037勇者と幻獣の本気
既に二週間のサバイバルを終えた二人にとって、次の船が来る一週間後などすぐである。
大した問題も起きず、むしろ逞しさを増したミルムと追加された道具のおかげで拠点の快適性が増していたほどだ。
たとえば木に棒や蔓を渡しただけの屋根は、新たに柱を追加して釘と金具で補強して安定性と広さを増している。
日差しを遮るためだけに用意された壁は涼しげに風を通し、直立する木や柱に吊ったハンモックをやさしく揺らし。
葉で葺いた屋根も増量されて軒先が広くなり、強風でなければ中に吹き込むこともなくなり、朝夕の強烈な日差しもきちんと遮ってくれている。
ついでに船で持ち込れた竹で作った雨どいも取り付けたので、排水機能も格段に上がった。
柵や囲いがないので庭と呼ぶか迷うところだが、拠点の周囲を槌で押し固められている。
ぬかるみ沈む凸凹した地面を過去に置き去りにしてきたばかりか、飛び石を置いて地盤固めは完璧だ。
これだけでも絵になるのに拠点の正面はもちろん白い砂浜と遠浅の海である。
もはやただのリゾート地……それも一級のものだと勘違いするような環境が揃っていた。
「何を、やっているのですか……」
自信ありげに「どうだ快適そうだろう?」と胸を張る二人に、頼られたいと乗り込んだシエルは絞り出すように口にした。
恐ろしいまでのすれ違いに愕然と膝をついていたが、残念ながらこれもまたいつも通りであった。
「あれ? なんかがっかりしてない?」
「ふむ……デザインが気に入らなんだか? 今から改築するか」
「やるなら『増築』だろ。こんだけ土地があるんだからな」
「別の場所に作るのか?」
「最初に作ったからここに居るけど、別に他の島に作っても良いんだよな。
実際船を着けるのに便利な場所に港を作らないといけないわけだし……でも先に調査してからの方が二度手間にならないか」
「作るのは楽しいから何度やっても構わぬぞ!」
「おーミルムは頼もしいな」
そういう問題じゃない、と口にしたいシエルだが、今回の場合はちょっと刺激が強すぎた。
さすがに前回の補給では浜辺で解散したために進捗を彼女は知らないが、一週間ですべてを作ったわけはないだろうとは察せる。
しかし最初に無人島に持ち込んだのは、ルシルが持つ魔道具あれこれと佩いていた剣と小刀、ちょっとした衣服だけ。
サバイバルには一家言あるルシルならば十分な装備だと言えるが、ここに
そんな何もかもが足りない二週間と、多少の道具が増えた一週間でこのリゾート地が形成されているのだ。
有能すぎるシエルからしても、ルシルの異常性の前には一歩も二歩も及ばないらしい。
だが――立ち直りも早いのがシエルの良さだ。
「お二方とも随分とお綺麗ですが、まさかお風呂があるのですか?」
「ん? あ、そうか。文明人は川で洗わないもんな」
「そういうわけではありませんが……なるほど、近くに川があるんですね。けれど冬になると厳しそうですね」
「それもそうだな。よっし、んじゃいっちょ温泉掘り当てるか!」
「温泉とはなんじゃ!」
「簡単に言うとお湯の川です。けれどそう簡単に出ますかね?」
「あの辺火山だし何とかなるだろ。あ、でもこの辺は海に近いから先に海水が出そうだな」
海の方を見て小さく唸るルシルに、シエルが「学者を呼び寄せますか?」と声を掛けた。
元々豊かな島にルシルが居る時点で飢える可能性はゼロに等しいのだが、二人の負担にならないようにシエルは着替えと共に大量の食料品を持ち込んでいる。
しかも三日後には次の船も来るため、精神的に追い詰められることすらない。
「そこは自分でやってみるのがサバイバルの醍醐味だろ」
気楽に返すルシルの向こうにある拠点を見れば、シエルも頷かざるをえない。
こうなってくると肉体労働が苦手目な彼女の肩身は狭いばかりである。
「とりあえずこの辺は深く掘れないだろうな。やっぱり山に見に行ってみるか」
