078幻獣の魔術

 まずは集合住宅アパートを用意する。

 そのためには整地が必要で、怪力自慢のルシルの得意分野である。


「え、ミルムが魔術使えるのか?」


「うむ。シエルに教えてもらっておる」


「日に日に使える魔力量が増えているように感じます」


「それはまた……恐ろしい才能だな」


 才能、とくくっていいのかと疑問を持ちながらルシルは唸る。

 ミルムが魔力を持つことは、与えた魔道具を器用に使っている時点でわかっていた。

 そのためシエルの薫陶を受けていたのだが、まさか半年そこそこで魔術が使えるとは誰も思わない。

 それにしてもシエルが言うように、日々魔力量が増えるのはなかなか異常だ。


 ともあれ『魔力を持つ』のと『魔術を使う』では雲泥の差がある。

 たとえば『歩く』のは簡単でも、人の身で『空を飛ぶ』となるとどうだろう?

 物理的制約……現実を侵食する魔術は、それほど別次元の技術なのだ。

 教えられてできるほど簡単ではなく、だからこそ魔術士の希少性は高い。


「魔術自体は初見でも、魔力の扱いは元々『っていた』のかもしれません」


「あー……何か納得しちまうな。それで、どんな魔術が使えるんだ?」


「ふふふ……見て驚けよ、ルシル! わっちの最強魔術を!」


 キレッキレの決めポーズでミルムは豪語すると、ルシルは「おぉ、気合入ってんなぁ」と拍手を送る。

 うむうむと唸り魔術を試みるミルムの肩にシエルが手を置いて備える。

 暴発の予兆を察知・対処するためだ。

 準備は整ったとばかりにミルムの周囲に魔力が渦を巻き始めた。


「ちょ……そんなに、か?」


 練られる余りの魔力量に、ルシルは慌てる。

 冷や汗を滲ませて肩に手を置くシエルも「そんなに、です」と答えるが、当の本人は我関せず。

 いや、集中のために目を瞑って唸っている。

 そしてついにミルムが「ゆくぞっ!!」の掛け声と共に魔力が放たれる――ッ!!


 ――ぽふっ


 ミルムが勢いよく付き出した手の平から、可愛らしい音を立てて空気が押し出され――た?

 対象に選ばれたはずの鬱蒼とした森は、そよ風すらも届かない。

 だというのに冷や汗を流していたシエルは、緊張を解いて安堵の息を吐いている。

 つまりはあの可愛らしい音こそがミルムの魔術なのだろう。


「ふぃ……どうじゃルシル!」


「え、いや……え? どういうこと?」


「どうかしたのか? 何か不満かえ?」


「いいや、この短期間で魔術を使えるなんてやっぱりミルムはすげーな」


「わはははっ! 幻獣の力を見たか!」


 上機嫌で額の汗を拭う幻獣様は、ふらりと身体を揺らして地面に座り込んだ。

 その姿はまさしく魔力を消費した証の疲労感。

 いや、竦むほどの虚脱感があるのなら、下手をするとほとんどの魔力を消費したのかもしれない。

 物理法則を無視した現象を起こして効果は間違いなく発揮しているが――


「シエル。魔力の消費と結果がまったく釣り合ってないぞ」


 ルシルはシエルにぼそりと耳打ちする。

 現実を書き換える魔術は、ふわふわとしたフィーリングだけの不思議ファンタジーではない。

 れっきとした理論であり、どんなに小さな魔術であっても理由が存在する。

 強固な現実を騙すために編み出された、特別製の『魔術式いいわけ』が不可欠なのだ。


 ゆえに魔術発動には三つのステップが必要になる。

 まず魔力を感じられるかが一つ目。

 魔術式を理解できるか、構築できるかが二つ目。

 そして最後に構築した魔術式に魔力を適正量注げるかがカギとなる。

 ちなみに以上三つに加え、魔術式を自分用にカスタマイズできて初めて『魔術士』を名乗れる。

 でなければ単に魔道具を手に入れた方が遥かに楽である。


「それがよくわからないんです」


「よくわからない? お前が?」


「はい。ルシル様もご存じのように、込める魔力の配分は重要です。

 魔術式に通す魔力が少なすぎれば発動せず、多すぎれば式が崩壊して暴発します。

 ですがミルム様は膨大な魔力を魔術式に流し込んだにも関わらず崩壊が起きていません。

 かといって発動しないわけではなく、得られる結果はわずかばかり……どうなってるのかさっぱりわかりません」


「うーん……理に合わないな?」


「それに何度か魔術の練習をしているにも関わらず、ルシル様は気付いたことがありません」


「初めて見たしな。……いや、待て。

 『気付かない』だと? まさかある程度近くないと変化が感じられない?」


「ルシル様の超感覚を信じればそうなります。それに……今って魔力を感じられますか?」


「どういう意味――なるほど」


 シエルの言葉にルシルは即座に理解した。

 あれほどの魔力を捻り出したのなら、本人含めて周囲に何らかの痕跡が残るはず。

 しかし現実には目の当たりにするまで、ルシルはミルムが魔術を使えることを知らなかった。


「つまり、ミルム様の魔力は目の前で見なければわかりません。

 そして留まることも霧散することもなく、忽然と消失しています。

 いえ、この場合は消費されていると見た方がいいのですが……」


「結果があれじゃな。ちなみに魔術式も一般的な物なんだな?」


「今回は《送風エア》でしたが、最初に使用したのは《灯火トーチ》でした。そちらも同じような状態です」


「それはまた不可解だな。

 研究者ならイレギュラーへの対応や知識も豊富だろうけど、シエルはあくまで使用者だからなぁ」


「申し訳ありません。現在専門家を手配中です」


「手配? お前なら俺に訊く前に連れてきそうなもんだが……。

 あぁ、ミルムを『実験動物』にしないためか。すまんな、気を遣わせて」


「いえ。対応が遅く申し訳ありません」


 ミルムの素性を知る者は少ない方がいい。

 しかし能力が低ければ意味はなく、高い者は総じて何処かに所属済み。

 となれば、頼める相手は限られ、できればこの島で天寿を全うしてもらいたい。

 いかなバベルの人材バンクをもってしてもすぐには難しいのだろう。


 ミルムの魔術は一般的な魔術士と同等の魔力量を消費した不可解な現象である。

 もちろん、一発で全魔力を消費するようなことはない。

 シエルがわざわざ門外漢のルシルに見せたのは、現状を把握してもらうためだ。

 知らなかった、では済まされない『何か』を回避するために。


「そう気負うなよ。何があっても俺が『最悪』を止めてやるさ」


 ルシルは心配そうにするシエルに向けて笑いかけた。

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