106魔術士ミルム2

 初めは照準の定め方から。

 次に数、速度、精度、射程距離――判断の遅れが生死を分かつ。

 ゆえに戦闘者として魔術の使い方を教えるルシルが与える課題は矢継ぎ早なのだ。


 深く考える時間を与えず……いいや、行動しながら考える癖を体感おぼえさせる。

 この魔力量を無視したスパルタ訓練でも、ミルムの保有量を思えば微々たるもの。

 枯渇することなどありえないし、もしも尽きても彼女はルシルの『保護対象』だ。

 彼女が戦わなくてはいけないなんて選択肢は、まさしくミルム自身の生死に関わるまで与えない。


 そんな事情を知らないリゼットはハラハラしっ放しである。

 端的にいじめにしか見えないのだ。

 射程の課題を与えられたミルムが慌てていると、ルシルが大きなため息をついて腰の剣を抜き放つ。

 一振りにしか見えない剣閃は、正面に蔓延る数メートル分の草木を細切れにした。

 一瞬遅れて砂のようにバサッと落下する。

 そこまで刻まれれば、絡みつくなんてことができるわけがない。


「ミルムさーん。いつもの威勢はどうしたんですかー?」


「ぐぬぬっ!! ルシルめぇ!!」


「うわ、頭で暴れるのやめろよ!

 てかそんなことしてる間にまた草が近付いて来るぞ!」


「草が近付いて来るものか! もうルシルがやればいいんじゃっ!」


「お、なんだなんだ。もうギブか? 今日はやけに調子が悪そうだな?」


 ルシルは頬をつねられながらもミルムをからかう。

 まだ拠点が近いこの位置は絶好の『あそび場』だ。

 ここから先、本当に危険地帯に行けば、こんなじゃれ合いなんてしている場合じゃない。

 そのこともあって、ルシルはミルムに高い要求をする。


「ほっ! っと、俺ばっかりが仕事してるじゃないか」


「ぐぬっ! 良いじゃろう、やってやろうとも!」


「よし、その意気だ。まずはさっきと同じ近場を刻んでもらおうか」


「《風斬撃エアスラスト》!」


「おぉ、随分細かくしたな。上手い上手い! それじゃ次は前方5メートル」


 手を休ませることなく、ミルムへの指示が飛ぶ。

 手前が刈り取られてる分だけ難易度は下がるが、距離が伸びていることには変わりない。

 距離のせいで精度が落ち――


「少し粗いんじゃないか?」


 細かな傷はあっても切断には至らない。

 宙に浮かぶ軽い草木を切るのはかなり難しいのだ。


「もう一回じゃ!!」


「お、調子が戻って来たな?

 なら次は『範囲』にしよう。前方150度……この手の範囲を1メートル。木は伐るなよ!」


「コロコロやることを変えおってからに!」


「同じことずっとさせられるより楽しいだろ?」


「違いないっ!」


 攻撃力に速度、射程と範囲、方向に角度、攻撃方法に精度などなど。

 組み合わせはルシルの要求に沿って千差万別。ミルムは風の魔術を操り続ける。

 背後から見守るリゼットは、湯水のごとく使われていく異常な魔力量を思い、めまいを覚える。


 すでに子供にあるまじき……いや、一般的な魔術士の許容量を凌駕していた。

 それでもルシルの指示は止まないし、ミルムも顔色を変えずに答え続けている。

 背丈ほどもある雑草を削り取りながら、リアルタイムで形成されていく道は広がるばかりだ。


 そう、文句を言いながらも、ミルムの魔術はただの一度の暴発はない。

 すべてにおいて効果を発揮し、無駄撃ちもない。

 そして魔術を重ねるほどに目に見えて技量が磨かれていく。

 恐ろしいばかりの成長速度に、先生役のシエルも戦慄させられる。


「いやぁ、ミルムのお陰で随分と楽に前に進めるな!」


「ふはは! もっと褒めるがよい!」


「お楽しみのところ申し訳ありません。お二方、そろそろ休憩を入れませんか?」


「ん? あぁ、そうか。そろそろ昼か」


「飯じゃと!? ルシルの横暴に付き合ってやったのだ! 旨いものを所望するぞ!」


「そうがっつくなよ。まずは陣地造りからだぞ」


「陣地とな?」


「お前、こんな見通しの悪い場所で休憩してみ?

 匂いに釣られて何が近寄ってくるかわからんだろ。周りを気にしながら食う飯が美味いと思うか?」


「……む、わっちに刈れと?」


「お、ミルムがやってくれるのか。助かるぜ」


「おぬし、最初からそのつもりじゃっただろう!?」


 ワイワイと文句を言い合いながらも、ミルムは楽し気に魔力を編む。

 四人と二匹が集まるこの場より外側、約50メートルの範囲をルシルが指定した。

 視界の通らない長距離の魔術行使……面倒な上に馬鹿げた魔力を消費する。

 少しでも魔術をかじったことのある者なら断固拒否する要望オーダーだ。


「むぅ、広いのぉ……」


「視界ってのは重要な情報だからな。

 開けてないだけで難易度が爆上がりする。でもまぁ、やり方を工夫すれば何とかなるもんさ」


 枯れた倒木の傍に、ルシルは肩に乗るミルムを下した。

 食事の準備は簡単だ。その倒木を適当なサイズに切り落とす。

 枝打ちした小枝を小刀で削っておが屑に。残りの枝に傷をつけてささくれさせた。

 その間にシエルが魔術で盛り上げた土のカマドに枝を投げ込み、指を鳴らして火をおこす。

 ものの数十秒ほどで完成した簡易キッチンに、さほどサバイバル経験のないリゼットは驚きを隠せない。


「やり方?」


「俺が思うに魔術ってのは発想力が重要だ。

 だからできれば思いついて欲しいんだが……ミルムの魔術の射程はもっと長いだろ?」


「うむ! だがそれはまた別の魔術じゃぞ」


「たしかに今回は使う魔術を限定してる。てかいかづち系は危ないから使うなよ」


「わかっておるよ。燃えたり痺れたりするのだろう?」


「練度が低いとな。いろいろと効果が派生するからかなりの上級者向けになる。

 それより射程ってのは要は認識の届く距離だ。で、さっきは遠くまで届いたよな?」


「つまり一度で切る必要はないわけだな!」


「正解。俺は『周囲を切れ』って言っただけだからな」


 答えを得たとばかりにミルムは嬉々として魔術を振るう。

 彼女の視線が向くほどに草の背丈が縮んでいく。

 その速度は先ほどまでよりも明らかに早い。

 しかも範囲内の木々を残し、その後ろに生える草はきっちり刈っていた。


「木を避けるのは難しいのぉ!」


「上手い上手い! 魔術を曲げて撃つって器用なもんだ。

 ちなみに木を伐る気なら、こっちに倒れてこないようにしてくれよ?」


「なんじゃ。残さんといけないわけではないのか」


「そろそろ森も深くなってきたし、木を避けられるのも限界なんだよな」


「試してみよう!」


「いいね。ちなみに木が伐れるようなら、歩くのに邪魔な倒木も頼むぜ?」


「んなーー!?」


 ルシルの面倒な無理難題ようきゅうを聞く前に放たれた風の魔術は、試し切りに選んだ細い木の枝を見事に断ち切っていたのだった。

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