113聖女の行進
何の躊躇もない。
使役される
ルシルが支えていた手の上から、だ。
慌てて手を引っ込めるルシルは「あぶねぇ!」と抗議の声を上げる。
しかし攻撃したリゼットは一瞥すらせず、左手の聖書を広げていた。
目まぐるしく変化する状況に、ミルムはぱちくり、と眼をしばたたせる。
その間にも、彼女の前で
「どういうことじゃ?」
「さっき言ったろ。本来なら
そうして先ほどのように存在感を消して近付き、攻撃の瞬間だけ物理的な干渉力を増して食らいつく。
数の暴力に隠密性が加われば、これほど恐ろしいことはないだろう。
しかしどれほど
それこそルシルが言ったように、『
「ただまぁ、数的・物理的にどれだけ強かろうが所詮は
一般的に聖女の立ち位置は象徴であり、神殿の奥で祭事を司る。
前線に出ることもなければ、ましてや戦うことなんてありえない……けれど――彼女は違う。
ミルムに説明するルシルが肩を竦めている間にも、左手に広げた聖書を輝かせてリゼットは応戦する。
その様子にルシルは何故か得意気に「ほらな」と笑う。
彼女が
使役者である
そして渇きに喘ぐ遭難者が水を求めるように、聖女たる彼女の神聖さは
業火に群がる虫のように、盲目的に眩しく映る彼女を目指してしまうのだ。
「
それを無視して存在する、死を超越したモノは総じて
でもまぁ、
「本体は任せましたよ」
「あ、やっぱり俺も戦う感じ? リゼだけでも十分だろ」
「
「俺は
ポン、とミルムの頭に手を置く。
矜持を損ねたらしく、鬱陶しそうにぺちっと叩かれたが、彼は笑って流す。
「……何を言ってるのです?」
「いや、
「たしかにミルム様に食いついてきましたが……」
「ちと引っ掛かるんだよな。最初は危なっかしいだけかと思ってたんだけどな」
「……何かあるのですね?」
「
「貴方のカンは当たりますからね。仕方ありません」
そう告げたかと思えば、もうリゼットの姿はそこにはない。
瞬時に距離を詰めたリゼットは、先ほど同様に
先程までいたはずの地面に残るのは、窪ませるほどに強烈な踏み込みの跡。
そして地鳴りに等しい振動を体感するくらいだ。
彼女もまた、ルシルと同じ
――バガンッ!
右手だけで振り下ろしたメイスが地面をたたき割り、周囲の地面を隆起させる。
速度・威力共に十分な殺傷力を秘めた攻撃に、ミルムは「おぉ!」と感嘆の声を上げた。
外したリゼットは地面をえぐるメイスをさらに押し込み、自身の身体を空転させて前に飛ばす。
跳ねるように近付くリゼットの背にはいつの間にかメイスが回っていて、今度は横薙ぎのフルスイング。
半円を描く攻撃範囲が
――バオンッ!
ルシルの
空転した攻撃に逆らわず、さらに身体をくるりと回して
軸足を踏み切り、回転を推進力に変え、宙に浮いた相手を追随。
足場がなければ身動きが取れないのは人も魔物も変わらない。
そうしてリゼットは追い詰めた
――バオンッ!!
が、再び、空振りの暴風が吹き荒れた。
確実に
「どういうことじゃ……?」
見た目と結果へのギャップにミルムが疑問を口にする。
その間もリゼットと
反撃さえ許さない、一方的かつ無謀な攻撃だった。
「幻影を被って目測を誤らせてるな。誤差はざっと十数センチってところか。
メイスを相手にするには絶妙な距離感だな。
「勝てぬのか?」
「いいや? たしかにリゼは補佐がメインで、本質的には戦闘者
だから攻撃の手は少ないし、駆け引きも下手。
それに予備動作を全く消せていないテレフォンパンチになりがちだ。要は相手に準備を許してしまうってわけ」
ルシルの言葉通り、莫大な威力を秘めた空振りにより、あちこちを叩き壊しては削っていく。
その度に勢いを増していくように見えるリゼットの攻撃は、残念ながらことごとくを避けられる。
連綿と続く猛攻撃も、回避され続ければ単に体力を捨てているに等しい。
それに――
――ドガッ! ドゴッバキッ! メキメキ……
大木に打ち付けられてめり込み、幹をへし折りその頭上に倒木が降り注ぐ。
戦闘の素人というのは本当らしく、ただの一撃貰うだけであの有様である。
彼女の身体強化が超一流であっても、扱う者が三流ではどうにもならない証左だろう。
リゼットの猛攻撃を返り討ちにした
危機感に無頓着なミルムも、吹き飛んだリゼットを指差して「大丈夫かの?」と声を上げた。
どう見ても大丈夫ではない
が、彼の答えは変わらない。
「
――バガーンッ!
周囲に響き渡る轟音と共に、豪速で倒木の破片やら砂利やら石が飛来する。
その爆心地では、大木に潰されていたはずのリゼットが、メイスを肩に担いで立ち上がっていた。
まき散らされる危険な破片でも、
だが、手応えを感じていたらしく、驚くような素振りを見せている。
ミルムへ向かう破片をぺちぺちと払いのけながら、ルシルは「な?」と笑う。
「やってくれますね」
リゼットはガラガラと周囲を崩しながら歩き出す。
しかしその動きに違和感は一切ない。いや、そればかりか障害物にさえ無頓着。
平地を歩くかのごとく、障害物を蹴り飛ばしながら進む。
「無傷のヤツが使う言葉じゃないな」
「何をおっしゃいます。こんなに汚れたじゃありませんか」
「ほらみろ、怪我なんてしてないだろうが」
「それはともかく。ルシルも気ぐらい引いてくれませんか」
「おいおい。
「あら。人語が分かるのでしょうか」
「さぁ?
払いのける際にいくつか受け止めていた破片を指弾で飛ばす。
その速度はリゼットの攻撃の比ではなく、視認することさえ難しい。
ただ、
ビチ、ビチと毛皮を叩く破片に注意を惹きつけられる
大きな被害はなくとも、身体を揺さぶられるほどの衝撃に襲われれば気にもなる。
そこへリゼットがすかさず飛び込み、メイスを振り下ろす。
繰り返される攻防。
だが、先ほどと違のうのは
既に戦闘素人のリゼットの動きは見切られている。
意識を引いた一撃目以降、当たりそうな気配がまるでない。
いいや、そればかりか反撃を受けたリゼットが、別の木に打ち据えられている。
どれだけ速く、強力であろうともリゼットの攻撃はまるで当たらない。
対するは的確に命中するが、威力の足りない
デジャヴのように繰り返し、周辺の植生を破壊していく。
更地になるのは時間の問題だろうか。
「ふむ? 随分と厳しい見込みになりそうだの」
「いいや? 俺は
リゼが……俺たちと肩を並べるだけの実力者が、あんな
気を引くことさえやめたルシルの自信は変わらない。
この千日手とも言える均衡が崩れるのは、
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