095眠れる幻獣

「話を聞く限り、祭壇から出た光がミルムに移った途端、大氾濫スタンピードが収まっている。

 結果論だが、今回の目標はミルムか祭壇のどちらか、もしくは両方だったんだろう」


「それ以外に考えられませんよね……」


「それとあの祭壇にはもう力はないだろうな」


「そうなのですか?」


「あぁ。隠蔽の気配がもうない。シエルとも普通に・・・話せてるだろう」


「え、それはどういうことです?」


 ルシルはうーむと唸って腕を組む。

 感覚的なものを言葉で説明するのは非常に難しい。

 自分だけが持ち得た違和感……『貯蔵庫に行きたがるミルム』の説明をする。

 シエルにしても、今になって初めて気付ける事実だ。

 それを見るルシルは、シエルが『気付けること』に対し、あの隠蔽が役目を終えた・・・・・・・・・と改めて実感していた。


「戦闘中にずっと意識を引っ張られて・・・・・・・・・たことに気付いたのは偶然だ。

 すぐに拭われそうになる違和感を、叫んで何とかそっちに伝えたが……その後すぐにたがが外れたらしい」


「タガ……、とは?」


「シエルたちが洞窟に入って行ったろう?」


「はい、あの時はそれが最善だと感じましたので」


大氾濫スタンピードの目的地ってことは、そこには『何か』があるはずだ。

 そんな場所、俺なら絶対に近付かない。ましてや洞窟に入るなんてのは論外だろう」


 ルシルの指摘にシエルが顔を下げて判断を悔いる。

 主戦場ではないとはいえ、自ら危険に飛び込んだのだ。

 その結果がミルムの昏睡となれば?

 こみ上げる後悔の念がシエルに襲い来る。


「あぁ、責めるつもりはない。むしろ俺の落ち度だ。

 そんな場所にお前らを向かわせたのは間違いなく俺だからな」


「そんなことは――!!」


「まぁ落ち着け。それにその場面でも、ミルムがきっかけを作ってる・・・・・・・・・・・・・だろ?」


 思い返せばミルムが・・・・洞窟に入るかどうかを聞いてきていた。

 しかし洞窟まで向かったのはシエルだし、判断を下したのも間違いなく彼女だ。

 ルシルの言葉だけで彼女の悔恨を拭えるほど浅くはない。

 だが――


「洞窟に飛び込む判断に繋がったのは、きっと無意識下で『隠蔽』に抗ったんだろう。

 俺が叫んだように、行動によって自分に違和感を刻んで意識が戻れなくしたんじゃないか?」


「どうでしょう……とっさのことでしたので」


「その辺はお互い様か。ともあれ話はここからだ。

 洞窟に入った途端、意識が晴れた。意味が分かるか? シエルたちごと隠蔽された・・・・・んだよ」


「……洞窟内に入ったから、ですかね?」


 後悔から困惑に。シエルの表情が珍しくコロコロと移り変わる。

 こうして見ると年相応なんだよな、とルシルは内心で笑って続けた。


「洞窟の違和感を伝えたまではまだマシだ。

 そこからシエルたちの気配を追うほど集中力が乱されてたらしい」


「洞窟に近付いたから、と?」


「多分な。魔物の分岐が収まれば、その分密度が……同時に相手する数が倍になる。

 俺としては単に圧が強いと勘違いしてた・・・・・・んだが、気配を追うってことは洞窟に意識が向くってことだろう?」


「なるほど。それでは私たちが洞窟に入ったら隠蔽された、というのはどういう意味です?」


「お前たちが隠された・・・・ことで、俺の『気掛かり』が晴れ、改めて洞窟の異常さを理解したからだ」


「でしたら――」


「あぁ、だったらすぐにでも追い掛けるだろ?」


 その問いにシエルはハッとする。

 ルシルの足ならものの数秒で洞窟に到着するだろう。

 しかし彼が洞窟に入って来たのはミルムが祭壇の光に触れてから。

 だから経緯を説明する必要があったわけで、これでは時間差がありすぎる。


「危険性を理解してるのに、目の前の大氾濫スタンピードの相手を始めたんだ。

 全く辻褄が合ってない。優先順位が無茶苦茶だろう? こんな俺が非戦闘員シエルに何を言えるってんだよ」


 謎の敗北感を抱くルシルは天を仰ぐ。

 英雄の偉業の裏側には多くの犠牲が付きまとう。

 むしろそうした犠牲を有象無象にまとめて貶め、踏み台にして担ぎ上げられたのが英雄という役割だ。


 この世界に脇役など存在しない。

 故に不死身なのが英雄ではなく、生き残った者を英雄に祀り上げるのだ。

 誰よりもその事実をよく知るルシルが、危うく彼女らを零しそうになったのだ。

 これが敗北でなくて何と呼べばいいのか。


「さっきも話した通り、祭壇の光をミルムが取り込んだ後で隠蔽が解けたんだろう。

 まんまとしてやられた俺は、急いで洞窟に入り、そこから先はシエルも知っての通り。

 要は祭壇が隠蔽の起点だったんだろうな。ま、全部ただの結果論で、何にも確証とかないんだけどな」


 深い溜息とともに体内で渦巻く感情を吐き出す。

 誰も欠けずに生還できたのは単に運がよかっただけだ。

 しかも無事かどうかはミルムが起きてからでしかわからない。

 戦場を離れてからの方が余程自分の弱点に気付かされている。

 これまで争う相手が『魔族』であり、戦況を押し返すことしかしなくてよかったことに、ルシルは心底安堵するほどだ。


「……待て。何で大氾濫スタンピードは終わったんだ?」


 思い返すルシルが口にする。

 短くもルシルの不在は、そのまま進軍距離になっていたはず。

 なのにミルムを連れて戻った光景は凄惨ではあるものの、さほど近付いた様子もなく混乱していた。


「祭壇が力を失ったからでは?」


「あの場にはもう一つの目標も居たんだぞ」


「あ、ミルム様……」


「関連してないわけがないが、いまいち内容がよくわからん。

 とりあえずこの自称幻獣娘が起きてからだな。ったく、幸せそうな顔で眠りこけやがって」


 ふっくらと程よく色付くほっぺをツンツンつつく。

 ともあれ、平和は保たれたのだ。今はこれで満足するしかないだろう。

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