074処遇の行方

 これは異なことを……と、ルシルとシエルは虚を突かれる。

 どれだけ外野が喚き散らしても、処分は所属組織が下すものである。

 それは領土侵犯なんて、重大な外交問題に発展しかけた今回の件においても同じ。

 メルヴィが引き渡し等を求めれば別だが、ルシルとしてはわざわざする予定もない。

 そもそも監獄もないのに連れて来られても邪魔なだけ。

 むしろ顔を合わせれば面倒ごとにしかならないだろう。


「処遇って言われてもな」


「現在は任を解かれて自宅待機中です。

 また、メルヴィのいかなる処罰でも受けられるよう軍籍のままです」


「え、何それコワイ。俺の一存でポターニンがどうにかなっちまうわけ?」


「はい。極刑も辞さない構えです」


「待て待て。あいつが死んでも何にも嬉しくないわ。誰がそんな無駄なことを望むんだよ」


 処罰を求められている以上、無罪放免というわけにもいかない。

 しかしルシルからすると軍人のおっさんに頼むようなことなど何もない。

 頭を抱えるというのはこのことだろうか。


「であれば私の出番ですね。賠償でm――」


「はいはい、シエルさんはそれ・・で航路拓いただろ。

 てかお前が起こす賠償って絶対個人で払える額じゃねえだろ」


「そのために軍籍なんですよ。

 なんで個人資産の差し押さえだけで済むと勘違いしてるんです?」


「あいつはそういう意味で軍籍ってことじゃないだろ!

