018勇者の根幹
一列目の屋根を完成させたルシルは作業を切り上げ、そこらの枝を手折って束ねて即席の箒を作った。
土・泥で汚れるくらいなら川で流せば良いが、砂利を巻き込んでミルムが怪我をするのは面白くない。
体力も戻り切ってないだろうし、化膿でもしたら生死に関わりかねないと、慣れない手つきでせっせとルシルは床を掃く。
「ミルム、そろそろ終われよ」
「まだもう少し……」
「熱中するのは構わないけど、真っ暗になってから慌てても遅いからな」
日が落ちるのは一瞬で、闇に包まれれば身動きが取れなくなる。
いくら火はあるとはいえ、夜目が利くかもわからないミルムは「むぅ……ルシルは細かいのぉ」などと不平を漏らす。
だが、まだ作りかけではあるものの家主の指示には従うべきだろう。
いかな常識知らずの幻獣とはいえ、その程度の分別は弁えていた。
床掃除を終えたルシルは、ミルムが仕訳けた不良品を、石鍋を置いている火に放り込み、ついでに塩の具合を確認する。
白くはあるのだが、くつくつと湯立つドロッとしていて覚えのある見た目ではない。
「うーん……思い付きでやってみたから出来栄えがわからん。舐めてみれば……?」
不安を覚えつつも枝を石鍋に突っ込んで軽くかき混ぜて塩らしきものをすくう。
息を吹き付け熱を冷まして口に運べば……。
「うげっ、にっげ!」
ルシルは口の中に残る苦みをぺっぺと吐き出したが、その中にきちんと辛味も入っており、一応塩にはなっているらしい。
口を濯ごうと水をと……周囲を見渡すも「うっわ、海水しかないわ」と痛恨のミスに今さら気付く。
ルシルは飢えや渇きにも強いので、たしかに緊急性はないが、自分から塩を舐めた後で我慢するなど馬鹿らしい。
とはいえ、日も暮れかけのこのタイミングでミルムを一人置き去りにするのも……と考えていると
「何を一人で食べているのだ!」
「くそ不味い塩だよ。失敗した」
「わっちも食べてみよう!」
「やめとけ。熱いし苦いし辛いし最悪だぞ。水もないから今日は大人しくしとけって」
「……ルシルは何故そんなよくわからんものを作ったのだ?」
「っぐ……必要なんだよ。けど作り方ちゃんと知らねえんだよ……」
「そうか! ルシルも知らぬことがあるのだな!」
煽るような言葉を投げた後とは思えない表情でミルムが息をまく。
指摘にへこんでいたルシルもちぐはぐな言動に疑問を抱いた。
「? 何を当たり前なことを?」
「いやなに。わっちが起きてから世話になりっぱなしでな。こやつ何でもこなす超人か、などと感心しておったのだ」
「あぁ、そりゃまた随分と買い被られたものだ。俺にできるのは身体を使うことくらいさ」
「うむ、しかし助けられているのも事実だ。そんな誤解を生むほどルシルは上手くやりすぎているのだ」
「お、おぉ……なんかすっげぇ持ち上げるな」
「そうでもない。これでもわっちは感謝しておるのだぞ?」
胸を張って顎をくいっと空に向ける姿はどうにも得意気で、感謝を伝えるような雰囲気は皆無だ。
そんな言葉と行動がちぐはぐなところを面白く感じるルシルは、「そりゃどうも」と笑ってミルムの砂やほこりを落としてやる。
何事かとミルムが視線を戻すよりも前に横抱きし、足裏も同じように払って歩き出した。
「なっ、何をするのだ!」
「寝るんだよ。もうあと半時間くらいで日がなくなるからな。そうなるとお前は身動きが取れなくなるし」
「ふむ……そうなのか?」
「多分? 洞窟から出た時に光に目が眩んでたし逆もあるだろ」
予想はあくまで予想だ。確信はなにもない。
逆に光に弱いのだから夜目が効くかもしれないし、火に炙られる脆弱な皮膚は水中で呼吸ができるかもしれない。
そうした希望を確認する必要はあるが、頼るわけにはいかない。
特に物資や体力が限られてる現状ではミス一つで窮地に追い込まれるのだから。
