071御子のバラッド

 翌日、清々しい笑顔を浮かべてアッシュは帰っていった。

 遠征というか襲撃に失敗しているはずだが、その大きな失態をどうやって説明するかは不明である。

 少しばかり話したそうな雰囲気を感じていたものの、訊いてしまえばドツボにはまりそうだったので無視していた。

 ルシルにしてはファインプレーだった……というのを知ったのは、本当にこのすぐ後の話である。


「これで彼は次期国王に一歩近付きましたな」


 共に見送っていたケルヴィンがおもむろに口にした。

 視線は柔和なままではあるが、その言葉には重い雰囲気を匂わせている。


「まだ二人も上が居るみたいですがね」


「それもいつまでもつのやら……」


「むしろ問題なのは第三王子まで巻き込んで、後継者争いがほぼ三等分されていたことでしょうね」


「シエル殿もそう思われますか」


「どういうことだ?」


「本来なら長兄が有無を言わさず王位を引き継ぎます。

 次男は有事の代理スペア、三男以降は要職補佐サポート政略結婚がいこうと相場が決まっています」


「国内を荒れさせないための『慣習』で、大勢が決していれば競うことさえ難しい。

 足の引っ張り合いも起きにくく、役割分担を確立させる理由は多い……どちらも限度はありますが」


「よくある話では次男、三男の才が特別優れているとか、長兄が病弱だとかですかね」


「だとしても第三王子まで有力候補なのはやはり変な話ですな」


 うむうむ、と考察を広げていく。

 ちなみに昨日もみんなのアイドルをしていたミルムは、ヒナと海辺でパシャパシャして遊んでいる。

 とはいえ早く別の場所へ行こうとチラチラと目で語っていたりしていた。

 我慢がいつまで続くか試してみようとルシルは内心で悪い笑みを浮かべる。


「えぇ。しかも第三王子がアラドアレでしょう? どうすれば権力が維持できるのか……」


「中には傀儡にしやすいと担ぐ者も現れる……が、それだけでは説明しきれないのも事実ですな」


「真相は闇の中ってところか」


「まぁ、協力関係に不和をもたらす国なので、いっそのこと破綻してくれた方が世界的にはありがたいのが本音ですが」


「ケルヴィン様、それはアッシュが可哀想ですよ。あれでも必死に祖国のために頑張ってるんですから」


「これはこれは。本音が過ぎましたな。

 しかしですね、マティアス様が連れていた護衛は先日私どもを人質に取った者たちですよ」


 本人に告げなかったのは今後のカードにするからか、それとも言っても無駄だからだろうか。

 目に剣呑な光を帯びさせてケルヴィンが指摘する。

 権力がないアッシュでさえ、これだけ国を操作するのだ。

 手に入れた今では、どれだけ苦労させられるかと考えれば頭が痛い。

 老い先短い……と勝手に思っているケルヴィンは、これ以上の力を着けさせるのは問題だろうと懸念していた。


「それはそうでは? あいつが使える人材ってバベルより遥かに少ないはずですし」


「なるほど、ルシル殿の話ももっともです。

 しかし以前、マティアス様は『勇者の暗殺指令が出た』と言って人質を取っていますね」


「そして同時にマティアス様は『ルシル様に忠告しに来た』と答えたとも記憶しています」


「えぇ、シエル殿がおっしゃる通りです。

 しかしマティアス様が『実行犯』である理由には届きません」


「それこそ俺への忠告に来たんだろ?」


「あの時点ではその言葉を信じていました。しかし考えるほど違和感が拭えない。

 その疑惑が確信に変わったのは、狼狽えているとはいえ、アラド様の護衛を子ども扱いしたところです」


「たしかに随分と手際が良かったな」


 ケルヴィンが指摘した練度の高さにルシルはうなづく。

 しかしだからと言って疑うことなどあるだろうか。

 視線を巡らせると、小さく眉間にしわを寄せたシエルも何かに気付いたようで、仲間外れ感がひどい。

 自身がミルム枠であると考えればあるいは……。

 いや、世間知らずの幻獣と同枠なのはまずいと思い直していると、ケルヴィンが口を開いた。


「今回の襲撃でシュエールはルシル殿に『三度目の失敗』を突き付けられたことになります」


