103聖女の事情
メルヴィリゾート開発の日常に乱入してきた、聖女リゼットの爆弾発言。
まったく予想もしていなかった内容に、ひっそりと顔をうつ向かせるシエル。
その彼女に向けてルシルが説明を促した。
「見つけた土地って何の話だ?」
「貴方はそんなことも知らないと?」
「知るかよ! バベルの運営なんてシエルに丸投げだぞ!」
「威張ることじゃないでしょう!」
「俺は嘆いてるんだよ!?」
暴露した方は前提すら知らないことへの驚き。
された方は予想外の話が出て来たことへの焦り。
互いが罵り合うかのように喚き合う二人の視線は、再びシエルへと向けられた。
「ルシル様。メルヴィを覆っていた霧の『
「海域を覆って通行止めになってたんなら、その奥ももちろん未知ってわけか。
それに海がずっと続くわけもないし、いつかはどっかの陸が出てくるだろうって話?」
「はい。それで調査をしていました」
「また航路作る気だったのか?」
「航路はどちらかと言えばついでの目標です。
ケルヴィン様は収益をあてにされているかもしれませんけれど。
私は霧が晴れたことで起きる衝突を防ぐために、『向こう側』の全容が知りたかったんです」
現れるかもしれない侵略者への対策だとシエルは主張した。
元々、リゼットが
そうでなければ一代で……それもたかが数年程度で、商会を世界に名を轟かせられるわけがない。
しかし現実の彼女の言葉には、一切の『金儲けの匂い』がしない。
シエルへの厚い信頼をルシルから聞かされる度に、騙されていると考えていたリゼットは思わず沈黙した。
対してルシルは、リゼットに分からぬよう、アトラスの一件を匂わせてくるシエルに内心頭を抱える。
というか、実体験がありつつ何ら対策をしていなった自分を殴ってやりたい。
表面上で何食わぬ顔を装うルシルは、話題を進めることを優先した。
「なるほど、たしかに必要そうだな。
それで調査員が……船乗りが海で行方不明の何が問題なんだ?」
「貴方に情けというものはないのですか!」
「そりゃ助かる命まで見捨てろとは言わないぜ?
でも船乗りだとすれば、ただの『職務上のリスク』だろ。
俺から言わせれば兵士が戦場で命を懸けて戦ってるのと変わらない状況だ。
死にたくないなら別の仕事を選べ、としか言いようがない。それこそ未知の海を進むなら当然だろ?」
「陸地で行方不明になったとしてもですか?」
「あ、そうか。上陸はしてるって話か。
なるほどな。でもそういう未開の地に送るようなヤツならある程度腕は立つんだろう?」
話が回って来たシエルは「はい。腕利きを雇っています」と落ち着いた様子で返す。
その姿に苛立ちが募るリゼットに対し、ルシルは「だよなぁ」と天を仰いだ。
「シエルがそんなところで手抜きするはずがない。
だとすれば気に掛かるのは
「……わたくしが来てはまずいって言うのですか?」
「そうじゃない。けどケルヴィン様もシエルも口が堅い。
調査に関して情報が外に出ることはまずないはずだ。
それをリゼが知って、そして実情まで何故把握してるのか、ってところか」
言葉にするのが難しいルシルは、自分の額を指でコツコツ叩いて絞り出す。
特に『ケルヴィンがリゼを送ってきたこと』に最大の違和感が残っていた。
「わたくしの友人が調査員なのですよ」
「で、そいつが帰って来ない?」
「一ヵ月連絡がありません」
「海を渡る調査に一ヵ月は早すぎやしないか?」
「違う。陸地の調査に出て一ヵ月以上経っているのです」
「ちょっと待て。何か言い方に違和感があるぞ」
「土地の調査に何度も人を送っているでしょう、と言っているのですよ!」
リゼットの叫びを聞いて、彼女がここに居る理由にルシルもようやく合点いく。
ルシルが視線を向ければ、シエルは目を伏せて頷いた。
何故『行方不明』なんて仰々しい言葉が出てくるのか、と疑問に思っていたが、コトはより単純だったのだ。
単にルシルの情報が周回遅れもいいところであるだけで。
