115絵空事への挑戦

 持ち帰った証拠と共に、ことの経緯をシエルに報告する。

 生息域から外れた個体が最低二体存在していたこと。

 討伐した夜叉虎ホロウタイガーがこのエリアの主の可能性があること。

 もしも主であれば、生態系の混乱が起きかねないこと。

 そして目的である行方不明者の捜索、および原因の究明には至っていないことなど。


 黙って聞いていた彼女は、静かに「調査は続行です」と決断を下した。

 シエル個人は一刻も早く止めたい。だが、勇者ルシル聖女リゼットが揃っている好機を逃すことはできない。

 いくらルシルを優先するとはいえ、彼女は商会長なのだから。


「りょーかい。ま、別にあの程度でやめる理由にはならんわな」


「そんなことを言えるのは貴方くらいですよ」


「そうかぁ? あと何人かは知ってるけどな」


「まったく……また戦争でも起こす気ですか」


 恒例の食事会では、夜叉虎ホロウタイガーの肉がひっそりと提供されている。

 ただし今日だけの特別メニューの触れ込みで肉塊を持ち込んだのだ。

 肉自体に毒はないので、調理方法を詳細に説明する必要はない。

 何なら豊潤な魔力が旨味に変換されているので、焼くだけでも十分に美味い。

 難を言えば少しばかり歯応えがありすぎるところだろうか。

 結構な量を渡してあるので、より硬い部位は今後に期待したい。


「随分と楽しそうで」


 悪くなるばかりの状況に、シエルはむすっとした表情でつぶやいた。

 彼女にしては珍しく、露骨に感情を出している。


「そう見えるか?」


「えぇ、とても。両手に花とでも言いましょうか」


「おいおい。夜叉虎このにくを一人で獲ってくる奴」


 つい、っとルシルはリゼットを指さす。

 失礼なその指をリゼットが叩き落とす前に、すかさず「解体に飛びつく奴」と指先を変える。

 次は食堂の中央で大騒ぎしているミルムである。


「暴力と食欲に挟まれて俺はアップアップだっての」


「私をのけ者にして?」


「その話は終わってるぞ」


「……わかっていますよ。そろそろ期限を設けましょうか」


「期限、ですか?」


「こんな場所でそう長くは生き延びられない。

 まぁ、第一目標が捜索だからな。長く見積もっても一ヵ月くらいか?」


「ですので、残りは六日間です」


「あ、あと六日、だけ……?」


「一人が持てる食料もたかが知れてる。

 夜叉虎ホロウタイガーまで出てくるような場所で、ただの調査隊がどれだけ生き残れる?」


 こと戦闘に関して、ルシルの見立てを崩せるほどリゼットは専門家ではない。

 そして成果の見込めないことに商会バベルが関わる意味もない。

 リゼットはいつかのシエルのように、目に見えて肩を落として「そう、ですね……」と口にするしかできなかった。

 対するルシルは変わらない声色で


「その場合、『捜索』から『探索』に切り替えるだけだけどな」


「そうですね。周辺地形の把握は必要ですし」


 カップに口をつけながらシエルも追随する。

 探索の地域が、より険しく人が適さない地域に変わっていくことを意味する。

 要はやることは変わらないが、より過酷で難易度が上がるとの宣言である。

 ただしそこには『覚悟しておけよ』との言葉も含まれていた。


「ありがとう、ございます」


「気にすんなどうせ必要なことだしな」


 そう言ってルシルはいつものように笑うのだ。


 ・

 ・

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 いつものようにリゼットの転移により行程を短縮した三人は、夜叉虎ホロウタイガーと死闘を繰り広げた元原生林へと降り立った。

 スタートとしてはなかなかバイオレンスな現場である。

 まぁ、それらの痕跡は、すでに繁殖する雑草によって野原の下に隠されているのだが。


「って言ってもな。いきなり出くわすかね」


 そうしてルシルは思わず天を仰ぐ。

 歩き出して早々の一言だ。

 何事かと同行者のリゼットとミルムが首を傾げている。


「何でもない。まぁ、ちいと来客がありそうでな。

 とりあえず俺が良いと言うまでいきなりぶっ放すなよミルム」


「こんなところに居るのは獲物てきじゃろ。先制せんでいいのか」


「おいおい、ミルム。ここへは遭難者を探しに来てんだぞ。

 それに誰彼構わず殴り掛かってたら、いざって時にへばっちまうだろ」


「む。そうであったな」


 てくてくと前を歩くミルムは、相変わらずの魔力量で周囲を切り拓きながら進む。

 少し後ろに陣取るルシルは、隣に並ぶリゼットに「リゼ。おそらく囲まれている」と小さく声を掛けた。


「……何に・・ですか」


「聡くて助かる。人だ。いいや、正確には人型だ」


 切羽詰まっているはずの遭難者が監視なんてできるわけがない。

 リゼットは表情を変えずに静かに深呼吸し、期待を排除して・・・・返事をした。


「人型……昨日のように夜叉虎ホロウタイガーでしょうか」


「馬鹿いえ。人族はそこまで頑丈タフじゃない。

 あんなものがそうそう出てきてたまるか。とっくの昔に絶滅してるぞ」


「ここは未開の地でしょう」


「……そういやそうだな。生きてる人自体が居ない可能性もあるんだな」


 間の抜けたルシルの返答に、今度はリゼットが嘆息する。

 この世の種族は千差万別だ。

 人型に限っても、数の多さや道具を武器にする人族から、獣の特性を獲得した亜人と羨む・・獣憑ベスティエル

 魔族の中にも人型は居て、吸血鬼ヴァンパイヤ一つ目巨人サイクロプス、もっと身近ならゴブリンなんてのは分かり易い好例だろうか。

 とはいえ、気配のサイズや動きから、人の形を想定しているだけで、実は全く違う可能性だってある。

 こうした分類ばかりが増えて大変である。


「まぁ、こんなところに居るんだから、相当タフな種族だろうな」


「……ただの人では呑み込まれたわけですからね」


「凹むのは後だ。せめて顔くらい出してくれればいいんだけどな」


 ゆえにこの場を歩くのは、ただの人ではない、勇者と聖女と幻獣なのだ。

 今更ながら、この『神域』をどうにかすることなどできるのだろうか。

 リゼットは改めていかに無謀な探索なのだと心を引き締めた。

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