 可愛らしく小首傾げて言えば何とかなると思ってないだろうな?!」


「可愛いと思ってくれるんですね!」


「えぇっと……できればポターニンが贖える範囲に留めていただけると……」


「ほら、クラリスもこう言ってるだろ!」


「どうしたんですかルシル様。

 キチンと毟って痛みを与えてあげないと、こういう手合いは理解できないんですよ?」


「こわっ!? いや、確かになんでクラリスが頭下げに来てるかもわからんしな」


「そうでしょう? 賞罰は必要です。いくら秘密裡にことが運んでいるとはいえ、ルシル様は寛容すぎますよ」


「秘密裡なんだし黙ってればいいんじゃ――」


「その時は私が吹聴してやりますけどねっ!」


「やめろって! バベルの長おまえが口にするってことは広告打つようなもんだろう!?」


 わいわいとにぎやかにやり合う二人を差し置いて、アッシュがクラリスに声を掛けた。

 人好きのする顔で、強かな内面を隠してそっと。


「ところでそのポターニンって人の経歴どんな感じなの?」


 誰だこいつ、という言葉を飲み込んだクラリスは「経歴、ですか?」と戸惑いがちに口にする。

 軽い口調でアッシュが「そそ。ほら、鳥は空飛べるけど、人は無理でしょ?」なんて続ける。

 いったい何の話を始めるのだろうか、とクラリスは興味を惹かれる。


「こっちが簡単だと思って処罰を決めても、そっちが『できなかった』らとてもまずいよね。

 何せアトラスは『何でもやらせる』って空手形切っちゃってるわけだし、シエルちゃんも白熱してるし?」


「なるほど……」


 一瞬で納得させたアッシュが、勝手に話を進めているのを目敏く拾ったルシルは、肩を組んでクラリスに背を向ける。

 少し向こうでシエルが何かよくない念を飛ばしてくるが今は無視だ。


「割り込んでくるって何事だよ。お前部外者だろ?」


「えーちょっと口裏合わせ? こんなことでずっと頭悩ませてるのも馬鹿らしいでしょ?」


「そうは言ってもな……」


「場合によってはぼくがシエルちゃんを説得してあげるからさ」


「本当か?」


「ポターニンって人のことを助けてあげたいんでしょ?」


「助ける……ってほどじゃないさ。やりすぎなきゃな」


「まったく、勇者様はお優しいね」


「殴り合いを望むなら得意分野だぞ?」


「暴力で屈服させられる!?」


 作戦会議をしている間にクラリスは情報の整理を終えたらしい。

 ポターニンの簡単な経歴をつらつらと淀みなく語り出した。


 先見性があり、特に判断が早くて的確。

 時折挟まるスタンドプレイによる功績も多い。

 また、部下への命令とはいえ最強ルシルを相手に『攻撃を行えた』ことから、カリスマ性と指揮能力も高い水準で備わっている。

 とにかく有能なのは間違いなく、貪欲に利益を求める姿勢を買う上官も居るとのこと。

 しかし、同時にその有能さゆえに周囲を見下す傾向が強い。

 クラリスの助言というか、懸念に対して一笑に付したのはこのせいである。


「へぇ……なかなか面白い人材だね?」


バベルうちはいらんぞ。そんな危険人物入れたらシエルの身が危ない」


「まぁ、ルシル様。私の心配をしてくださる?」


「そりゃな。お前に信を置いているが、所属してる奴が全員そう・・とは限らんだろ」


「そのわりに人をポンポン雇い入れてる気がしますが?」


 シエルが呆れる視線を向ける。

 ルシルは「そこはほら。オーナーの目利きってことで」なんて言葉で逃れる。

 そんなじゃれ合いをクラリスはハラハラしながら見守っていた。

 アッシュはというと、にやっと内心で笑みを浮かべて打開策を口にする。


「なら、ぼくが引き取ろう」


「はぁ?」


「アトラスからの出向とか……いや、メルヴィからの敵情視察スパイってのはどうかな」


「ちょっと待て。お前は関係ないだろ? しかもなんだその不穏な理由は」


「いやぁ、ほら。ぼくって手駒が少なくてね。できれば有能な人材は引き抜きリクルートしたいわけさ」


「お前まさか人材を探しに来たのか?」


「大方そんなことだろうと思いましたよ。ケルヴィン様が居なくて残念でしたね」


「そんな……遊びに来たに決まってるじゃないかっ!」


「それは胸を張って言うことなのか……?」


 話がどんどんわちゃわちゃしていくのをクラリスは呆然と眺めていた。

 そこでようやく彼はどこの誰なのかを訊いていないことに改めて思い至る。

 ルシルとシエルの紹介を受けたことで、バベルの関係者だとばかり……。


「あ、ごめんね。ぼくって実はシュエールの王族なんだよ」


「なっ!? そ、それはご挨拶が遅れましてっ!!」


「まぁまぁ落ち着いて。

 そんな膝ついてもらうような地位じゃないし、ここへはプライベートあそびで来てるから立ってくれるかな」


「は、はいっ! 失礼します!」


「気楽に、気楽にね。ほら、二人なんてぼくのことを馬鹿にするわけだしね?」


「そりゃお前だしな」「マティアス様ですし」


 ルシルとシエルの適当な反応に「ひどいもんだよ」と肩を竦めるだけ。

 元よりアウェーではあったものの、他国の王族を含めた仲の良さを見せつけられるクラリスはたまったものではない。

 予期せぬ情報に緊張でガチガチのまま、何とか声を絞り出す。


「と、ところで私は何とお呼びすれば……?」


「あー、アッシュ……は、馴れ馴れしいって言われちゃうね。マティアスにしてもらえるかな」


「は、はいっ! マティアス様!」


「うーん、やっぱりこの反応が正しいよね?」


「お前のとこの事情なんか知らん。こっちに振るな」


 身分をさらっとバラしたアッシュに向けて、ルシルはしっしと手を振る。

 シエルは顔を手で覆う姿を見せ、露骨に落胆を示していた。

 少し気が緩んだクラリスは、今度は部外者への……それも他国の王子。

 そればかりか『仮想敵国』とまで目されるシュエールに情報漏洩、という事実に気付いてしまう。

 まさかの就任直後の大失態に、引きつりそうになる顔で鉄面皮を装う内心では冷や汗をだらだら流して愕然としている。

 もちろん、感情の機微に聡いシエルとアッシュの目は誤魔化せないが。


「本題に戻そうか。改めて宣言するよ。

 シュエールぼくは君たちの悩みの種、ポターニンを引き取りたい、とね」


 気障ったらしくウインクなんてしてキメる姿に、シエルは改めて手で顔を覆った。

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