「三回? 今回は四回目では?」


「いいえ。シュエールの見解では無傷で送り返し、世界に触れ回られた過去二回分が失敗数なのです」


「へぇ、じゃぁ今回で三回目ってことか」


「それはどうでしょう」


「引っ掛かる物言いですね?」


「マティアス様本人が指揮し、我々を人質にした『最初の襲撃』こそが、おそらく勅命の本命・・です」


「――だとしたらアッシュの立場は相当厳しいものだろ?」


 王の命令に失敗は許されない。

 どんなに理不尽なものであっても、何かしらの利益を持ち帰らなくては失敗の責を負わされる。

 そしてアッシュたちはといえば、最新鋭の船すら奪われプレゼントして帰ったわけである。

 下手をしなくとも一族郎党に賠償やら罪状やらがわんさか届きそうなものだ。

 しかしアッシュはその後も平然と顔を出したし、シュエールの動きを密告したりもしてきている。

 どう考えてもつじつまが合わないが、そこは海千山千のケルヴィンだった。


「えぇ、ですから逆説的にその『一回目』は、シュエール的には存在しなかったのでしょう」


「襲撃はあったけどなかった?」


「やはりあの襲撃自体は『本気だった』と、ケルヴィン様は言いたいのですね?」


「おそらくは」


「そりゃ遊びで人質は取らないだろ」


「違いますよルシル様。マティアス様は、王家直属の裏方の戦力……『影役』とでも呼ばれる者たちを持ち込んだんです」


「船まで持ち込むなんて用意周到にしてれば当然――」


「ですから、あの一度目の人質騒ぎ自体がどちらに賭けるか・・・・・・・・の試金石だったというわけです」


「……頼む、わかるように言ってくれ」


 体調不良とは無縁のはずルシルは、痛みを感じて頭を抱える。

 彼の周りはどうにも頭の回転が速すぎてついていけない。

 どうしてこう頭のいい奴は説明がぶっ飛んでるんだ、と内心で嘆きながら改めて白旗を上げて請う。


「失敗することさえも織り込み済みだったのは疑いようはありません。

 しかし万が一ルシル殿が頷いてしまった場合、どれだけ暗躍してもマティアス様が手柄を上げられる場面はありません」


「だから本人が前に出てきたって?

 失敗したら俺を丸め込み、成功したら功績を持ち帰る。

 それが両方に賭ける、ってことか。相変わらずそつのないことで」


「結果は失敗。これでは処罰は免れません。

 だから・・・『最初の襲撃』を『シュエールの知る一回目』で上書きしたんです」


「はぁ? 山ほど当事者が居るのに何言ってんだ?」


「『全員が口をつぐめば何もなかった・・・・・・のだ』と誰かも仰っていたでしょう。要はそういうことです。

 より正確に言い表すなら、人質を取った『ゼロ回目さいしょ』と、公的に告知した『一回目』は同じ勅命だったと考えています」


「わざわざ戦力を分けるって?

 そんな愚策をアッシュがしそうにないけどな」


「愚策だなんてとんでもない。

 あれはマティアス様がこの一件で勢力を伸ばすために取った、『手駒』と『生贄』を区別する大切な初手です。

 『手駒』に分類した者には、懇切丁寧に極限の有利をお膳立てしてルシル殿にぶつけ、身と心に失敗を刻み付けました」


「まさか平然と貿易船を止めて、人質を救出できるなんて思いませんよね」


「しかも本人はメルヴィこちら側との交渉で『無傷の帰還』を取り付けています。

 マティアス様の株はさぞ上がったことでしょう。

 しかし勅命の失敗は親族にすら及ぶ落ち度です。このままは帰れない。

 そこで彼は『一回目』にまつわる処罰を、襲撃後に返還される『生贄』たちに押し付けることを提案します。

 こうして『一回目をゼロ回目に捏造』し、手駒たちを『表向き別の理由で死亡』させるのです。

 そこに権力など必要ありません。手配された流れに、現実を知らされた関係者は沈黙を喜んで選び、マティアス様に忠誠を誓うでしょう」


「失敗すら味方につけるとかちょっとギリギリすぎないか?」


「貧乏貴族と同程度の勢力では賭けられるものが限られているのでしょうね。」


「それでも王に尽くすって忠誠心もあるだろ?

