117ミルムの食い意地

「この森に俺たちとは別のチームが調査に入ってね」


 金の髪に碧の目。人族よりも少し尖った耳を持つエルフ。

 年齢と共に増していく魔力量は底知れず、前に出た三人ともが大きな力を持っているに違いない。

 そんな彼らに向け、ルシルは端的に事情を語る。


「ここに? いや、調査とは?」


「あ、そうか。すまない。俺たちは霧が隔てていた海の向こう側から来ているんだ。

 様子を見に入ったら、いつまで経っても誰も戻って来ない。んで、俺たちが派遣されたってわけでね」


 森の民が海を気に掛けるとは思えない。

 それに鍛冶を生業にしている火と土の民であるドワーフのように、エルフは人族と付き合いはあまりない。

 どちらかと言えば排他的……いや、他種族を当てにしていないというのが正確か。

 ゆえに敵意を持たない代わりに興味もない、のがデフォルトである。


 ただし管理地もりを荒らす輩は問答無用で敵扱い。

 理由があろうがなかろうが関係なく、苛烈なまでに追い立てる。

 もちろん組織的な動きが可能なので、野生動物の縄張り以上に危険地帯。

 これまでの行いを鑑みるリゼットのメンタルはすり減る一方である。

 むしろ平然と事情説明するルシルの異常性が際立っていた。


「あっちの方角から、探索範囲を人族の足で約二週間程度を目安に一直線に歩いて来ている。

 ここだとちょっと・・・・内陸だが、今まで痕跡らしいものがさっぱり見つからなくて困っていたところだったんだよ」


「だから切り拓きながら進んでいた、と?」


「あぁ。道を作らないと俺たちも迷っちまうからな。

 何かしら痕跡あたりがなければ狩りなんてできないだろう?

 ただ、誰の土地かもわからないし、初日は遠慮がちだったんだけどな」


 初日からあまり変わらない対応を億尾おくびにも出さずにルシルは話す。

 遭遇するまでの期間を考えれば、そうそうバレることはあるまい。

 それに――


「草木の成長速度が異常だったと?」


「そうなんだよ。拓いてもすぐに育つ。

 なら道を作るのに手加減はいらないし、調査も兼ねてるから広い範囲を見渡せた方がよくてね。

 今思えばその時点でエルフきみら管理地もりだと気付ければよかったんだが、神域の類かと誤解していた経緯がある」


「なるほど。我らの領域は確かに人族そちらからすると神域と勘違いしても無理はないな」


「理解してもらえて助かる」


 ほぅ、とルシルの背後で、リゼットが詰めていた息を静かに吐き出す気配がする。

 彼女に庇われるような立ち位置のミルムは、終始疑問符を浮かべてままだ。

 話し合う二人が頷きながらも、エルフは「しかし」と口を開く。


「この惨状はなかなかどうして」


「その点については謝罪するほかない。申し訳な――」


「うーなんじゃなんじゃ! ややこしい話ばかりしおってからに!

 わっちらの飯を邪魔しておいて、ぬしらは一体何をしに来たのじゃ!」


「ちょっとミルム様、シーですよ!」


「わけのわからぬことばかり言わず、結論から言え結論かもがっ!?」


「ほら、わたくしのおにぎりあげますから!」


 開けていたミルムの大口に、リゼットがおにぎりをねじ込み押さえつける。

 いかに世俗に無知な幻獣といえども、邪魔されては困る。

 破談になれば調査どころではなくなるのだ。

 その様子をきょとんと見ていた交渉役が「はははっ」と笑って鉄面皮を脱いだ。


「これはすまない。少々気が立っておってな」


「あー、そりゃこんな近くに荒し・・が出ていればなぁ」


「それもあるのだが、問題が山積しておってな。

 何から説明したものか、素性を確かめておきたかったのだが……。

 まぁ、もういいだろう。首を突っ込んでしまった以上、どうせ君らも運命共同体・・・・・なのだから」


「それはどういう……?」


「まぁ、その辺は我らの集落に戻りながら話をしよう」


「案内してくれるってことかい?」


「あぁ、我らの足で一時間ほどなのだが……」


「そりゃあ、近所でうるさかっただろうに。こっちは道さえ分かればついていくよ」


「それは頼もしい。では、向かうとする――」


「待てーい! バカ者ども!!」


 リゼットの腕を潜り抜け、ミルムが一歩前に躍り出た。

 理由は不明なものの、せっかく緊迫した空気が解けている中での暴挙。

 集落へ行ければ情報は格段に増えるというのに、話に割り込むなどもってのほかだろう。

 慌ててミルムに飛びつくリゼットの手をひらりとかわし、、、



「飯が先じゃ! 座れ!!」



 小さな身体の何処から出るのか。

 腕を組むミルムから、周囲に響き渡る大音声が放たれる。

 何なら一仕事を終えたかのように、鼻からふんすと息を盛大に吐き出していた。


「……そうだな。ミルムの言う通りだ。まだ名乗りもしてなくて申し訳ない。

 俺はルシル、声のでかいのがミルムで、そこで転がってるのがリゼットだ。

 大したものは持ってきてないが、あんたらも昼時だろう? せっかくだから一緒につまんでいかないか」


 ルシルは目の前に転がる迷彩竜カメレオンに歩み寄り、ぽんと頭に手を乗せる。

 そう、万物の捕食者たる彼女は、これを解体せよと怒っているのだ。

 討伐した獲物をしっかり平らげる精神は、まったく見上げたものである。


 一瞬顔を見合わせたエルフたちは頬を緩めて頷き、周囲にハンドサインを送る。

 ガサガサと十二人が現れ、全部で戦える・・・エルフが十五人……数百人規模の町でも陥落する数である。


「そいじゃま。解体に剣を抜くが許してくれよ?」


 ルシルは肩越しにペロリと舌を出し、ゆらりと腕を振ってそんなことを言う。

 そうして掴んでいた頭をすっと持ち上げた・・・・・・・・


『んなっ!?』


 驚きに染まるエルフたちの気配が・・・こだまする。

 抜刀・納刀の音さえ置き去り……いいや、動きさえ捉えられないなどありえるのか。

 ざわつくエルフたちの前で、ルシルは切断した頭を静かに横に避け、近くの大木の枝元に尾を引っ掛けて吊るした。


 確かに動きは自然体……むしろ目で追えるほどゆったりしている。

 しかし、重さを感じさせないなめらかな動きを、体長5メートルにもなる竜を相手にできるだろうか。

 その自然体の所業の凄みを、吊るした大木が軋んで傾きが変わる姿で思い知らされる。


 また、竜の血はランクに効果の差はあれど、毒にも薬にも転用できる。

 シエルに持ち替えればそれこそ感謝されるだろう。

 そう考えるルシルは、ぼたぼたと滴る血を容器で受け、先ほどのように腕を軽く振る。


 ――ぽとり


 擬音にするとそんなところか。

 すらりと切れ目が入り、今度は迷彩竜カメレオンの腕が落ちてルシルの手に収まる。

 そこにはいつ手に取ったのか、大きな木の皿が。

 降り注ぐスライス肉、その中央には腕の骨付き肉。

 当然のように皮もしっかり剥かれ、あとは調理を待つばかりの状態だ。


「さて、それじゃ焼肉だな?」


「それでよいのじゃ!」


 準備を終えたルシルが笑い掛ければ、うんうんと鷹揚にミルムがうなずく。

 一体誰が一番偉いのだろうか……エルフ達は困惑する一方である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る