101ミルムの攻撃魔術

「お、久々に何か来たみたいだな」


 海床で談笑していたルシルが、沖へと視線を向けた。

 確かにパシャパシャと水平線に水飛沫を上げてこちらに向かってくるモノが居る。

 ルシルの視力を駆使すると、どうやらそれは――


「海面を走る……甲羅?」


「甲羅……カメ? いえ、プルメリアですか?」


「んー?」


「水面を駆ける平たい昆虫……カブトムシですよ。

 ほら、兜を被ったような頑丈な見た目で、エイのような尾を持つアレです」


「あ、そういやそんなヤツ居たな。確かにそれっぽい」


 シエルの説明に額に手をかざすルシルが頷く。

 群れを成さずに一匹狼の海虫は、カメの甲羅と比肩してもひたすらに頑丈である。

 兜と比喩される頭蓋は特に強固で、何処から調達したのか魔法耐性すら持つ合金だ。

 捕獲・討伐できればそれなりの額になるが、そもそもがなかなかの希少種でお目にかかる機会はあまりない。

 シャークボルトやカラドリオスが居たことを思えば、メルヴィの生態系は非常に独特だろう。


「どれ、獲って来るかね」


「待てーい!」


「おぉ? どうしたミルム。飯、美味かったか?」


「うむ、相変わらずシエルのお手前は最高じゃ」


「元気いっぱいだな?」


「最高潮だぞルシル!

 ゆえにわっちはプルなんとかとやらを魔術で吹き飛ばしてくれよう!!」


 言葉の繋がりは不明だが、ノリノリであらせられる。

 だが攻撃魔術は基礎どころか、そもそも《送風エア》などの生活に役立つ魔術しか習っていないはず。

 そんな状態で何をするのか……ルシルは視線を先生へと向ける。


「……えっと、シエルさん?」


「大丈夫だと思います」


 すくっと立ってミルムの傍に寄るシエルが頷いた。

 目標は遥か先。接敵されたとて後詰に勇者ルシルが居れば、説明から始めてもそう焦る必要はない。

 とりあえず一発撃てれば彼女も満足するだろう。

 ルシルは視線を沖へと向けて首肯する。


「そうだな。距離があるから難しいかもしれんが、今回はミルムに頼むとするか」


「おうとも! ルシルの判断が正しかったことをわっちが証明してみせようぞ!」


「そりゃ頼もしいな」


 元気なミルムを見てルシルが柔らかく笑う。

 術式の細々とした説明は省いた簡単な説明レクチャーを受けたミルムが自信満々で海に向く。

 補佐を請け負うシエルはすでに肩に手を置き、彼女の魔力の流れを読んでいる。

 目の前に居るのは魔術士の潜在魔力を遥かに超える幻獣モノだ。

 緩いミルムに対し、シエル周囲の空気が引き締まるのは当然の帰結だろう。


「それじゃ照準は……」


 ミルムの後ろから、ルシルが遠方のプルメリアをシエルとは反対の肩越しに指差す。

 理由を知らないクラリスは、その物々しい対処に疑問符を量産していると、


「――捉えたっ!」


 くわっ、と目を見開き、流れるような所作でミルムは指鉄砲を作った。

 体内の魔力が一気に放出され、虚空に不可視の魔術式が描かれる。

 完成した術式に、その膨大にすぎる魔力が一瞬で充填され、その圧で崩壊――

 するよりも一瞬早く、ミルムは魔術名トリガーを叫ぶ。


「《雷撃槍ライトニングランス》!!」


 一条の閃光が世界を分かつように海上を奔り、海面を疾走していたプルメリアの『あたま』に正面からぶつかった。

 高強度の兜によって《雷撃槍ライトニングランス》が、火箭かせんのように四方に弾けて拡散していく。

 そうして放たれた魔術の閃光が収まると、海面にはブスブスと煙を上げるプルメリアが――


「「「――は?」」」


 誰もの予想を裏切る結果に、「どうじゃ!!」とはしゃぐミルムを除く全員が愕然とする。

 信じられない速度で展開された魔術の余りの威力にクラリスが目を剥き。

 ルシルとシエルに至っては、一度目の挑戦で魔術が発動したことの驚きまで追加される。

 当然、何度目をこすっても結果は変わらない。


 そればかりか、ルシルの良すぎる目には、拡散して周辺に落ちた雷撃が海を焼く姿が見えていた。

 海面に火が出るという意味ではなく、落雷の感電によって多くの魚が浮き上がっている。

 とんだ惨状に、今だけは現実から目を背けたいルシルは、よすぎるのも難点だなと、こめかみを揉んだ。


「どうなのじゃ!? 何か不満かえ!!」


「お、おう、ミルムが凄すぎてな。全員言葉が出なかったんだよ」


「そうか! ならばよし!」


「何もよくありませんよ!? ミルム様、身体に不調はありませんか!」


「な、何じゃシエル。そんなにあちこち触っても何もないぞ?」


 今まで虚空に消えていた膨大な魔力がきちんと仕事をすれば、確かにあの威力になるだろう。

 けれど、それは熟練の腕があっての話である。

 以前のような暴発が減ったとしても、十全に魔術を発揮させるのは全く違う。

 シエルが慌ててミルムの身体に『反動』を気にするのも無理はない。


 それに彼女に教えたのは《風撃弾エアバレット》であって、間違っても《雷撃槍ライトニングランス》などではない。

 威力が数段違う上に自傷の可能性の高い物騒な雷魔術を、シエルが初心者に教えるはずがない。

 つまりこれはミルムが聞きかじりで構築したオリジナル・・・・・であり、即興でありながら一発で成功させたのだ。

 これを『才能』という言葉で一括りにしてしまっていいのか悩みどころである。


「内出血や火傷はないみたいですけど……」


「当然じゃ。わっちは元気いっぱいじゃぞ」


「疲れもない?」


「なんじゃ、ルシルもわっちが気になるのか」


「言い方! まぁ、今まで魔術使うたびにぶっ倒れてたろ?」


「おぉ、たしかに! これはわっちの成長が著しいということじゃな!」


 対してクラリスがミルムの魔術を見たのは今回が初めて。

 いいや、洞窟の中でもシエルの魔術を壊した場面を目撃しているので、単に天才なのだと勝手に納得していた。

 ちなみに彼女には、未だにミルムは『ルシルが保護した子供』としか説明していない。

 知ったところで彼女には重荷リスクでしかないからだ。


 ともあれ、超一流の戦闘者のルシルは、動揺を一瞬で隠してシエルに「どう思う?」とひっそり問う。

 問われたシエルもわけがわからないわけで、返答に窮するしかない。


「どう、と問われましても……」


「だよなぁ。てかこの会話ちょっと前にもやったな」


 わははと笑うミルムに、素直に感心するクラリスが頭を撫でている。

 その姿を見守る二人は、規格外ミルムの扱いに途方に暮れていた。

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