077メルヴィ建築秘話
忙しない日常は、日々の環境を開拓していくことにも使われている。
たとえば思い付きでぶち上げた露天風呂構想。
あの衝立くらいしかなかった簡易なものでもモーゼズを唸らせたストレスフリーの湯舟である。
それが現役を引退した大工や設計士を雇い入れ、ルシルとミルムの監修に付ければどうなるか。
まさしく秘湯の
ちなみにそのまま近くの小川に流すと温度や水質が変わるため、下水処理の土木工事まで行っていた。
規模は小さいながら、もはや国家事業である、とシエルは溜息と共に嘆きを零す。
もちろん、みすぼらしかった建物も、今では旅籠、旅館の『はなれ』と言われれば納得するほどのクオリティ。
これが素人の造りだというのだから、監修を担当した者たちでさえ呆れてしまう。
その原動力はいずれも勇者が『身体を使うこと』への吸収力が半端ないからだ。
たとえばミリ単位の微細な動き、力加減から寸法まで。
二度、三度見るだけで9割再現できるほどの吸収力を発揮した。
しかもその技術を授かったルシルの身体能力が人を逸脱している。
つまり大きな重量物を動かす『建築するための建築物・道具類』がほとんど必要なくなる。
さすがに空中に留まるのは無理なので足場は作ったが、それこそミリ単位でどんな重量物でも運べるルシルのお陰で完成はいちいち早まった。
幻獣ミドガルズオルムことミルムもその一翼を担い、工具類の扱いは慣れたものである。
そうして増改築を繰り返していくつかの建物を完成させた二人は、日に日に自信をつけていた。
中にはシエルの執務室なんて物もあり、元々ルシル相手にカンストしていた好感度が天元突破する一幕もあった。
現に『使える建物』を提供する二人を見て、シエルは宿泊施設の建設を勧めてくるのだった。
「――いかがです?」
「いかがです、って訊かれてもな。
作るだけならいいけど、誰か来られても困らないか?」
「この短期間で
「……
「そんな
「え、そんなに居たか?」
ポターニンが十数人連れて来てたが、アレは『ならず者』だろう。
主要な相手を考えても、モーゼズやクラリスくらいしか思い浮かばない。
それに師匠たちも含めても十人ほど。最近で言えばアッシュもその一人だろうか。
「ここに物資や情報を運んで来る船員たちのこと忘れてません?」
「そうか、あいつらも上陸してたな。……まさかここまで来て船で寝てんのか?」
「はい。監修役の住居はありますが、そちらもかなり簡素なものです」
「見取り稽古みたいなノリでサクッと自分たちで作ってたやつだな。
で、今はそこに住んでるのか……何ともまぁ、贅沢のない師匠たちだな」
「えぇ、ですのでできれば
そろそろ給仕担当も雇い入れる必要がありそうですし――」
「待て待て。俺は自分勝手に住んでるのに何でどんどん人が増えてんだよ」
「何もしなくても人が勝手に来てるんですから仕方ないじゃないですか」
シエルが肩を竦める。
現にルシルを目当てに国の重鎮が割と訪問している。
今はまだ三国だけだが、オーランドの領土が広くとも隣国はまだまだある。
それらが列をなして押し寄せてくる未来を思い、ルシルは「うえっ」と呻く。
「オーランドとアトラスの航路を外交によって手に入れたり、大国の宰相まで引き入れてますからね」
「え、俺のせい!?」
「敵対してきたはずの相手に手心加えるから、こんなにややこしくなるんです。
最初に上陸して以降、この海域に船が出なければ誰も近付かなかったでしょうしね」
そうは言ってもポターニンは歓迎もしてないのに上陸している。
それに権力者たちはそうした『無茶』ができるから権力者足り得るのだ。
一概にルシルだけのせいだとは言えないまでも、反論するほどの根拠は見いだせない。
ただ、一つだけ言えるとすれば……
「お前は来そうだが?」
「それはもう、どんな手を使ってでもお伺いしますとも!」
「来たのはそんなヤツらばっかだよ!!」
「そうとも言えますね。
そして他国と友好を結び、敵対も辞さないことで『外交が成立する』と示してしまいました」
「敵対ってもしかしてシュエールの話を言ってるのか?」
「はい。まんまとマティアス様の手の平の上ですよ。
敵ですら来るのであれば、もう誰が何処から訪れても不思議ではありません」
「くっそ、あいつ次来たらぶん殴ってやるっ!」
騒動後すぐに来て
きっとうまい具合にほとぼりが冷めたころに顔を出すのだろう。
今回のように困ったタイミングだったりだとか。
「なので外側の島に少し居住区画を用意した方がいいかな、と思いまして」
「
「うるさいのはお嫌でしょう?」
くすりと冷たく笑う。
さすがに遠方から訪れた者を屋根のない場所に放り出すのははばかられる。
しかしどの国のどんなVIPだろうと『宿に押し込んでおけば黙らせる』とシエルは言っているのだ。
一体どんな剛腕を揮えばそんな一方的なことになるのだろうか。
「直接
ルシルが陥落したと判断したシエルは、背を向けて港へと進んでいくのだった。
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