032サバイバル飯

 船員たちにクラーツを宥めておく仕事を割り振りはしたものの、くつろいでおけと言ったのは本心からのようだ。

 船に積まれていた食材も道具もすべて断り、ルシルとミルムは自信満々で作り始めた。

 しかしそうなると何もかもが現地調達の完全にサバイバル下での食事になる。

 場合によっては遭難の憂き目に遭うこともある船員たちからすると、覚悟のいる食事が頭をよぎり、はっきり言って期待できるわけがなかった。

 逆にその自信に興味が募るのも性だろう。そしてすぐに目の前で行われる光景を疑うこととなる。


 ルシルが腰の高さほどの岩を真横に切り飛ばした。

 ぎょっとする間もなく上下をひっくり返して砂に突き立て、中の部分を抉り取って歪な表面ながら巨大なボウルに変わっていた。

 その間にミルムは砂浜をせっせと掘り始め、完成する頃にはルシルがその辺りの茂みから拾ってきた落ち葉や枯れ木を穴に投げ入れる。

 火種を起こすのも大変だろうと火打ち石を用意した船員の前で、落ち葉数枚を指に挟んでフィンガースナップで火を点けた。

 火打石でも数分かかるのに一瞬である。火起こしの苦労を知る者は驚愕するしかない。


「しかし船には随分と差があるのだな」


「そうだな。用途によって作りが変わるから、たとえば貿易船とかちゃんとした客船になるとさらに何倍もでかくなるはずだぞ?」


「まさか以前の軍船よりもでかいのか?」


「あっちは巡視艇ってやつで速度重視の小さめ」


「さっきの船も十分なサイズだと思うのだが」


「いや、でもちょっとした遊覧船を外洋に出してもらっただけだし……あれ、よく考えたら嵐にでも遭ったら沈むんじゃねぇの?」


 唖然とする船員たちを置き去りに、ミルムが荷物袋から芋を乾燥させて粉にしたものを取り出している。

 ルシルが先ほど作った石のボウルを砂に突き刺し固定すれば、ミルムは芋の粉を入れて水差しを傾け、少しずつ水を足しながら粘土のようにこねていく。

 結構なサイズ・量にも関わらず、せっせと頑張る姿は実に愛らしい。


「なんとも無謀な……まさかわっち以外は水に沈んでも生きられるのか?」


「いや、お前は十分標準さ。地上で生活してる大体の生物は水の中じゃ死ぬからな」


「ルシルもか?」


「呼吸ができなきゃさすがに死ぬさ。でも大人しく沈むつもりはないけどな」


「海の上も走れるし、ルシルなら何とでもするのだろうな」


「俺一人ならな。ただ他のヤツらは救えないかもな……よくついてきたなあいつら」


 多少の無茶でも互いの禁止事項を確認し、見合うだけの大金を積むのなら、プロはきちんと仕事を引き受けてくれる。

 今回の場合は破格の報酬に目が眩んだのかもしれないが。


 お互い手馴れたもので、話しながらも朝食の準備は進む。

 火の上にはボウルと同じく先ほど切り出された石板が置かれてゆっくりと熱を帯び、今か今かと出番を待っている。

 ルシルは頃合いを見て油代わりにバターを一片乗せ、拾って来ていたクルミを握り砕いて石板に落とした。

 香りに引かれてこちらを向いたミルムに、もっとこねろとボウルを指差し、火の通りを確かめたルシルは焼いたクルミをボウルに追加する。


「ミルム、そろそろ焼くぞー」


「遅い! 腕が痛いではないか!」


「そういうなよ。俺がこねるより美味そうだろ?」


「ふんっ! おだてても腕は治らん!」


「にやけて言うセリフじゃないぜ」


 もう一度ふん、と頬を膨らませるミルムだが、仕事はきっちりこなしていく。

 芋の粉で作ったタネをボウルから手の平に乗るくらい取り出し石板の上に乗せた。

 ルシルは元々、ミルムは道具で熱さに強い二人は、そのまま素手で熱い石板に押し付けるように伸ばしていく。


 外野から見守る船員たちは、確かに熱いはずの石板を押さえる二人に驚きの視線が押し寄せる。

