098大氾濫のあとしまつ2
自然災害かつ、命あっての物種とはいえ、一週間もの航路封鎖は経済的に大打撃だ。
そんな事情を勘案して、情勢を平定させたルシルの了承の下、シエルは航路の復旧を予定よりも二日早めることを決定。
実質的な航路封鎖は五日で幕を下ろすこととなり、緊急の報せが放たれた。
その報せは、ルシルも知らない間に作られていた鳥小屋から行われている。
実を言うと航路の緊急封鎖を指示したルシルも、まさかこんなに早く対応できるとは思っていなかった。
数日のタイムラグ、もしくは報せすら届けられない可能性すら見越していたのに、彼の心配などどこ吹く風。
シエルはとっくの昔に連絡網を築いていたわけだ。
気付けばあった謎の建築物の正体に思い至ったルシルが「俺に頼めばよかったじゃないか」とぼやくと、
「連絡手段の
などと、事も無げにシエルは語るのだった。
きっと彼女が島に向かっている時点で手を回していたのだろう。
まったく、有能すぎるのも困ったものである。
・
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駆り出されたのは主に航路封鎖で閉じ込められていた船員たちだ。
また、二国に駐在するバベルの人員もこちら側へ動員されているので、なかなかにぎやかなことになっているらしい。
強制的に休日を強いられたかと思えば、信じられないほどの業務を投げつけられた彼らにルシルは密かに敬礼を贈っていた。
ともあれ、ルシルたちは日常を取り戻している。
現に夕食のおかずを川に求めるミルムの悪戦苦闘を、ルシルが岸辺で見守っていた。
川岸に横並びに座るシエルが声を掛ける。
「ルシル様、考えが駄々洩れですよ」
「んー? ならばシエル、お前の妄想を聞いてやろう」
「何で急に尊大なのですか。どうせ『クラリスは大丈夫かな?』でしょう?」
「……時折、俺はシエルが怖いなって思うんだが気付いてるか?」
「よき理解者だということですねっ!」
「何も伝わってないっ!?」
ギャーギャーといつものようにじゃれ合う二人。
そして川底で足を滑らせひっくり返るミルム。
平和な光景を謳歌する中、この場に足りない人物……それがクラリスだ。
「彼女は国に報告に戻っただけですよ。何もとって食われるわけじゃありません」
シエルの言葉通り、起きたのは災害に分類される
いくら沈静化されたとの報せを受けたとしても、詳細な事情を知りたくなるのは人の性。
しかし場所がルシルの私有地であり、
国とはいえ簡単には調査や使者を出すことはできない。
ちなみに現在明確に渡航許可が下りるのは、目的が『情報収集』及び『労働力』の二つに限られている。
鈍重な貿易船の渡航は様々な意味で危険性が高く禁止していた。
結果、クラリスが居残り組の船員に連れられてアトラスへと渡って行ったのだ。
「つってもさすがに
「それが彼女の仕事ですよ。
「相変わらず当り強いな。しかしクラリスに説明ができるのか――ってのは愚問か」
いろいろ込み入った事情はあったものの、彼女は指揮官・外交官に任命されている。
いくらルシルと繋がりがあるからといっても、無能にそんな役職を渡すわけがない。
きちんとそれだけの能力があると見込まれている証明である。
疑問視することが彼女を貶めることに他ならない、とルシルは反省する。
「まぁ、一般的に
その分、あらゆる情報が分断・細分化されていて、被害の把握だけでも一苦労です。
また、討伐数などを偽証する者も後を絶たちません。
情報の統合・精査や報酬・分配、被害者への補償や再建なんかも含めると頭が痛い問題ですね」
「緊急時に数なんて数えられるかよ。『間違ってた』って言ってやれ」
「ははっ。明らかに氷魔術の致命傷を負った魔物に対し、斧を持った者が言わなければ私も頷きますよ?」
「……そ、、、んなヤツばかりじゃないだろう?」
「そうですね。緊急時にも関わらず、『観測官』なんて馬鹿な役割が派遣される程度には頻繁じゃないですね」
当人たちには命を張った一大事。だから多少の過大報告や間違いには目を瞑る。
しかしそもそも最初から報酬も増額されているのに、看過できる『過大を越える』となると――?
鵜呑みにすれば財政を圧迫され、挙句につけ上がる。出し渋れば悪評が立つ。
そうして仕方なく発生したのが『観測官』なんて揶揄される、戦況分析官だ。
本来の仕事は伝令を繋いでの戦況報告だ。
そこに誰が何をどれだけ討伐したか、などの『詳細』な記録を残す仕事が加わった。
忙しい最中で『概算』ではないのは、後々寄せられるクレーム対策だからだ。
本当に誰にとっても負担でしかなく、ただただ面倒な仕事である。
「そうか。なんかすまん」
「いえいえ。ルシル様はそういった報告を全くしないから知らなかっただけですよ」
シエルのフォローに『報告しないから報酬がないんだぞ』との副音声がルシルの身に突き刺さる。
相変わらず知らぬところで迷惑をかけまくっているらしい。
頭が下がる思いで「いや、ほんとすまん」と、ルシルは事実頭を下げた。
「そ、そんなつもりではっ! 頭を上げてください!」
「そうなのか?」
「ルシル様は討伐数が桁違いなので、検証が逆にできないのですよ。
後、
「てことは……綺麗なやつは
「はい。ルシル様が参戦した地域に限りますがその通りです」
シエルがと平然と答える姿にルシルは閉口する。
偽証までして功績を奪い合うというのに、なんとも無茶を通したものだ。
「大丈夫、何処からも文句はありませんよ」
「なんでまた?」
「参戦した戦場で味方を助けていますよね。
それに明らかにルシル様が討伐したものでも、
労せず益を得ている方もかなりいらっしゃるので、むしろ参戦する際は歓迎ムードではなかったですか?」
思い返す戦場で邪険にされた覚えはたしかにない。
厳しい戦況への援軍扱いだと思っていたのが、こうなると少し違う見方が出てきた。
世界の危機だというのに、わりと多くの者は功労や金銭に執着していたらしい。
「ともあれ、クラリスの心配はいりません。けれど……」
「何かあるのか?」
「その説明を理解できるかは別ですよね」
シエルは分かりやすくため息を零したのだった。
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