104航海の果てに

「あそこがその例の土地ってわけか」


 太陽を反射して輝く海面の遥か先に、薄っすらと陰る緑の色を見て呟いた。

 結局、ルシルはリゼットの嘆願に応じることにしたのだ。


 そもそも新大陸の調査が暗礁に乗り上げていたのは事実だ。

 その事態をケルヴィンが重く受け止め、リゼットの要請を受け入れのは疑いようのない事実。

 むしろルシルを巻き込むことを想定していたのは間違いないだろう。


 島流しの建前ではあるものの、ルシルの『人気・財力・戦力』の影響力は間違いなく大きい。

 どこかへ定住することで生じるパワーバランスの激変も、実現しうる脅威なのは間違いない。

 しかし、同時に、いくつか抜け道があるのだ。


 たとえば今回のように『バベルの問題』であること。

 そこに商会に所属するシエルやケルヴィンはもちろん、所有者のルシルが関わるのは至極当然だ。

 事態の収拾に戦力が必要ならば、それこそ勇者ルシルの出番だろう。


 また、派兵に向かうのが、未だ世界が『国として認めていない未知の土地』であれば、言い訳の余地が大いにある。

 つまりは利害関係の枠外であるため、パワーバランスどころか軋轢さえ生みようがない。

 唯一、新大陸に対する新たな利権問題が懸念点だが、発見者であるバベルは、未だ公式発表を控えている。

 調査が済んでいないことに加え、行方不明者が続出しているので仕方のないことだろう。

 突き詰めればフォルーノ……リゼットの所属する宗教国さえ知らない情報なのだ。


「まったく、素直にお願いを聞いてくれればよかったのですよ」


「あほう。俺一人のことなら別にいいけどな。

 バベルやら他国に迷惑かけてまで個人を助けてられるかよ」


「シエルの教育のたまものですね」


「うっせえ。戦争いままでと違って、明確な大目標がないんだ。

 些事と切り捨てることもできないんだから、個別案件は頭のいい奴に指針を委ねるのは当然の話だろ」


「それで追放されてはね……」


「うぐっ……痛いところ突いてきやがる」


 そんなしょうもないやり取りをしながらも船は進む。

 船の欄干にだらしなく身体を預けるルシルが、仕返しに言葉を投げた。


「しかし天下の聖女が勝手に俺たちに同行していいのかね?」


「『勇者との交友を温めに行く』と話して、誰が止めに入れるでしょう?」


「うっわ……俺をダシにして抜け出して来たのかよ」


「元はと言えばそちらが蒔いた種でしょう?」


「蒔いたというか刈り取ったというか。

 霧を晴らしたのは不可抗力だし、シエルがおかしな対応したわけでもないしなぁ」


 そう、おかしなことは何もしていない。

 むしろシエルは正攻法とも言える対応を行っただけである。

 ただ、その対応速度が尋常ではなかっただけで。


 ・

 ・

 ・


「では改めて現状の確認です」


 新大陸の足掛かりに建設された港に着く少し前。

 海上で最も権力を持つはずの船長を追い出した商会長シエルは、調査隊に事情説明を始めた。

 参加者は勇者ルシル、聖女リゼット、そして幻獣ミルムと従魔二体である。


「この大陸を発見・上陸してから三ヵ月ほど経過しています。

 その間、派遣した調査隊は総数は三十五名。

 また、最後の三組目に配属されていた一人だけが帰還しています」


「ぜ、全滅――!」


「とりあえず生き残りに話を聞くしかないか」


 絶句するリゼットを横目に、ルシルは淡々と状況を推し量る。

 しかしその程度のことはシエルもすでに手配済み。ゆえに――


「その者も無事ではなく、現在まで昏睡したままです」


「そりゃまた災難だな。で、理由はなんだ?」


「外傷もあるのですが、原因不明です」


 一縷の望みを懸けて臨んだリゼットだが、想定よりも遥かに悪い。

 ついに押し黙る彼女の隣で、ルシルは浮かび上がる事実を噛み砕く。


「方角と探索期間、物資の減り具合は?」


「探索期間は約一週間。装備はほとんど放棄されています。

 また、報告によると行き帰りで方角が90度ほどズレていたようです」


「完全に道に迷ってるじゃねぇか。

 単独だと食料もそんな持てないだろうし……ちなみに役割は?」


荷物持ちポーターです」


「……よく生きてたな」


 うーむ、とルシルは「結局情報ゼロか」と唸る。

 想定していた状況よりも幾分か悪い。

 三組も調査に向かって分かったことは、『何もわからない』くらいである。

 何ともお粗末な状況だろうか……いや、それほどに問題が大きいのかもしれない。


「そりゃ聖女リゼを巻き込むわけだ。

 前衛おれだけじゃ不安だってことでケルヴィン様がテコ入れに動いたのかもな」


「勝手なことをするものです」


「そういうなよ。状況的に撤退も視野に入るんだぞ?」


「――あり得ません」


「まぁ、人的被害が『確定』していないならお前はそう言うだろうよ」


 ルシルの思いを最優先するシエルらしい返答だった。

 対してケルヴィンは人員でさえも損得勘定で計算する。

 特に人命に係わることであれば、厳格に……それこそ戦場のルシル以上に。

 被害を最小化するように動くだろう。


「んー……安全策で俺だけ行ってくるってのはダメか?」


「出発前に散々話したと思いますが――」


「わかったって。俺の傍が一番安全なんだろ?

 でも拠点になってる港の防衛力は侮れないぞ」


「たしかにこの拠点が襲撃されたことはありません」


「あ、そうか。襲われてるなら『相手』が分かるもんな」


 多くの建屋が木造とはいえ、しっかりとした防壁と堀が造られた港は、ちょっとした要塞にも見える。

 見えない敵と戦っている現状では、防衛力を磨くことは必要かもしれないが……。


「元々は内陸部に築くつもりで持ち込んだ資材を余らせてしまったのが原因です。

 しかも調査は遅々として進まないし、労働力を遊ばせておくのはもったいない……ってことで今の状態です」


「まぁ、防衛力はあって困るものじゃないし、港がないと荷下ろしも厳しいか」


「それでいつ到着するのじゃ?」


 二人の会話に割り込むのは、椅子に座ってつまらなそうに足をプラプラさせていたミルムである。

 会議とは名ばかりではあるが、参加者なのでこの場に連れて来ていたのだ。

 好奇心旺盛な彼女は、こんな面白くもない話よりも、見慣れない前線基地に思いを馳せている。

 外観からすでに探索したい欲に追い立てられていた。


「今日、明日は休養かな。俺はともかく、船旅で落ちたお前らの体力が心配だ」


「そうですね。港のメンバーに皆さんを紹介する必要もありますしね」


「……え、肩書きアリで?」


「それは……所有者オーナー商会長トップ大英雄せいじょが揃って来たら現場は大混乱しますよね?」


 つまりはあくまで調査隊として紹介されるようである。

 人相書きまで配布される大英雄ゆうめいじんとはいえ、本人を証明するのはどの場面でも難しいものだ。

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