080魔物との関係

 シエルの防衛ラインを突破して訪れたのは、アトラス国軍所属のクラリスだった。

 確かに使者の役目も担う彼女なら、ほとんどの障害をノーチェックで抜けてくるだろう。


「却下です。お帰りください」


「うぉい!?」


「何ですかルシル様。騒々しいですよ」


「いや、聞かないとヤバそうな話じゃないのか?」


「そんなもの、存在しません」


「クラリスが来てるけど……?」


「こうして厚顔無恥にプライベートな空間にズカズカ乗り込んで来てるんですよ?

 家主の許可もないのに入って来るなんて、失礼以前の問題です。

 言うなれば家宅侵入です。こういうことをするならアトラスとはもう縁切りですね」


「ちょ、ちょっと待ってほしい!」


 シエルの断絶っぷりに、消沈していたクラリスはバッと顔を上げて制止する。

 演技だとすれば役者だな、と思えるほどの慌てぶりで、ルシルは何だかほっこりしてしまう。

 俺の周りには腹芸のできるやつが多すぎるのだ、と呆れつつ「ポターニンの話か?」と話を振ってやった。

 しかし――


「ポターニンの送還は決定されました。

 早晩マティアス様からでも近況報告が来ますよ」


「……なんでシエルが答えるんだよ」


「その程度であれば私が知らないはずがありません」


「胸張って言うことかよ……てかそれなら先に教えろよ」


「そんなにあの無能の進退が知りたかっただなんて……やはり男sy――」


「違うけど!?」


「まぁ、こちらが知りたい情報はありません。

 アトラスが伝えたいことなど聞きたくありません。

 遊びに来たのでないのなら、一刻も早くお帰りください」


「逆に遊びになら来ていいのかよ」


「ルシル様がNGを出さない相手なら、ですけどね」


 美麗な顔を嫌そうに歪めてそっぽを向く。

 ルシル最優先は変わらないようで、好意を寄せられる側は嘆息するしかない。

 そこまで言い募る彼女をないがしろにするわけにもいかず、ルシルはハードルを少しばかり上げて問うた。


「で、何の話だ? 聞くだけだぞ」


「は、はい。ありがとうございます」


 深々と頭を下げるクラリスにルシルはひらひらと手を振る。

 シエルの冷めた視線を受け流して「早くしないと怖いお姉さんが口封じに動くぞ」と茶化す。

 そんな態度に絆されてクラリスは笑顔を零し、すぐに表情を引き締め真剣な顔つきで話を始めた。


「アトラスの各所で魔物の活動が激しくなり、大きな被害が出ています」


「魔物? 俺に退治しろってってことか?」


 そこに戦場があるならルシルに報せが届くのも分かる。

 世界を相手取れるほどの戦力を持つのだ。

 危機に瀕しているのなら、遊ばせておく理由はないだろう。

 しかし即座に「ダメです」と口を挟むのは、いつものようにシエルだ。


「一国でも救援に出れば、他国に呼び出す口実を作ります」


「国はどうでもいいけど国民が苦しんでるなら動かないわけにいかないだろ」


「であればバベルの戦力を派遣します。何なら現地の災害復興もお手伝いしても構いません」


「それより俺が行った方が――」


「ダメ、です」


 ルシルが行動を決めれば止められる者など存在しない。

 そんなことを誰よりも知るシエルは、だからこそ絶対に引かない。

 彼を優先するシエルは、断固として認めるわけにはいかないのだ。

 ようやく得た平穏を、ルシルが簡単に手放してしまわぬように、それこそどんな手を使ってでも引き留める。


「……俺には『戦うこと』しかできない。最後には絶対に頼れよ」


「もちろんです」


 だからルシルは折れるしかない。

 緊張感漂うやり取りに、ミルムは「食ってしまえばいいじゃろ?」などと抜けたことを師匠連中に話している。

 きっとシャークボルトのことを指しているのだろうが、あれほどの高級食材はそうそう存在しない。

 しかし本題はそこではなかった。


「確かに被害は出ていますが、それらは国の仕事です。

 それよりもこの現象が我が国以外でも観測されていて――」


「新たな魔王が誕生したのではないか、と国際的な緊張を引き起こしているのだ」


