075処遇の行方2
何故かアトラスからシュエールに電撃移籍することになりそうなポターニン。
メルヴィに処遇を伺いに来ただけなのに、どうしてこうなったのかと新人外交官のクラリスは頭を抱える。
「ぼくらの関係性は横に置いといて。
これまでのシュエールとメルヴィの状況を考えてみてよ」
「完全無欠で敵対してますね」
「ね。だから、メルヴィが『
「まぁ、俺たちが
「そうだね。むしろ
当人の処遇を『どうでもいい』とまで口にする国が、こんな美味しい話に乗らない理由を探す方が難しいよ」
「恩を売る、ですか」
確か謝罪に来たはずだよな、とルシルが感じていたのをシエルが代弁する。
しかしアッシュが語っているのは、一つの事実で複数の効果が得るための方策、理由付けだ。
逆に慌てるのはクラリスで、初耳にもほどがあるアッシュの話について来れてさえいない。
アトラス側としては、程度の違いこそあれ、「首チョンパで」との返答をもらうためだけの申し出だったはずなのだ。
それがどうすればこんな大事に……焦って「わ、私共にそんな意図はありませんよ!」とクラリスが言い募る。
しかし残念ながら、ここに居るのは肝の据わりが異常な者たちばかり。
泣きの言葉に意味はない。
「
一人の失態をダシにして、多くの利益を得られる美味しい話には皆が飛びつくものさ。
それが相手が気付ける範囲の『裏の理由』まで紐付けてくれるならなおさらってわけ。あ、ここは
「そうやって国を転がしているのですか」
「ははっ、まさかこんなことで? 人聞きの悪い。
シエルちゃんもぼくが言い出さなかったら別の方法考えてたでしょ」
「……バベルには入れませんよ」
「そうだね。君は『違う』や『しない』とは絶対に言わない。
だから……そうだね、たとえばバベルではない別組織を受け皿に使ってもいいね。
受け入れたポターニンの肩書は、アトラスに要望すればメルヴィの都合で変えられる。
外圧を掛けるなら軍籍のまま、もう休戦したから外交官に変えても十分使い勝手がいいよね。
そんな彼を重要な交渉の場に持ち出せば、アトラスの国威を利用できてかなり有利な条件を呑ませられる。
本人も有能みたいだし、何か失態しても『アトラスの責任』で処理できるおまけつき。
いやぁ、アトラスの軍部はバベルの商会長を相手に空手形を切ったことをすぐにでも後悔するだろうね」
ルシルという防壁がある以上、シエルがその案を実行することはない。
そんなことはクラリス以外の全員が理解している。
アッシュは言外に『勇者の傘の下で使われるより、他国の王族の駒で
「
ルシルの要・不要に関わらず、関係を保ちたいアッシュは、今後ともこまめな連絡を確実に寄越すだろう。
もちろん、その内容は精査され、彼に都合のいい解釈が混じるものばかりだろうが、バベルの情報と組み合わせれば事足りる。
改めてメルヴィがポターニンなんていう爆弾を『他国に送り込む側』に回るリスクを取る必要性がないのだ。
「利益? それなら『ルシルの心情』一択だね。
かの勇者様はとてもお優しい。『適度な処罰』なんていう、非常にデリケートな解決策を望んでおられる」
「いくら俺でも無理にとは言わんぞ。その程度の分別は持っているつもりだ」
「そうだったね。君は
でも、ぼくならアトラス、メルヴィ、シュエール、そして当人のポターニン四方にとって『適度』を用意できると自負するが?」
「……わざわざ俺の怒りを買うリスクを背負うのか?」
「ははっ。こんな利害関係じゃない方が嬉しいよ?
けれど君との繋がりを維持できるなら、この程度の些事はお安い御用さ」
それぞれの分水嶺を越えないように動くには、関係者が多いほどに扱いの難易度は増す。
しかしこの無力なはずの王子は、現に国家を相手に平然と転がし続けている。
結局のところ、こうした人心や政治の絡む話は、アッシュに頼むのが一番だ。
そしてこの選択肢を選ばせることこそ彼の本当に怖ろしいところでもあるのだが。
「よし、本人の同意を得られればアッシュの案で進めよう」
「いいんですか?」
「こっちに代案がないなら仕方ないだろ」
「いえ、アトラスの意見ですよ」
「現場判断の責任を個人に押し付けるような国に配慮する必要ないだろ。
クラリスも割食ってるだろうし、アッシュに翻弄されればいいんじゃないか?」
「わ、私は別に……」
「しばらくして国の名前が変わってないといいですね」
「え、そこまでなっちゃう?」
「さぁ、どうでしょう? まぁ、私は名前が変わるような些細な問題なんて気にしませんから」
「国の名前変わるって相当だと思うんだけどなぁ」
ぼやくルシルの言葉は誰にも届かない。
既に『ポターニンの使い道』という、次の話題に移っていた。
メルヴィ側のスタンス、クラリスの報告方法、シュエールの受け入れ理由などなど。
国家間での人員のやり取りするには打ち合わせすべきことは多い。
今日も今日とて俗世を離れたはずの大英雄の身近では、世界の機密情報が行き交うのだった。
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