031嫌な客

 好奇心旺盛なミルムの世話を船員に頼み、ルシルを待つ客人とやらが居る船室に向かう。


「……君がルシル=フィーレかね?」


 部屋に入るなり、不躾な視線と言葉が投げ掛けられた。

 そこに見下すような視線までついてくれば、基本的に温和なルシルも『なんだこいつ?』と不快感を持ってしまう。

 それがルシルの思い込みでないではないのは、ここに案内してきた船員から引き込むような息使いが聞こえるからだ。

 このひょろ長い男はきちんと失礼な態度を取っているのだ。


 しかしそこは慣れないながらも大貴族相手に切り抜けてきたルシルだ。

 ひょろ長い男の対応に薄く息を吐くだけで不快感を押し流し、気楽な調子で話し始めた。


「そうだよ。で、おたくはどなたさん?」


「初対面の相手に失礼な輩だ。私はトラウゴット=クラーツ準騎士爵だ」


「なるほど、貴族位か。しかしクラーツ……聞き覚えはないな」


「貴族だと知ってもその態度とは恐れ入る」


「準騎士爵って確か一代貴族じゃ? だったら血筋は平民だろ。肩肘張らずに仲良くしようぜ」


「貴様っ!」


「まぁまぁ、そうカリカリすんなって。ケンカしに来たなら相手になるけど違うだろ?」


「……あの英雄と同じ名前だからと期待していたのだがな」


「そりゃ『ルシル=フィーレ』の名が広がったのはここ数年なんだし、期待するのは酷ってやつだよ」


 三歳くらいなら『ルシルおれ』の名前をつけられた子供も居るだろうが。なんて本物ルシルは密かにほくそ笑む。

 どうせルシルが勇者だとわかれば手の平返しをするのだから、もう少し泳がせてやろうと素知らぬ顔で他人を貫く。

 貴族社会を渡ると汚くなるな、と自嘲しながら改めてクラーツを見た。


 ひょろ長く神経質な印象がある。どちらかと言うと頭を使う方が得意な感じ。年齢は三十代くらいなので、貴族歴はそう長くないはずだ。

 爵位も末端だし、戦場を巡っていたルシルの方が貴族社会を知っているだろう。

 クラーツをなだめ、逆にルシルが正面のソファに座ってやる。

 すとん、と腰を下ろして神妙な面持ちで口を開いた。


「それでどんな用かな? 島で生活するなら毎日の積み重ねが大事でさ。早いとこ戻っていろんな続きをしたいんだよ」


「貴族の言葉よりも優先するのか?」


「その貴族様たちと離れるためにこの島に居るわけだからな」


「……この島は領主様のものだ」


「ベルンの? たしかドナート=カステド子爵だったかな」


「領主様を知っているのか?」


「直接面識はないけど、その土地の主の名前くらい知っとくべきだろ」


「殊勝な心掛けだな」


「クラーツは一々引っ掛かる物言いをするな。お前、友達いないだろ?」


「なっ! そんなことが今関係あるのか!」


「図星かよ。まぁ、そっちの言い分は全面的に却下だ。何故なら……」


 ポーチから取り出すのは例の書簡だ。

 子爵よりもさらに上。王族の次くらいに発言力の強い宰相から与えられた正式な権利である。

 地方領主ごときに……ましてや準騎士爵が口を挟める隙間など皆無だ。


「なッ――!?」


「な、無駄足踏ませてすまんね。ここまでの旅費も高かっただろ」


「ダンナ、この方は監察官ですよ」


「あ、俺そんなこと言ってたな。うーむ……まぁ、貴族を立ち会わせたなら確実だって言うのもわかるけどな」


「そんな馬鹿な……嘘だ……」


 ルシルが出した権利書を睨み、クラーツがぶつぶつ言っている。

 このままだと破り捨てられかねないと取り上げれば、それを追って立ち上がったクラーツの腕を取って誘う・・


「まだ寝起きだろ? 外で飯にしようぜ」


「なっ、私には重要な話が!」


「そんなもん食いながらでもできるだろ。あ、島に着岸はできるのか?」


「え、えぇ……元々霧がなくなってればダンナを迎えに行くのにしばらく島に停泊するつもりでしたよ」


「お、それなら今も向かってるわけだな? 適当な砂浜に降りようぜ。船旅は短くても慣れてないとしんどいからな」


 ひょろ長い男がルシルの膂力に抗えるわけもない。

 抗議の言葉を聞き流して甲板に顔を出せば、島まであと少しのところまで来ていた。


「飯は島で取るぞ! お前らは適当にくつろいでおけ! 俺とミルムがお前たちに島の幸を振る舞ってやる!」


 ルシルの決定は一瞬にして伝播する。

 勇者の言葉だからだろうか。誰も逆らうことはない。

 いや……腕をつかまれて引きずられていたクラーツだけは「話を聞け!」と叫んでいたか。

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