102救済者

 メルヴィ諸島リゾート都市計画。

 それはシエルが発案した、予期せず訪れ世界の重鎮たちを迎え入れる表向き・・・の名前である。

 要はアポなし訪問への隔離施設だが、現実に諸島の一角にある、中・小規模の島を丸ごと宿泊・遊戯施設にするのだから本格的だ。

 その第一弾として――


「その最初がトイレってなんだかなぁ?」


 そんな地面を耕すルシルのボヤキは虚空に消える。

 もっと大規模な建築……それこそ『開発』とさえ言える目標を考えればその通りだった。

 しかしここまで未整備の場所での水回りは最重要課題である。

 人は水が無ければ死ぬし、生きていれば排便するのは当たり前。

 特に日に何度も通うトイレは、仮設を敷いても結局作ることになる。

 新築を誰かに引き渡す予定もないので、手間は一度でいいだろうとのことらしい。

 さっさと建てて快適性を味わう方が無難である。


 いつの間にか本土で作成された設計図は、師匠連中の現地修正が入れられ、建築順や工程表まで書き加えられ完成していた。

 何なら師匠連中がルシルの後ろから目を光らせている。

 そう、世界を救った大英雄ルシルも、この場ではただの作業員なのだ。


「こうして考えるとシエルって仕事できるんだなぁ」


「――私の話をしましたか!?」


「うわっ!? びっくりした!」


「あれ? 気付いてませんでしたか?」


「お前の耳の良さと声のでかさにだよ。

 まったく、知らん間にまた強化魔術上手くなりやがって……」


 ルシルの感知に引っかかった距離はかなりあったず。

 先日はミルムに驚いたが、万能才女シエルも大概規格外バケモノ側に足を踏み込んでいる。

 どうやらここに来たのも見学しさつのようで、仕事ぶりを評価されるのだろうか。

 であれば労働に勤しもうと、ルシルはダレて丸めていた背筋を伸ばす。

 今日も今日とて平和である。


 ・

 ・

 ・


「ルシル。貴方いつからそんな腑抜けになったのですか」


 目の前に人差し指を突き付けられ、恐ろしく非難めいた視線を向けられる。

 しかし彼には何のことだかさっぱりわからない。

 島外の情報がメルヴィに入ってくるほどであれば、それこそ大惨事だろう。

 言わずともルシルは呼び出しを食らっているはずだ。


「何の話だリゼ」


 ルシルがリゼと呼んだ彼女はリゼット=ガリバルディ。

 世界に認められし称号、聖女を戴く救済者。

 魔王を倒した大英雄、暗殺者ゆうしゃと名高いルシルと並ぶ。

 魔族に押し込まれた戦線を覆すべく、共に戦った元同僚でもある。

 聖書を片手に神聖魔術を扱い、周囲を補佐するのが本業だ。

 また、オーガくらいなら腰のメイスすら必要とせず、拳で殴り殺すくらいのポテンシャルを持っている。


「というか何でお前がここに居んだよ」


 そんな彼女VIPの登場に驚いて顎を引くルシルは、頭上に浮かぶ疑問をそのまま投げた。

 ここは絶海の孤島メルヴィ……の貿易港から、さらに内側にあるリゾート建設現場。

 資材運搬はルシルの仕事のため、部外者の立ち入りができない『仕様』だ。


 そもそも渡航許可を得られる者はかなり限られている。

 それこそ国家が意思を持って訪問するくらいの高いハードルで、個人ではほぼ不可能だ。

 それが勇者と比肩する聖女であっても同じ。

 むしろ周囲を海に囲まれている分、移動手段ふねの確保からなので、他の国王よりも謁見が難しい状態にある。

 まさしく『隠居』というのに相応しい状況だ。


 なのに純白いローブから眩しい肌を見え隠れさせる聖女様は、間違いなくここに居る。

 そしてシニヨンにまとめた長い琥珀色の髪を揺らし、赤い瞳を怒りに燃やして彼女は腕を組んで続ける。


「ケルヴィン様に無理言ったのよ」


「道理で……あのジジイ……」


「ちょっとシエルさん? 口が悪すぎやしないか」


「いいですかルシル様。貴方は隠居しているのです。

 なのにほいほい外部の人間と会えば、大挙して押し寄せて来ます。

 その時頭を抱えるのは誰ですか? 少しくらい愚痴ってもいいじゃないですか」


 これだけ障壁を設けても、平気で乗り越えてくる規格外バケモノたちが憎たらしい。

 せっかく進めているリゾート開発も、個人の身体能力で乗り越えられるかもしれない……。

 計画を練り直す必要性にシエルは迫られていた。

 が、それはそれ。今は聖女きゃくの相手が先である。


「リゼット様、お話は私がお伺いいたします」


「あらシエル様、お久しぶりです。けれど情報を止めていたのは貴方でしょう?」


「バベルのことならルシル様へ報告するか否かは商会長わたしが決めていますので」


「えぇ、バベルの意思決定そこに異議はありません」


「でしたらこちらへ――」


「けれど『被害に目を瞑ってる勇者』なんて見ていられません」


 腕を引いて誘うシエルを振り切り、リゼットが作業台に両手を突いた。

 その真剣な目に、ルシルは改めて戸惑ってしまう。

 いくら勇者の商会とはいえ、たかが知れている。

 世界の問題を解決するような組織でもないのに、わざわざ聖女リゼットが出張ってくるほどのこととは……?


「そうだな。俺もシエルは信頼してるが、たまに暴走することがあるからな。

 それにいくらリゼが聖女だからって、立場に怯まないケルヴィン様が手配したことは気になる」


「しかし――」


「まぁ、落ち着けシエル。別にお前が悪いとは思ってないさ。

 でもまぁ、ケルヴィン様ふくかんの配慮を無下にするのも悪いだろう?」


「相変わらずシエルには優しいのですね」


「リゼの話を聞くって言ってんのに拗ねんなよ。

 まぁ、俺は八方美人でシエルに迷惑ばかり掛けてるらしいぞ」


「嫌味も届かないみたいですね」


「聖女が嫌味言うんじゃねぇよ」


 そう言って世界を救った二人は、違う意味で互いに額に手を当てた。

 こうしたやり取りも久々である。


「それで? 不法侵入した聖女様のご用件は何だ?」


「許可は貰ったと言いましたよ」


「いや、お前、下船のチェックもせずに一直線に俺のとこ来ただろ。

 何だったら接岸するよりも前に甲板から飛び降りて。

 ここまでどれだけ距離あると思ってんだよ? というか、身体強化に磨き掛かりすぎじゃね?」


「小言が多いですね。細かいことは良いのですよ」


 首を傾げて「細かいかなぁ?」とルシルはぼやく。

 それを聞いたリゼットは、こめかみに聖女らしからぬ青筋を浮かべて本題を叫ぶ。


「貴方が見つけた土地で行方不明者が出ているのですよ!」


 そんな爆弾発言を受けても、結局ルシルはぽかんとするのだった。

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