038死合わせの鳥
鬱蒼と生い茂る草木をかき分けながらミルムを背負ったルシルが森をザクザクと進む。
ミルムが鳥を見つけたように、この島には意外にも様々な動物がいる。
たとえばすぐ先にあるフンは草食獣のもので、掘り返した跡はイノシシがやったのだろう。
ヒヅメの大きさや歩幅を見るとかなりの大物も何処かに潜んでいそうだ。
また、獣との遭遇率と木々の生え方を思えば肉食獣もきっちりいるはずだ。
でなければこの緑の深さは説明できないし、消音性のある肉球を付けた足跡見付けている。
出会わないのはルシルの気配に怯えているからなのかもしれない。
「あ、やっべ……道具の場所とか教えてないや。手で引き抜くにはちょっと大変だしな」
「ちょっとかのぉ……では戻るか?」
「うーん……ま、シエルなら上手くやるだろうし進んでなくても構わないさ」
「信用されておるの」
「そりゃいつでも助けられてるからな。今回も船とか道具を手配してくれてるのはあいつだろ?」
「ほうっ! ルシルを助けるとはなかなかじゃな!」
「ホントそれな。何か欲しいものができたら頼んでみるといい。ま、何も言わなくても用意されてることも多いけど」
「それはすごい! ならば今日の昼はシャークボルトの肉だな!」
「お前はそればっかだな。そんなにしょっちゅう食べたら無くなっちまうぞ」
「なぬっ!? それはいかん、いかんぞ……っ!」
「一応言っとくけどシャークボルトって絶滅危惧指定だから多分見つからんし取り寄せられんぞ」
「どういう意味だ? ルシルは狩ったではないか」
「あれは正当防衛つってな。身の危険を感じて撃退したわけだ」
「襲われたからの」
「そ。んでそのまま死体を放置して腐らせるのはもったいないだろ? だから食ったわけ」
「……つまり襲われればいくらでも食える?」
「平たく言うとそうなんだけど、個体数が少ないからそもそも遭わないんじゃないかなー」
希少性はシャークボルトだけでなく様々な動植物に言えることだ。
狩り尽くされぬように商取引に制限を掛けているが、むしろ希少価値が上がって密猟されることもままある。
場合によっては国家ぐるみで外貨獲得の手段にしたところもあって、なかなか規制を掛けるのも難しいのだろう。
ともあれ、勇者の肩書なら取り寄せられないことも恐らくないが、率先して条約をぶっちぎるわけにはいかない。
ミルムの願いが叶うのは何年先になることだろうか。
「そういやシャークボルトって何で家畜化しないんだろうな。子供のころは弱いし管理できそうなもんだけど」
「いきなり巨大化して襲ってくるわけでもないしの」
「今度襲われたら検討してみるか。シエルも居ることだし何とかなるなら食い放題だな!」
「おぉ、アレがいつでも食べられるのか! 期待が膨らむのぉ!!」
話題の中心がいつもシャークボルトなのは、やはり楽しみが食に集中しているからだろうか。
もっと娯楽を増やさないとな、とキャッキャしながら森を進む。
それにしても距離はともかく方角はあっているはずなのに、二時間歩いて森を抜ける気配がない。
たしかにミルムを連れているので速度は抑え気味でも、一般兵の駆け足よりよっぽど早いはずなのだが。
そんなとき、鋭敏なルシルの耳が水音を拾った。
「ちょっと休憩していくか。ミルムも背中で疲れただろ?」
「わっちは問題ないがルシルがそう言うなら仕方あるまい!」
相変わらずのミルムを背に乗せたまま、ルシルは川へ向かって移動した。
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強者が周囲を気にしないのは、自身を害する存在が居ないことを正しく理解しているからだ。
また、生きるためには食事が不可欠である。獲物に避けられてしまうため、強者は気配を殺して潜む必要があるとも言える。
そんな生存の手段として磨かれ、捕食の瞬間まで気付かれる可能性を限りなく排除していく。
今回も同様に草木を揺らさず、地面を鳴らさず無音で近付き――
――ガッ!
首を掴まれて吊るされる。気道を塞がれたらどうにもならない。
ぶら下げられたまま揺られるだけで、動かした身体が悲鳴を上げるように「ガゴゴッ」と喉から変な声が出る。
「おっ、カラドリオスまでいんのか。この島ホントに恵まれてるな」
「なんじゃそのちんちくりんは」
「めっちゃ美味い飛べない鳥」
「なんじゃと!? シャークボルトよりもか!」
「あっちは高級感、こっちは手軽感って感じで甲乙つけがたい。ていうか空飛ぶ魚と地を這う鳥ってなんか色々感慨深いものがあるな」
純白の羽毛の下には飛翔するには重過ぎる引き締まった強靭な筋肉を持ち、跳躍力に優れる脚力で獲物を狩る。
すらりと伸びた首と足には枷を嵌めたような黒い模様があり、特筆すべきは基本的にはツガイで狩りを行うところだ。
つまり――
「もう一羽ゲーーーット!」
ルシルの反対の手に別のカラドリオスがぶら下がっている。
最初の方は失神したのか脱力して静かなものである。
「おおぉっ!? 何処におった?!」
「そうなるのもわかるぜミルム。
カラドリオスって超大型の熊でも単独で狩るくらい強すぎてな。森の動物たちはみんな近付きもしないわけよ。
そうなると肉食なのに餌が獲れなくて大変だろ?
「なるほど。それで気付かなんだのか」
「まだまだ納得には早いぜミルム。こいつらってツガイで狩るんだが、潜むのが苦手な方が先に動くんだよ」
「それだとすぐに見付かるではないか」
「だと思うよな? それが一羽目で仕留める確率の方が高いんだぜ。それくらい見付けられない」
「す、すごいな?」
「それで運悪く見付かったらどうするか。
一羽目の目的に陽動が加わって、慌てた獲物を横から二羽目が掻っ攫うんだよ。二段構えの狩りってわけだな」
「なるほどの。で、そやつもヒトの手によって狩り尽くされたのか?」
食欲が刺激されれば人は無理難題を乗り越える。
シャークボルトでさえ食料でしかないならば、大型獣すら狩る獰猛な鳥であっても例外ではないだろう。
「いやぁ、それがこいつって隠密技術が高すぎて見付けられなくてな。
それどころか狩りに出たやつらが逆に全滅させられて、むしろ人の味を知ったカラドリオスに村を襲われたりってなかなかの大惨事になったんだよな」
「シエルは大丈夫かの?」
「……こいつが居るってことは結構危ないかもな。一度戻るか」
「承知した!」
元気よく返事をするも、ルシルの両手には危険な鳥が握られ塞がっている。
というより、ジタバタ動くカラドリオスは結構なサイズを誇り、一羽が一メートルを超えている。
普段なら食いでがありそうと喜ぶが、今はただの荷物でしかない。
ルシルの代わりに二羽の鳥をミルムが持つには恐らく筋力が足りず、ましてや背に乗ってとなると不可能事だ。
「で、わっちはどうすればいい?」
まだ見ぬ味に思いを馳せるミルムは、『まさか置いていくなど言わぬよな?』と眉をひそめてルシルに問うた。
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