024略奪の始まり

 海に入っていたルシルがふと視線を向けると、遥か水平線上に黒点を発見した。

 巨大な水棲生物の日向ぼっこでも始めたのかと相好を崩し、軽く伸びを入れて「俺も昼寝でもすっかな」と拠点へ戻った。

 ここまではよくある日常である。

 しかし状況が変わったのは二時間ほど経った後だった。


「さっきのは船だったのか。それも軍船って何事だ?」


「軍船? 何か違うものなのか?」


「海を移動するところは一緒だけど用途が違う。戦うためのものだな」


「つまり強いのか!」


「うーん……頑丈なのはたしかだけど、人や物資の運搬がメインでそんなに足が速いわけじゃない。結局乗り込んで白兵戦みたいなところはある」


「なんじゃ、船とやらが戦うわけではないのか」


「漁船くらいなら轢いていくだろうけど、軍船同士が衝突したら両方沈むんじゃないのか?」


「ほう! ならばルシルが前に言ってたクジラとやらにも勝てるかもしれんな!」


「海中の相手だと無力な気がするんだが。魔術兵も乗ってるだろうけど、せめて海上で戦えればな」


「……それでは食えぬではないか!」


「お前は何処までも食欲に忠実だよな」


 日差しを避けるように額に手を添え、遠くに見える帆を広げた軍船を遠巻きに見る。

 霧の立ち込めていたことで利用価値がなかったとはいえ、メルヴィ海域の所有者はオーランド国のはず。

 威圧を振りまく軍船が近くを通るだけで外交問題になりかねず、一体何を考えているのかとルシルは首をひねる。


「あ、そうか。霧がなくなったからか」


 利用価値はまさに『帰らずの海域』とまで語られる霧の有無である。

 特に管理者が居るわけでもなし、そんな巨大な自然の障害が無くなったのなら、とりあえず調査に乗り出すのはわかる話だ。


「けどやっぱりここってオーランドのもののはずだよな?」


「ルシルのものではなかったか?」


「そうなんだけど、それを知ってるやつってほとんど居ないんだよ。ミルムはその限られた一人なんだぜ?」


 ルシルの返事に「わっちがか!」とミルムはご機嫌になる。

 たしかに既にルシル個人の物になっているが、諸外国がそれを知っているとは限らない。

 むしろ知られてしまうと『勇者』を頼って人が押し寄せる可能性が高く、あの頭のいい宰相が行うはずがないだろう。

 つまりオーランドとしては勇者ルシルは行方不明が望ましいのだ。


 だとすれば――


「オーランドが知れば侵略扱いで即座に反撃されかねないぞ? せっかく魔族との戦争が落ち着いてるのに人同士でドンパチ始めるつもりかよ」


 そんなリスクを冒してまで向かってくる理由に心当たりがない。

 勇者の目だからこそ見える距離なのでまだ猶予はあるが、戦場に立つのが仕事であるルシルでは解決策など出そうにない。

 なのでさっさと思考を放棄して、ここまで来たら何の用か聞いてやればいいか、と気楽な調子で日常に戻っていった。


 ・

 ・

 ・


「魔の海域にこんなにも島々があるとはな」


 近隣海域の哨戒任務についている海軍将校がほくそ笑む。

 人類間で長きに渡って行われた戦争は、魔族との大戦勃発によって皮肉にも撲滅されて久しい。

 それほど強大な戦力を相手取ることになるとは開戦当初は誰も思っていなかったろう。


 しかしその大戦も強権を誇った魔王討伐によって戦争どころではないらしい。

 特に次の魔王を決めるべく、指揮系統が混乱して魔族間での小競り合いまで頻発しているとの報告もある。

 今こそ『攻勢に出るべきだ』という論調も大きいが、人類が一つにまとまった経緯を考えれば素直に押し込むのも難しい。

 功績を奪い合って内部分裂を始めるだけでなく、魔族側が人類を脅威に思えば一丸となってこれまで以上の火種になるに違いないからだ。


 現在は内紛によって勝手に疲弊していく魔族側に睨みを利かせ、最前線では小康状態を維持している。

 この間の人類側はいつか訪れる大戦に向けて牙を研ぎながら時間稼ぎに努め、その時が来れば烈火のごとく侵略することで協定が結ばれている。

 つまり未だ人類圏では停戦協定が維持されているのだ。


「しかしオーランド国の所有ではありませんか?」


「ふん。見放された土地を占有利用してしまえば後で何とでも言える。過去に島があった証拠など何もないのだからな」


「それは我が国の資料だけでは……?」


「世界が共通認識を持っている地図など存在しない。

 むしろそれぞれが領土を主張する地図を並べれば重なる場所も出てくるものだ。一皮剥けば人類も一枚岩ではないのは歴史を見れば明らかだろう」


「つまり大国にケンカを売るつもりですか」


「まさか。たまたま主張する領土が被っただけだぞ。そんなことで協定を破棄できるわけがない。

 手付かずのメルヴィ諸島の『土地の歴史』を手にできれば、それだけ国外で対等に意見交換ができるだろう?」


「それをオーランドが認めるかどうか……」


「知らぬのか。オーランドはここをメルヴィ海域・・と呼んでいるのだ。だから彼らの主張の中には島などないのだよ」


 左遷と揶揄された人事に不満を持つ将校は、それでも二隻の軍船を任されるほどに優秀だ。

 今回も領土拡大を手土産に中央復帰を目論む上昇志向には感心させられる。

 しかしそれが他国との……いや、大国との摩擦に繋がってでも、となると危険思想となりかねない。

 余りにも都合のいい解釈で命令を出す姿に、若い副官おめつけやくは早急に報告を上げねば、と逃げの算段を構築していた。


『物見台より報告、後一時間ほどでボートの距離です』


 伝声管を通して報告に、将校は「ようやくか」と席を立つ。


「私は現地調査に向かうとしよう」


「では私が留守をお守りしています」


「あぁ、頼んだぞ。ここから資源が得られた暁には貴君もいい目を見せてやろう」


「ありがとうございます」


 勇者を輩出したオーランド相手にどれだけの外交手腕を発揮すれば領土を掠め取れるのか。

 将校の夢物語から解放された若い副官は、いそいそと部屋を後にしたのだった。

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