「事情は分かった。けど、シエルは交渉の際に事情を話してるだろ?」
「はい。報酬と共にリスクを包み隠さずに」
「何故そんなことが分かるのですか」
「
けど世界がこの報せを知らないってことは、守秘義務契約でもあるんだろう」
「バベルに問い合わせがあるだけなら構いません。
ですが勝手に渡航され、その先で大暴れされては困りますからね」
今まさに脅かされているルシルの平和を口にする。
後ろめたい気持ちを刺激されるリゼットはぐっと言葉を飲み込んだ。
「だよな。だからその
「……承知しました」
「ともあれ、それで『
力づくで解決するとは聖女様も随分と脳筋になったもんだな」
「……貴方の商会でしょう。責任を果たしてもらいたい」
「そう言われると確かにつらいものがあるな」
「でしたら――!」
「けど対象者に事情説明してるし、リスクを引き受けたのは当人だ。
だから、
もちろん、俺自身が救出に向かうのも、別の調査隊を組むのも、経営判断でなら否はないけどな?」
要はシエルの判断に沿う、ということだ。
実際、バベルの経営に口を挟めるほどルシルは聡くない。
現に情報を伏せられていた側でもあるので、勝手な動きをするのも
先日までのクラリス、アッシュ、はたまた
「それに俺はここを離れられないしな」
「離れ、られない? 貴方そんなに忙しく……いえ、何か事情が?」
聖女であろうとも来るだけで苦労する孤島ですべきこととは……?
リゼットは、どう見ても建設作業員にしか見えないルシルを訝し気に眺める。
「いや、忙しいってか――って、ちょっと待て。
今までシエルに言われて引きこもってたけど、俺ってメルヴィから自由に出れるくね?」
「出れますね」
とシエルはあっさりと認めた。
ルシルが無駄な苦労を背負いこまないよう、今までのらりくらりはぐらかされていた事実である。
しかし正面から問われてしまえば嘘を言うわけにもいかない。
「そうだよなぁ……ケルヴィン様の話って建前だったもんなぁ」
「何の話です?」
「あんまりオーランドの国内事情バラすのも悪いんだけど、戦争無くなったら
地元に帰っても出国されても迷惑だから、一生引きこもっとけってことで、メルヴィ与えられて放り出されたのさ」
「はぁ!?
貴方はそんな理不尽な話を黙って呑み込んだのですか!!」
「いや、それがな。そんな理不尽かつ壮大な話が『建前』でさ」
「建前!? 何のです!?」
「どうやらバカ王が俺の顔が嫌いらしいぜ」
「――はぁ?」
言葉と共に表情がすとんと削げ落ちた。
意味を咀嚼しているのか、それとも――とルシルが困惑していると、シエルが補足する。
いいや、目の前でプルプルと震え始めた姿から、すでに答えは分かっていたが。
「リゼット様も立場的には同じですから、怒りを堪えるのに必死なんですよ」
「そうだよな! そうだよなぁ! 俺がおかしいわけじゃないよな?!」
「当たり前でしょう!
命懸けの仕事終えて帰ってきたら、顔が嫌い!?
だったら最初から頼んでくんな! オーランドなんて滅ぼしてしまえばいいじゃないですか!!」
「まぁ、王の首くらい落としてもよかったかも、とはたまに思うけどな」
気軽に同調するルシルだが、その時のケルヴィンの悲壮感を思い返せばやる気にならない。
せっかく曲がりなりにも立て直しを始めたばかりなのに、混乱させるのはバツが悪いだろう。
というか、最早そこまで興味すらなかったりする。
「それはそうでしょう! というか今からでも行ってきなさい!!」
「私も同感です。大丈夫ですよ。
「二人揃ってクーデターを煽るんじゃねぇよ」
ルシルは呆れながらも自分のために怒ってくれる二人に感謝する。
そして――
「でもま、シエルの言う通りだ。今となっては『嫌われて追放』で良かっただろうな」
苦笑と共にこぼした。
後腐れなく、いろいろと動ける今を思えば、本当にその通りであった。
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