041侵食植物の逞しさ

 凄惨な共食いの現場……いや、単にめちゃくちゃ美味しい唐揚げを食べて腹を満たしたミルムの方はヒナと共にお昼寝の真っ最中だ。

 今まではルシルとミルムの二人だけ。基本的に行動も共にしていたので大きな問題はなかった。

 しかしシエルが加わったことで、二手に分かれて行動するようになった途端、カラドリオスの件が浮上した。


「これでは作業を分担することができませんね」


 シエルはヒナの腹を撫でて指摘した。

 たしかにカラドリオスは人の脅威であるが、自然界ならばシャークボルトの方が上位に来る。

 他にも危険な動物や魔物は数多くいるし、まかり間違ってシエルが一人で竜種と遭遇しようものなら逃げることすらできない。

 せめてこの辺りの生態系が把握できればいいのだが、島全体を調査するには随分時間が掛かりそうである。


「とりあえずてっぺんから見下ろして地形把握するのが先か」


「川と源泉もわかれば完璧ですよね」


「手を洗うくらいなら水差しでいいけど、やっぱり量は出せないからな」


「魔力にも限界ありますしね」


「やっぱ生活に魔力使うのは結構負担になるよなぁ」


 魔力は人に限らずどんなものにも宿っているが、それを自在に扱えるのはセンスのある一握りだ。

 しかも魔力量に関係なく、得意分野の傾向はあるが魔術でできる幅はとても広い。

 ミルムに渡した水差しも類に漏れず、魔力を糧に水を生み出す代物である。


 しかし体力のように休養で回復するものの、簡単に代用が利く生活に魔力を使うぐらいなら別の場面で利用した方がいいのも事実だ。

 シエルも参加したことで、今後の開拓は捗るものだと考えてたルシルは、食後の気怠さの後押しを受けて軽くうなだれていた。


「ミルムに出会う前に現地調査終わらせてればよかったんだけどなぁ」


「そんなことしたら禿山になってたのでは」


「どういう意味だよ。俺のこと勘違いしてない?」


「危険性の高い魔物を狩って歩いたら生態系が壊れて……というのはありそうな話ですよ」


「うぐ……そうだな、食べきれない数を獲るのはよくないな」


「襲われたなら別ですけれどね」


 シエルが口にしたのはルシルの力を疑っていないからこそ起こりえる未来だった。

 それにこうした日常会話も、すれ違いの多かったシエルにとっては貴重なもの。

 終始ニヤつ……にこにこと笑顔を浮かべていた。


「私はこれでもなかなか強い方なのであまり心配されなくても結構ですよ?」


「そうなのか?」


「バベルって勇者の後ろ盾はありましたが新興商会には違いありません。だから利権組からの粗探しが酷いんですよ。

 たとえばルシル様の支援に物資を持ち込めば横領だとか。潰れそうな商会を円満で買い取ったはずなのに、そこで甘い汁を吸ってた別組織が殴り込みに来たりとか」


「いきなり何の話をしてるんだ」


「ふふ。会計とか根回しは対組織ですけれど、個人の暴力沙汰もままあったんですよ」


「……そんなことになってるなら一声掛けろよ」


「ありがとうございます。ですがそんなことで勇者が顔を出したら逆に批判が集まりますからね。

 それに護衛も居ましたし、念のため私も鍛え始めましたから。町の夜道くらいなら一人でも歩けるんですよ?」


「護衛にお墨付きもらってるならそいつら廃業じゃね?」


「まさか。数の暴力にはかないませんから」


 まさしく危険な経験に基づいた感想を、何でもなかったかのようににこやかに話す。

 対するルシルは改めてシエルに甘えていたことを痛感して苦い思いをするが、そこは彼女の求めるところではない。


「エスコートしてもらえるなら何処へでもお供いたしますよ」


「エス……この森をか……?」


「えぇ、不安ならいつかのように切り拓いていただいても構わないのですしね」


 にこやかに笑うシエルに、ルシルはふてくされて「無茶言うぜ」などと返すが、やってできないことはない。