 しかし二人はどこ吹く風で、火の番をミルムに任せたルシルは別の作業へと移っていた。

 空いた石のボウルに何処から取り出したのか、野生のトマトを大量に入れて軽く潰し、石板の隣に移動させて火にかける。

 くつくつと底から気泡が浮いてきたところで持って来ていたシャークボルトの切身を足し、白く色付いたら軽く塩を振って完成だ。

 ミルムの方は片面が焼けたらしく、上手にひっくり返している。


「しかしこれでようやくミルムの靴が手に入るな」


「ほう! では行ける場所が増えるのか!」


「十分歩き回ってる気がするけどなぁ。後は色々便利になるぞ。やっぱり何でもかんでも自作するのは無理だな」


「そうなのか? 何かあれば器用に作ってたではないか」


「素人なりにはな。道具も装備もプロが作ると全然違うもんだぜ」


 何とか形になってるのは、単にルシルが規格外すぎるからだ。

 剣があるからと石や木を簡単に両断できるわけもなく、一般人はクルミを握りつぶさないし空飛ぶサメを蹴りの一撃で仕留められない。

 大体のことを力業で切り抜けているだけで、同じ状況で一般人ミルムが一人で生き残れる可能性はずいぶん低いだろう。


 そんな素人ルシルが作った木の桶に、森で取れた数種の小さな実を握り絞る。

 ルシルの握力に掛かれば圧搾するなど容易で、むしろ潰しすぎて種や皮から苦みが混じるのを防ぐ力加減が難しいくらいだった。

 石板に張り付いていたミルムをちょいちょいと手を振って呼び、カップに入れた絞り汁に水を足せば果実水の出来上がりだ。

 ちなみに絞った実は海に投げ込めば撒き餌になるので、魚が欲しい時には意外に役立つ。


「よっし、食べるぞ! 野郎どもこっちに来い!」


 合いの手を入れるようにミルムが「待ちかねたぞ!」とうきうきした様子で声を上げる。

 本日の朝食は、クルミの薄焼パン、シャークトマトスープ。

 料理と言えるかどうかは不明な持ち運びや保存に適したゆで卵と直搾りフレッシュジュースの計四品になる。

 サバイバル下とは思えない豪勢な朝食は、野性味あふれる開放的な即席キッチンを二人で使い回した調理時間は驚異の十五分ほど。

 美味そうな香りに飢えた肉体労働者たちは我先にと手に取り食べ始めた。


「後で何持ってきてるか改めて見ないとな。おっ、このパンいい焼き具合だな」


「そんなにここは足りていないのか?」


「というより世の中が便利すぎるだけさ」


「それは楽しみだ! やはりシャークボルトの肉は格別だの」


「そうだな。これからは開拓に精を出せるかもな。おいおい、一応メインはトマトだぜ?」


「水を入れなんだからかトマトの味が濃くてきちんと絶品じゃぞ? 港を作るとか言うておったな」


「船の積み荷を俺一人で運ぶのは嫌だしな。島の間に橋を架けるのもありだな。パンをスープに浸すとまた格別だぜ?」


「おぉ! バターの香りにトマトが負けておらん! それにクルミの歯応えがなんとも言えぬ!」


「噛み応えのあったパンが柔らかくなるからな。あんまり食べ過ぎんなよ? しかし果実水も握る種類と量で微妙に変わってくるな」


「うむ。昨日は酸っぱすぎたが、これは甘くてうまいぞ!」


「ミルムが単に酸味に弱いだけだよ」


 必要に駆られれば何だかんだと適応していくのが人だ。

 しかし衣食住の確保が難しいサバイバル下においては、日を追うごとに生存自体が過酷になっていくはずだ。

 だというのに気付けば二人して料理の腕は上がっていて、試行錯誤を繰り返すことで味覚も鋭くなっていた。

 普通とは真逆を進むのは、ある意味で勇者ルシルらしいとも言えるかもしれない。

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