 むしろそのためだけに力を研いだヤツもいたはずだ」


「そんな誇りもの、ルシル殿が打ち砕いてしまったではありませんか」


「……やりすぎた?」


「かもしれません。けれど少しでも『勝てそう』などと希望を持たれてしまっても困ります。

 きっと今でも暗殺に悩まされていたわけですし、あの場面は圧倒することが最善でしょう」


 関係者すべてを思い通りに動かしたであろうアッシュに、悔し気なケルヴィンの考察を聞きながらルシルはほっと安堵する。

 しかし巻き添えを食らった襲撃者らの身上を思うとシエルは全く笑えない。

 立ち合っただけで身震いが止まらなかったルシルと、武力で敵対することを考えただけで身が竦むほどだ。

 しかも失敗は本人だけに留まらないとなれば、その絶望感はいかほどだろうか、と敵ながら同情してしまう。


「まぁ、アッシュの情報を鵜呑みにしすぎたのは反省点か」


「たしかに。メルヴィこちら側は誤解というか、シュエール側の事情を知らないので口出しのしようがありません。

 むしろマティアス様との打ち合わせを綿密に行っているので、リアルタイムで疑念を潰して回られていますからね。

 ゆえに本当に恐ろしいのは、敵味方全員の行動を読み切り、状況を作り上げたマティアス様です。

 この件で犠牲になった貴族たちは、マティアス様の手によって選別された、今後邪魔だと思われる勢力だけでしょうな」


「それって政敵ってやつか? あいつも相当あくどいんだな」


「清廉潔白な者などいません。角度を変えて見ればどんなことでも不正になりえます。

 しかも勇者が証拠と一緒に告知すれば、もはや庇う段階にすらありませんからね。

 濡れ衣を着せてでも処分に走るでしょう。

 ふむ……そう考えると最新船の紛失も、ひっそりと横領という形で処理されているかもしれませんな」


「トカゲの尾にされたヤツには悪いことしたかな」


「こちらは身を守っただけですよ。気に病む必要はありません。

 それにマティアス様からすると最新船も邪魔だった可能性があります。

 いっそのこと『ルシル殿が使えば安心だ』とか考えているかもしれませんよ」


「せっかく作った船では?」


「……船を契機に戦争を起こそうとか。はたまた維持に莫大な費用が掛かるとか。

 考えられることはいろいろありますが、マティアス様が好意だけで渡したとは考えないことです。

 少なくともこちらも一隻被害を受けていますしね。

 ともあれ、ゼロ回目の一件で手駒に加えた者たちが処罰を受けることはなくなります。

 元々表沙汰にできない者たちなので、彼らにとっては『秘密裏に勇者に処分された』方が都合がいいのですよ。

 この間にマティアス様が影役の親族を上手く匿っていけば、近衛に匹敵する戦力の求心力はさらに高まるでしょう」


「……どこまで考えてたんだあいつ」


「さぁて。もう王権を手にしていると考えていた方が無難ですかな」


「昨日、アッシュにシュエールに来ないかって言われたんだけど……」


「それはそれは……ルシル様を私から奪うと? ふふっ、その喧嘩、受けて立ちましょうっ!!」


「はいはい、急に入ってくんなってシエル。まぁ、断っておいてよかったんだよな」


「そうですね。シュエールに居てもいいことはありませんからな」


 世界戦争の抑止力にさえなるルシルが、火種の真っ只中に放り込まれて無事なはずがない。

 結ばなくていい縁を持たされ、戦いに投入され、調停を任され……と十重二十重とえはたえに利用されることは目に見えていた。

 何ならケルヴィンのお墨付きまである。


 ――だからあの不安に震える手を取らなくてもよかったのだ


 と自分自身に言い聞かせ、船着き場ではしゃぐミルムの向こうに遠ざかる船に「がんばれよ」と激励の言葉を口ずさむ。

 たとえ利用されようともルシルにとって対等にやりあった戦友には違いない。

 だから手を差し伸べることに慣れた勇者の英雄譚の一篇に加えてしまうわけにはいかないだろう。

 自力で歩み出したマティアス=リクセト=シェルヴェンが紡ぐ、シュエールを救う偉業の物語が始まるのだから――

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