからだ。


「集めるだけならまだいいんだ。

 多少なりとも腕に覚えがあるヤツが金や名誉を求めて突撃して来るからな。

 だが、目指す先は神域の中ここだぞ。進軍が開始されれば、そっくりそのまま落ちてくる・・・・・


「……さすがに我らも千や万の数を保護する余裕はないな」


「あぁ、そこまで甘えるわけにはいかないが、外にも出れない。

 誰一人助からず誰も救えず、数を揃えた分だけ犠牲者だけが増える。

 そして中には神域に適応してしまう・・・・・者も居るから厄介だ。

 そいつらが事情に納得してくれるかもわからない。勝手な正論をぶちまけて迷惑かける可能性もかなりあるだろう」


「人族の適応率はどんなものなのだ?」


「……遠征に回されるのは精鋭だ。それでも半分は越えない。よくて三分の一程度だと考えている」


 つまり人口よりも多い部外者が侵入し、適応者が押し寄せる。

 そうなれば行き着く先は暴動だろう。

 警備も担うカランディールからするとごく自然な発想だった。


 ルシルの残念な頭でさえ、この程度の未来が浮かぶのだ。

 シエルやケルヴィンが『緊急事態』だと判断すれば、一体どれほどの規模に発展するかなど想像できない。

 最悪この神域をぶち破ってでも早急に帰還する必要がある。

 両陣営の被害者をこれ以上増やすわけにはいかないのだ。


「とりあえず今日、明日が山だ。

 早くて三日、遅くとも・・・・四日目になれば、人が雪崩れ込んで来かねない」


 頭を抱えるルシルが切実に言えるのはそれだけだ。

 ついさっきまでの景色に見惚れていたころに戻りたいと感じながら、暮れ始めた空を眺めるのだった。


 ・

 ・

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 人族で言うところの元老院だろうか。

 ミストフィア大森林を取りまとめる森長もりおさを最奥に配置し、左右壁沿いに半円状に長老衆が鎮座する。

 そんな息の詰まる場所で演説をして来たルシルとリゼットは、カランディールに連れられて客室へと案内された。


「それで、どうだった?」


「話半分、ってところか。対応は考えてくれるらしいがな」


「対応、か」


 薬湯で淹れたお茶をすすりながら、カランディールが相槌を打つ。

 それがどんな意味を持つか……そう難しくはないだろう。


 恐らくは傍観みごろし、もしくは排斥ぎゃくさつ


 余所者の血で森を汚すことを嫌っても、それ以上のデメリットがあれば別である。

 まさに『対応』でしかなく、皆が幸せな『解決』を目指すつもりはなさそうだ。

 これでは新たな種族間抗争のきっかけになりかねない。

 この地で二年後、外での10年後を考えると憂鬱になる。

 せっかくの機会を不意にしたな、とカランディールは両陣営に向けて・・・・・・・密かに嘆息した。


 しかし訴えたルシルもただ強いだけの猪武者ではない。

 説明もできるし、英雄の肩書きがなくとも人を動かせる。

 だからこそカランディールがこちら側についてくれているのだ。


 ただ、その範囲は極めて狭く、シエルやケルヴィンやアッシュのように、数や組織を動かす力まではない。

 差し迫った戦場であれば別なのだが。

 リゼットにおいては、そもそも『組織ありき』だったりするので、扇動能力が高くとも意見を変えさせるのは少し違うのだ。


「それで。どうするつもりだ?」


「今日は様子見、だな。明日までに回答がないなら、何らかの行動を起こすしかない」


「何らか、とは?」


「それを今からみんなで考えるんだよ!」


「……我も入っているのか?」


「何だよ。今更抜ける気か? 『運命共同体』、なんだろ?」


「随分と厚かましい奴だな。人族はみんなそうなのか?」


「さぁな。俺の周りは大体『使えるモノは何でも酷使しろ』って感じだぞ」


「そうか。我も酷使される運命にあるわけか」


「おう、働いてもらうぜ。全員の幸せのためにな」


 ニカッと笑うルシルに、カランディールはふふっと鼻を鳴らす。

 軽く投げた『運命共同体』なんて言葉が、随分と重くなって帰って来たものである。


「そうそう、気になってたんだけどな。

 あの回廊みたいになってる通路はしって、そんなに支えがないように見えるんだよ」


「うん? あぁ、外の生活道路の話か。

 たしかに耐荷重は重要な要素だ。だから補助魔術が運用されておるぞ」


「は? え、吊り橋に?」


「何せ我らの木々はしらは生きておるのでな」


「……そうか、無生物に魔術を付与し続けるより、負担は少ないのか」


 人族にはない馬鹿げた技術力にルシルは脱帽する。

 過去にエルフの里に入れてもらったことがあるが、規模の違いに感心するばかりだ。

 ちなみにその魔術を施すのは木々はしら自身だったりするのだが、現地民のカランディールからすると常識なので特に口に出さない。


 しかし何にしても。

 ルシルの見当はずれの質問は、先ほどまでの重っ苦しい空気は霧散させていた。

 これが意図的であれば、随分と優れた指揮官だな、とカランディールは内心で評価を上げる。

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