085失くし物
外交服を汚してへたり込んでいたクラリスと共に、
あの巨大な食材は小分けされ、鮮度が落ちる前にと停留している船員たちにもふるわれた。
ちなみに魔物食材は一般的に魔力量の過多によって味の良さが変わる。
牛肉の等級のようなもので、強く討伐難易度が上がるほど美味いとされている。
その点、この
部位による好き嫌いは存在するが、魔力が溢れる豊潤な味わいは格別である。
とはいえ、サイズの関係で結局バーベキューになるのだが――
「ちょ、お前、は……なんて恰好してる……」
直視に耐えられずルシルがそっと目を反らす。
毎度のことながら、調理の準備はルシルとミルムの受け持ちだ。
たとえば簡易的なカマドを作るために砂を掘り返したり、石を積んだり、火を灯したり。
食材や道具を運んだり、と準備からなかなか忙しい。
また、このメルヴィにおいて島間の主な交通手段は船になる。
となると必然的に荷物運びは水上を走れて力自慢のルシルが担当だ。
ちなみに今回の開催場所は今後の開拓の下見にと、シエルが一度も開催したことのない場所を指定されている。
この場合、鉄板用の石の切り出しと運搬もルシルの仕事に追加される。
何とも主人使いの荒い奴だな、と思ってた矢先の出来事だった。
「なんて、と言われましてもまた濡れるといけないので……」
「いや、待て。お前の『普段着』はそんな格好なのか?!」
「えっ、何かおかしなところが?
たしかに町中でする恰好ではありませんが――」
「海にも入らないのに水着で来るやつがあるかよ!」
視線を外して任された作業に手を動かすルシルが叫ぶ。
そう、汚した
競泳用とでも言うべきか。実用重視で装飾はなく、薄い布地が肌に張り付くような水着である。
逆に言えば身体のラインがよくわかり、軍服の下に隠れていた豊満な肢体が露わになっていた。
――肌の露出以上に艶めかしい
とルシルをドギマギさせるだけの破壊力を秘めていた。
だというのに、本人は特に気にした様子もない。
というのも、いかに
性差による能力や技術の偏り・足切りラインは違う。
しかし『運用』に際してはほとんどの場合同じ扱いを受けるのだ。
たとえば小規模演習の場合、性別でトイレや着替えなどの部屋を設置することはほとんどない。
いちいち二セット作るより交代の方が設置も撤収も効率的だからだ。
こんなことを繰り返していくと羞恥心が次第に麻痺し、見られた程度では何も思わなくなっていくのだ。
特に彼女のように海軍所属であれば、海上に出れば数か月は共同生活だ。
水濡れの職場であり水着になることに抵抗はなく、より羞恥心を欠きやすいわけだ。
現にルシルも戦場では似たような感覚だが、それはあくまで非日常の話。
最低限の羞恥心を持ってもらわなければ、鬼軍曹が――
「あら、ルシル様どうされましたか?」
「し、シエル……?」
「はい、貴方のシエルです。クラリスから視線を反らして作業に没頭とは――」
「まさか最初から見て……?」
「彼女の恰好に欲情されたんですか?」
「よ、くっ!?」
シエルの予想外の指摘に衝撃を受けたクラリスが硬直する。
これまでも彼女にそんな視線を送る者は多かっただろう。
しかし改めて意識してもお互いに面倒にしかならないために指摘されることはなかった。
というのは、あくまで
今は容赦なく踏み込んでくる者たちばかりが集っている。主にシエルだが。
焦るルシルは「ち、違うぞクラリス!」と言い訳を口にしてバッと振り向く。
「ではクラリスに魅力がないと?」
「そんなことは言ってないっ! ちょっと刺激が強く――」
「刺激が、強い? なるほど、なるほど。ルシル様には裸より水着が効果的でしたか」
「よ、よくよ、くjy――」
「よし、シエルはちょっと黙ろうか?」
「そんな、私はルシル様の好みが知りたいだけですよ!
私も水着姿で登場すれば欲情……あ、いえ、意識していただけますか?」
「そういうこと言うやつは知らん」
「っち……逃げましたか」
「とりあえず、クラリスは何か羽織る物を着てこい! あと、足も隠せよ!」
「え、はいっ!」
「ではクラリスはこちらに。緩いシャツでも着ましょうか。手持ちにありますよね?」
先ほどまでの騒動がなかったかのように、シエルはクラリスを連れていく。
激動の世界でも、この島では時間は随分と緩く巡っていた。
・
・
・
「平和、ですね……」
砂浜でどんちゃん騒ぎする光景を眺めてクラリスがつぶやく。
内地に勤務していたとしても、軍部に所属するだけで戦線に近いことを意味する。
いつ戦地に送られても文句は言えないからだ。
「そうだな。楽しんでもらえると俺は嬉しいよ」
彼はこうして笑っていられる世界が見たかった。
その思いだけで一人で魔族領を踏破している。
どれだけの孤独と恐怖を乗り越えたのか――クラリスには想像がつきそうもない。
「まったく、調理を丸投げしてきたと思ったら、早速口説いてるんですか?」
「早速ってなんだよ! 俺は普通に会話してただけだ!」
「はいはい、口ではそう言えますよね」
「本心からだけど?!」
「クラリスも一言貰っただけで絆されてはいけません」
シエルはビッ、と指を立ててクラリスに忠告する。
その横でルシルは「無視しやがったっ!」なんて天を仰いでいたりする。
クラリスは改めて平和であることを噛みしめ、顔を伏せてはにかむ。
誰もが笑える世界――ただの夢物語を実現した偉人たちが目の前に居るのだ。
「はいっ、尊敬しております」
嬉しくて募った思いが口に出ても仕方ない。
とはいえ、それはクラリスの内面の話。
聞いてる側は怪訝そうに、
「どうしましょうルシル様、クラリスが私と話をしてくれません」
「お前が言うのかよ。てかいちいちプレッシャー掛けるからだろ?」
「そんな……私のせいだというのですか!」
「え、違うと思ってるのか?」
「こんなに尽くしているのに、まさかルシル様にそんなことを思われていたなんて……ひどい……」
「あっれ、おっかしいな……一瞬で俺が悪者に!?」
二人して三文芝居を見せつけられたクラリスは吹き出してしまう。
きっとここではこれが普通なのだろう。
こんな平和な時間がずっと流れて行けばいいのに――そう、考えたのがいけなかったのかもしれない。
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