 実際に行軍の邪魔になるからなんて言いって、ルシルがせっせと森に道路を敷いたのをシエルはよく覚えている。もちろんその後はバベルが広げて整備していた。

 しかも本来取れるはずの通行料を手放すことで街道と言えるだけの交通量を確保し、交易の恩恵を受けた周辺の領主たちから費用の一部を徴収したり。

 ちなみに街道沿いの宿はバベルの息が掛かっており、通行料がはした金に思えるほど収益を上げていたりするのも、すべてシエルの計画通りである。


「そうか。ならとりあえず目指すは山頂か? いや、ちょっと跳ねて確認するだけでも違うか」


「……ここからですか?」


「ジャンプだからそんなに時間も掛からんしな。湯気が見付かればいいんだが」


 寝こけるミルムをシエルに預け、軽く屈伸したルシルは伏して静かにたわみ――


 ――ドンッ!!


 地面に波紋が広がり、舞い上がる土埃をぼふんと突き抜け黒い点になるほど遠ざかるルシルを見て、シエルは「打ち上がりましたねぇ」なんて気楽な調子で見上げる。

 ゆっくりとサイズを増してまっすぐ落下してくる姿に「着地どうする気なんですかね?」とぼやくも心配なんてこれっぽっちもしていない。

 跳び上がったときの逆回し。ドンと着地音と共に土埃が吹き散らされる。

 中央には平然と直立したルシルが「ぽいものはあったぞ」と何事もなかったかのように膝を汚す土を払って伝えた。


「陣形の確認が一瞬で済むのですから敵は大変ですよね」


「馬鹿言うなよ。俺は軍師って柄じゃないさ」


「何だったら敵地に直行しそうですもんね」


「さすがに万単位の相手に一騎駆けなんてしないぜ?」


「それって千単位ならするってことですよね……?」


「……まぁ、経験はあるけど」


「『ペレスラードの一人白兵戦』ですか。籠城すればよかったのでは?」


「仕方ないだろ。陥落寸前の砦守るには突っ込むしかなかったんだよ!」


「生きて歴史に名を刻む人が近くに居るってすごいことだと思いません?」


「いや、お前も多分載ってるだろ」


 シエルは頬に手を当て「悪名でなければいいのですが」と悩まし気に答える。

 武力行使の最先端と経済戦争の急先鋒のタッグなら、どちらの方がたちが悪いのだろうか。

 どちらにせよ万人を豊かにしていることだけは確かなので非難されるいわれない。


「さって。そろそろミルム起こして行くか」


「そうですね。日が暮れる前に現地の確認くらいは済ませていたいものです」


 ルシルは眠い目をこするミルムを背負えば、相変わらずべったりなヒナは彼女の頭に乗っかっている。

 森を抜けるのは面倒なので、今度は川を遡上する形で山に向かうルートで歩き出した。

 危なげなくついていくシエルを、カルガモのようにヒナがちょこちょこと跳ねて追う。

 とてつもなく間の抜けた光景ではあるものの、カラドリオスに育つヒナだと思えば気を抜けるものではない。

 とはいえ、それは随分先……だと思いたい。


「そういや竹の在庫ってバベルにどれくらいあるんだ?」


「ルシル様の望まれる量が在庫です」


「そういうのいらないから。いっそ植林でもするかなぁ」


「……竹の生命力は尋常じゃないので、植えるなら小さな島を使い潰してしまう覚悟をした方がいいと思います」


「資材は今後も必要だし広範囲に植えた方がいいんじゃないのか?」


「既存の森が竹に浸食され、家の床を貫いてきても良いなら……」


「なん、だと……?」


「ちなみ切っても焼き払っても平気でポコポコ生えてきます」


「焼いても?!」


「本体は地中なんですよ。文字通り根絶やしにしない限り翌年には復活です」


 水の音や木の香り。目に優しい木漏れ日を浴びながら道なき河原を上っていく。

 武力・経済とジャンルは違えど巨大な戦場に身を置く二人は、平和な光景を楽しんでいた。

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