「ケルヴィン様まで?」


 建設現場に似合わぬ重鎮が顔を揃える。

 最近追い返したばかりのアッシュが来ないことを願うばかりである。

 是非とも国内の平定に尽力していて欲しいものだ。


「オーランドでも同じ状況だ。ここ一か月ほど、右肩上がりで被害が拡大している」


「各国で、って言いましたよね」


「あぁ、それぞれの国で魔物の活動が活発化している。

 何かの前触れか、と大騒ぎになっている……のを、シエル殿が知らぬわけはないのだがね」


「シエルさん?」


「何でも首を突っ込もうとするのはルシル様の悪い癖ですよ?」


「だからって情報を止めるかね。

 まぁ、シエルの言う通りいちいち世界情勢に関わってちゃ問題になりかねないから、俺は大人しくしているよ」


「わかってもらえて助かります」


 シエルはホッと胸を撫でおろすが、きっとこの流れは予見できていたはずだ。

 でなければ、あの二人がルシルに情報を渡せることなどできなかっただろう。

 もっと秘密裡に処理していて……それこそバベルをフル動員してでも終わらせていたはず。

 そんなことを考えるルシルだが、それより気になるのは――


「しかしなんで魔物と魔王が繋がるんだ?」


 魔物と魔王は全くの別の存在である。

 それに魔王が討たれたからといって、魔物が大人しくなったわけではない。

 ルシルの問に、不思議そうにケルヴィンは問い返した。


「魔族は魔物を使役しているのだろう?

 であれば、魔族側で何らかの動きがあって呼応したのでは、と話になっておるのだ」


「たしかに使役する場合もありますが、それって人も同じですよ。

 俺たちが農業で牛、狩りに犬、戦場に連れて行く馬なんかとね」


「そのことを言ってるのだが?」


「んー……? 何となく意味が噛み合ってない気がしますね。

 なんと言えば伝わるか……そう、熊とか虎なんて珍しい動物を使役する者も居るでしょう。

 けれど民の全員ができるわけではないし、すべての動物を使いこなしてるわけではありませんよね?」


「それはまぁ……」


「それと同じです。人類の場合は魔物よりも動物を使役する。

 魔族は身近に魔物が多くて傾向が逆になっているだけです。

 それに手懐けられるなら動物よりも利用価値が高い。

 人より強靭とはいえ、使役者テイマー以外は日常的に魔物に襲われていると思いますけどね」


 要は生態系の違いによって扱う獣が変わるだけで実態は同じもの。

 むしろより過酷な環境で生きる魔族たちは、一般人であっても侮れない。

 人類よりも強くあらねば生き残れないので当然だ。

 うむむと唸るルシルは、屈強な魔族領を思い返す。


「つまり魔族や魔王との繋がりは薄い、と?」


「おそらくは。けれど世界的にとなると何かしらの意図を感じます。

 まぁ、そんな規模で魔物を操れるナニカが居るなら、人類は確実に滅亡でしょうね」


 ルシルは肩を竦めて話を終える。

 もしも、の話であっても人類の希望ゆうしゃが匙を投げるような事態である。

 ケルヴィンは「勇者がそんなことを言っていいのか?」と唸るしかできない。


「俺一人で守れる範囲は狭い、ってのを親友を名乗る詐欺師に最近教え込まれたばかりなので」


「親友……あぁ、マティアス様か」


「もう魔王に一人で特攻はするな、ってことでしょうね。次があるなら、もっと平和的な解決手段を考えてくださいよ」


 国際会議で決まったこととはいえ、当事者から言われてしまえばぐうの音も出ない。

 しかもその政権を支えた宰相宛であればなおさらだろう。


 ともあれ、魔族を退けた勇者であれば、何か糸口が掴めるかもと足を運んだ二人の労力は無駄に終わる。

 何ならルシルの言葉で深刻度が増しただけである。

 いつものように被害を抑えつつ対応していくしかないようだ。

 せっかく好調な各国の景気に冷や水を浴びせかねない。

 特に財政再建中のオーランドには厳しい時代が訪れるようで、ケルヴィンは心の裡で頭を抱えたのだった。

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