「わっちもわっちも!」
「私も少し魔術は使えます。浴槽であればご用意できるかと」
「お、それじゃ頼めるか? サイズはそうだな……広い方がくつろげるか。夏場はプールにするのもアリだな!」
「あの川くらい大きい方がよいな!」
「おいおい、ミルム。そんなサイズ作ったらせっかく固めた庭がなくなっちまうぜ?」
「ふむ。なら拠点の裏手側にするとしよう。海より遠い方がよいのだろう?」
「どうなんだろうな。海水が混じると意味ないしな。それに当初の目的は風呂だ。木で隠した方がそれっぽい」
開けた庭も固められているので難易度が高いが、二人が指差す未開の森を切り拓くのはそれ以上に困難だ。
ノリと持ち前の決断力に後押しされて話が進むのを、シエルが「ちょっと待ってください」と止めても意味はない。
バタバタと概要だけが決まっていき、源泉探しに出立しようとルシルがミルムを背負ってからシエルに向く。
「それじゃ後は頼んだぞシエル」
「わっちも期待しておるぞ!」
二人して元気よく手を振り、深い森に入っていってしまった。
近くの川から登った方が障害物がないんじゃないかとか、掘るより前に草木の伐採からじゃないのか、とか。
後に残された有能なシエルの頭ではぐるぐると考えがまとまらず、
「そこに水溜めるのは相当量が必要ではありませんか……?」
と今考えても仕方のない疑問を口にするだけしかできなかった。
ともあれ、たった一週間足らずで貿易港の裏取引を一掃し、平定させられる者がそうそう居るはずがない。
対立する戦力を捻じ伏せるのがルシルなら、対立する意見を捻じ曲げるのがシエルである。
ルシルに頼られるためにこの場に赴いたのだ。できないと嘆いていては本当に何も進まない。
しかしそれでも
「子供好きなのは結構ですが、仲が良すぎませんか……?」
人知れず膨れて不満を口にする。少しくらい構ってくれてもいいのに、と。
これまでルシルは一人で生きて来れたし、一人きりでも生きていける強さを持っている。けれどシエルは必要とされたいのだ。
なのにミルムとキャッキャと騒いで森に入って行くなんて……愚痴が漏れるのも仕方ないだろう。
そしてそれで終わらないのがシエルである。
「まずは視界を確保して、それから形を決めましょうか。まだ場所とサイズくらいしかありませんしね」
情報も出揃っていないのに作り始めるだなんて計画性がまるでない。
それこそ源泉や水源の確保も、引き入れる水路の作りや排水方法もだ。
作り方によっては水とお湯が混じってしまって無意味なものにすらなりかねない。
「でもルシル様って何だかんだで形にしてるんですよね……」
何度見ても無人島だとはとても思えない光景だ。
たしかに貿易の中継拠点も設置するつもりだったが、素人作りだと言いつつもこんなサンプルを見せられると諸島の一部をリゾート地に開発してもいいかもと考えてしまう。
どうせ船も直行便を手配したばかり。バベルと賃貸契約すれば商会から開発費を引き出せるのでルシルに負担がないのも魅力的だ。
しかもあの二人が遊びで作るなら建設費すら不要という最高のコスパである。
港から数日掛からない短期の船旅も楽しめ、この場に来ること・居ること自体がステータスとなるような豊かな自然に囲まれた快適な保養地。
しかも海域を見張る責任を持っていたのが子爵なだけで、諸島そのものはオーランド国にも帰属しない完全中立地域。
ゆえにこの場に限って言えば、階級のみならず、国家間の対立すらも無視できる場所にもできてしまう。
平穏を求めて正反対の暴力を振るう勇者は、この構想に許可を出すだろうか。
「ルシル様が遊ぶには十分な広さですよね?」
本島の広さを考え、悪戯を思いついたようにシエルは笑った。
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