079非日常の報せ

 シエル発案の集合住宅アパートの開発状況は良好だ。

 変な話だが、それもこれも適度な足枷役を担ってくれるミルムのお陰だった。

 というのも、確立した技術はすべて『人の手』によるものである。


 対して体力自慢のルシルに一任すれば、まさしく一夜城と呼べるほどの速度で仕上げてしまう。

 しかしその弊害は大きく、たとえばその余りに短い工期は、素材が様々な負荷に馴染む時間を与えない。

 それにより沈んだり、剥がれたり、ズレたりとあらゆる箇所で多くの不具合が発生してしまう。

 もちろん、それぞれは小さなことだが、建築とは大きな建材を積み上げて造るものだ。

 その土台から上物までがあちこちいびつであれば、上に乗せる建材ほど不安定さを増していく。

 屋根を乗せるころには隙間風は防げず雨漏り必至、と人が住むには劣悪すぎる仕上がりになっている。


 要は早く建てられるが、その反面非常に脆くて住みにくく、住居より仮初の陣に使うなら十二分の性能だろう。

 そういう意味でもルシルは本当に『荒事に向いている』と言えるかもしれない。


「つっても掛かりすぎじゃね?」


 建築の師匠たちの『楽しみは時間を掛けて味わう方がいいだろう?』との説得に応じたルシルは、抜けるような空を見上げてぼやく。

 彼はミルムの指示に従って建設の補佐を行っている。

 たとえば森から木を伐り出したり、それらの成型、組み立てなどの力のいる作業をルシルが受け持つ。

 対するミルムは留め具を入れたり、装飾を施したりと細々したことに従事していた。

 シンプルかつ適切な分業なので口を挟む気はないのだが、ルシルとしては作業の幅が狭くて少しつまらない。

 それに割と待ち時間もできるのが困りものである。


「ルシル! これをそっちに乗せるじゃ!」


「はいよ。ミルムは勤勉だな」


「何を言う! ししょーらの屋根を作らねばならんのだぞ!」


「あいつらさっさと自分で小屋建ててたけどな……」


「嵐が来たらどうするのじゃ!」


「なんかその辺にロープでも張って生き延びそうだよな」


「じじいどもに対する礼がなっとらんぞ!」


「いや、お前の方が失礼だよ!? てかいつから年気にするようになったんだ?」


 何なら最年長だろうミルムにルシルは叫ぶ。

 あーだこーだと緩いやり取りは、日々続けられている。

 ちなみに魔術の訓練も、シエルの空き時間にちょこちょこと実践中。

 だが未だに一度の魔術で魔力を使い切って座り込んでしまい、しかも効果はご存じの通りである。これでは作業が一向に進まない。


 しかし魔力を感じられ、しかも曲がりなりにも魔術式も扱っている。

 希少さの観点から、使わない手はないだろうと、どうにかコントロールできないか悪戦苦闘中である。

 特にミルムの魔力量は膨大なのだから。


「むぅ。ヒトとは難しいものだの」


「まぁ、野生の『力こそ全て』に対し、人は『技術こそ全て』だからな。

 一人の特異な天才よりも、集団に還元できる優秀さの方が求められるのさ」


「つまり?」


「一人だけの俺より、誰かに教えられるシエルや師匠たちの方がすごいって話さ」


「ルシルもシエルに教えておらなんだか?」


「あー……気構えとかならな。

 あんなのは『慣れ』だから『技術』と呼ぶほどじゃ――」


「なんの話をされてるのですか?」


「おぉ、シエル! おやつは何じゃ!?」


 手にバスケットを抱えたシエルの登場に、ミルムが工具を投げ出して近付く。

 ルシルは「餌付け成功だな」と嘆息しながら、彼女が投げ出した工具をキャッチする。

 あれだけ師匠ジジイたちを持ち上げていたくせに、一番怒られそうなことを平気でするのだ。

 ミルムの後に続くルシルは、監修役に軽く手を振って休憩の合図を入れた。


「本日はクレープをお持ちしました」


「クレープとな?!」


「そりゃまた手の込んだものを。クリームとかあったっけ?」


「乳製品で持ち込めるのはチーズくらいなので、デザートというより軽食ですね」


 バスケットに入っていたのは、サンドイッチのようにベーコンやチーズを巻いた惣菜クレープだった。

 生地の甘味が、塩気のある具を引き立て食欲を爆上げしてくる。

 一緒に提供された紅茶も、徹底された温度管理によって芳醇な香りを立てて――


「うまっ! うっまっ!!」


「落ち着けよミルム。幻獣の『獣』部分にフォーカスされるような食べ方はどうかと思うぞ?」


 ゆっくりと噛みしめ、味わうルシルの興が一気に削がれ、思わず口を挟む。

 今に始まったことではないが、ミルムのしつけについて、そろそろ本気で考えた方がいいかもしれない。

 別にパーティに出席する予定もないのだが。


「食には貪欲でなくてはならぬ! いつ食えなくなるかわからぬのだぞ!」


「そりゃそうだが、食物連鎖の頂点のお前が食えなかったら他の生物息絶えてるんじゃねぇ? てかそんな過去覚えてるのか?」


「……さぁ、どうだろうか。それよりシエルの作る料理は美味いぞ!」


「知ってるよ。相変わらずこいつは何でも高いレベルでこなすんだよなぁ」


「それは誉め言葉ですか!?」


「そうだな。俺みたいな一芸だけより多芸の方が身の振り方が多そうで羨ましいぜ」


「ルシル様なら養って差し上げ――いえ、養わせてください!」


「お前は既にバベルの従業員を養ってるだろ。そんな無理すんなよ」


「つまり私をルシル様が養ってくれるとっ!」


「なんでこんなに会話の通じない奴らしか回りに居ないんだろう?」


 水を向ける師匠連中も、島流しの勇者に付き合っているような世捨て人である。

 そんなルシルの境遇と状況を思えば、頭のネジが一・二本抜けていないとこの島には来なさそうだ。

 改めて気付かされる事実に、軽い絶望に暮れるルシルは、サクサクと草を踏み分ける小さな音を聞き分ける。

 ルシルの胡乱気うろんげな視線の先には、どこか張り詰めた表情の使者が立っていた。


「勇者様、ご報告があります」


 できれば不幸な報せでないことを願うばかりだが、どうやら望みは薄そうだ。

 ルシルは嘆息と共にしらせを迎える。

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