第五章:勇者と見知らぬ大地
099アトラス議会報告
「――報告は以上です」
長く感じる短い説明は終わりを告げる。
起きた事実を並べて口にすると本当に信じられない。
だから――
「荒唐無稽にもほどがある」
「いかに魔王を退けたとはいえ……」
「そんなことがあり得るのか」
この場に集まっているのは軍部だけでない。
内政を担当する執政官のみならず、大臣や宰相、はたまた国王までもが臨席している。
自らの進退を問われる軍法会議以上の威圧感……。
本人にとっては恐ろしく長く感じた報告は、あまりに短いからこそ意味の深みを探ることになる。
――ダァンっ!
「人がそう簡単に消えてたまるかっ!」
重い空気を引き裂くように、テーブルを一撃して立ち上がる。
恰幅のいい彼は、ポターニンが所属する派閥を追求した人物だ。
何ならルシルに進退を投げ、クラリスを引き上げて指揮官に任命もしている。
尻拭いに奔走したとは聞こえは良いが、どうにも派閥争いが上手いだけに感じられた。
それだけにクラリスの心証はすこぶる悪く、というか彼女が最も貧乏くじを引かされていた。
また、直々の上司とも言えなくもなく関係性だ。
周囲からは派閥に組み込まれていると思われている可能性が否定できず、正直彼女にとっては非常に迷惑である。
「私も同じ気持ちです」
クラリスはゆっくりと首肯する。
そんな人類が居てたまるかとは思うものの、そうでなくては『勇者』にも任命されていない。
非現実なものだからこそ、ルシル足りえるのだとクラリスは理解しているだけである。
「ですがルシル様の姿を目で追うことができないのは事実です。
遥か先の海面のあらゆる場所で弾けるように水柱が上がり、多くの魔物が宙を舞ってようやく所在を確認できたほどです」
「そして
「その通りです」
「そんな与太話を信じられるかっ!」
――ダァン!
クラリスのような
再度重厚な机を打ち鳴らす音に、クラリスは反射的に肩が上がる。
それを隠すように、彼女は背筋を伸ばして「誓って事実ですっ!」と叫ぶ。
誰の目からも若い女将校をいびる上官にしか映らない。
純粋な戦闘力で言えば、クラリスは中の下。
ちょっとやんちゃな新兵にも負けかねないレベルである。
だからこそ、彼女から伝えられる
だからこその問題で、ある意味この場の誰にでも
しかしその隔絶された差を受け入れるには器が必要なのだろう。
「ほう。ところで貴君は軍の制服をかなりの数発注しているらしいな?」
話の筋がいきなりとんだ。
巨大な疑問を抱きながらも、問いに答えなくてはならない。
クラリスはシエルと申し合わせていた
「はい。ルシル様の所有するメルヴィ諸島は未開拓地です。
あちらでは洗濯するのも簡単ではないので、申請させていただきました」
「どこの世界に複数サイズで申請する者が居るのだっ!」
彼の主張はまったくその通りなので、何も言い返せない。
しかしそれと同時にクラリスの申請は受理され、支給も始まっている。
今さらそんなことを……それもこんな場面で追及されても困る。
というか、話が逸脱しすぎていて、周囲もきょとんとしているではないか。
クラリスは予想外の質問に、答えを見失ってしまう。
「で、ですが申請は受理されて……」
「それはそうだ。
申請書類の覚書にシエル=シャローの名前が記載されているのだぞ。
「それは……はい、たしかに……」
まさかこの場でシエルの悪知恵の開陳に、クラリスは視線を反らすしかない。
しかしアトラスからしても、高級品とはいえ制服を渡すだけでメルヴィのご機嫌が取れるならおつりがくる。
申請が出された当初は焦りはしたものの『
だからといって何の繋がりがあるのか――クラリスがそう口にする前に
「貴君は
ビッと指を差されてされる、あまりに意表を突く追及にクラリスは面喰う。
それはあの気のいい勇者と、誠実な商会長、あどけない幼女たちを愚弄する指摘だ。
苦楽を共に、といえるほどの時間には足りずとも、命を預け合って信頼を築いた。
何より『入り込んで来い』と、彼らに感じさせる指示したのはこの国……いいや、
クラリスの表情がすとんと抜け落ち、淡々と「いえ、滅相もありません」と返して続けた。
「ではこれまで支給されていたものを返却いたします」
「可及的速やかに要請しよう。悪用されてからでは遅いからな」
満足が行ったのか、ぼすん、と大仰に椅子に沈む。
しかしその方策については何もない。
きっと彼らへの説明・説得は
まったく、『
そうしてクラリスが静かに息を整えていると、別の人物が「待ちなさい」と横槍を入れた。
「聞けば正規の申請・手順で支給され、使用者も判明しているそうだな?」
「……はい。私が使用するための衣装ですので。
また、普段は……いえ、外交の場以外では私服を着用しています」
「ふむ、よろしい。
そんな物品を『可能性』の一言で引き上げれば、支給・配給の運用に支障をきたす。
確かに特例を認めることも難しくはないが、勇者を相手に角を立てしまいかねない……議論を尽くそうではないか」
「ふん。悪用されてからでは遅い。
そもそも『アトラスの軍服』なのだ。所属者にのみに支給されるのは当然だ」
「もっともな意見だ。ではクラリスに問おう。
支給服を君以外が使用している事実はあるかね?」
「ありません。そのため即時返還にも応じられます。
そもそもメルヴィ本島には私を含め大人は三名しかおりません。
また、儀礼服が必要になるタイミングも存在せず、私としては持て余しているくらいです」
「その保証は誰が立てる?」
「勇者様、商会長様が」
「なるほど。では服の話は終わりだ」
「はっ!? しかしあちらについていれば、保証の意味はあるま――」
「私は『終わり』と告げたぞ」
「……承知、致しました」
「すまんな。だが本題は
事態の収拾はついたという彼女の報告を軸に、今後の指針を決めるとしよう」
不穏な空気を振り払うかのように議論を戻す。
階級名くらいしか知らない者同士でのやり取りに、クラリスは蚊帳の外を感じる。
自らが理想とする未来を掴むために、権力争いは必要悪なのかもしれない。
ともあれ、議論は振出しに戻された……が、クラリスの報告に『次』はない。
考えられぬほどの悪条件をものともせず、事態を解決した英雄が居るだけだ。
今後の対応も何も、英雄の力を再確認しただけで変わらない。
だから会議は踊り続けるのだ。
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