ミルムを優しく床板に下ろしたルシルは「あんまり走りまわったりするなよ」と釘を刺した。
「子供ではあるまいし、そんなことはせん!」
「だったらいいけどな。剣の切り口には自身があるが木の選定は適当だ。もしかするとどっかで尖ってるかもしれないから気を付けてくれよ」
「心得た! ……で、ルシルはここには上がらんのか?」
「うん? まだもう少し日があるから、ちょっといろいろとな……竹とかあれば便利なんだけどなぁ」
「わっちにはさっさと寝ろと言って一人で探検に行くとは連れない奴め!」
「いや、遊びじゃないから。わりと切実だから。というか寝起きではしゃいで疲れてるだろ。明日も
「ぬぅ……た、たしかに……」
ルシルが顎で指したのは、乱雑に置かれた蔓と枝と葉たちだ。
さっきまで散々作ったつもりでも、夕刻を回ってからでは大した時間ではない。
一日アレをやれ、と言われるとミルムもさすがに怯んでしまう。
「あ、そうそう。この布を追加で渡しておくから、適当にくるまって屋根のある場所で寝といてくれ」
「くるまる、とは?」
「床板硬いし、下に敷いて折りたたんで被っとけ。サイズは小さいけどミルム一人なら何とかなるだろ」
「ルシルはどうするのだ?」
「俺は頑丈だからな。無くても何とかなるさ」
変わらず気楽に笑い、拠点近くの砂浜を掘り起こして火を熾して明かりにする。
斜面に木を寝かせて積み上げておけば、燃えて崩れた上に新しい木が補給されて延焼時間が稼げるだろう。
最悪でもルシルは真っ暗でも行動できるので、消えていても気が付いたときに火をつければ十分だ。
汚れた手をパンパンと叩いて砂を落としたルシルは、床板の端材を使って新たな作業を始めた。
ミルムは言いつけ通り布にくるまって寝そべり、手際よく火の用意をしたルシルを眺めている。
この場の安全圏は確保しているので、ミルムを置いて素材を探しに出ても問題ない。
しかし冒険心溢れるミルムが自発的に行動しかねない状況を放置するのは不安が……と、眠るまで監視することに決めたのだ。
そんなことを保護者が一人で考えていると、ミルムがおもむろに口を開いた。
「ルシルは何故わっちの世話をする?」
「えらく今さらな疑問だな」
火の傍で短刀で端材を削るルシルがぼやく。
単に見捨てるのが下手なだけだ、と内心で苦笑しながら。
「ヒトの世には『家畜』なる位階があるらしいな」
「おい、なんか嫌な予感しかしないんだが。次の言葉は聞きたくな――」
「ルシルはわっちを家畜にしたいのか?」
「したくねぇよ!? 勇者が少女を家畜扱いするとか外聞悪すぎるわ!」
「ふむ……だが床や屋根や火も要らぬほどルシルは強いのだろう?」
「いや、まぁ……たしかに? なかったらなかったで何とかはなるな」
「ならば今日手配した色々はわっちのためだろう? 無駄な時間でないのか?」
「いんや、ミルムが快適になることは俺も同じように恩恵を受ける。要・不要だけで判断しない方がいいぞ」
「そう、か……」
一瞬声を荒げてしまったが、布にくるまったミルムの瞼がゆっくりと降りていく。
周囲に誰もいないものの、言葉のチョイスのせいでイチイチ心臓に悪い。
このままだとこちらが眠れなくなりそうだ、とミルムの様子をうかがうルシルは胸をなで下ろす。
「そうそう。んなことよりさっさと寝とけよ。朝になったら明るくて眠れないんだからな」
「だが、聞いて、おかねば……」
「何をだ?」
「弱い、と口にしながら、
「困ったときは助け合うのが人ってもんだ」
「そう、か。ルシルは物知りだな……?」
「俺ほど馬鹿なやつもいないさ。無知のまんまで暗殺に向かったんだからな……」
自嘲気味に返した答えはきっと聞こえなかっただろう。
ルシルの感度のいい耳に届いたのはすーっと可愛らしい小さな寝息だったのだから。
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