017ルシル式仮設住宅

 腰を落とした姿勢から、腕を横に振り切っている体勢へ。

 時間を一瞬切り取られたかのような、冗談めいた間があったあと、ルシルが「ふぅ」と息を吐いた。

 あまりに流麗な動きに、ミルムも動き終えてからしばらく気付かないほどだった。


「うん? 何をやった? 何も変わっておらぬぞ?」


「誰でもできる寝床の作り方講座だよ」


「ほう、わっちでもか!」


「うーん……ちょっとばかし力が足りないかもな?」


 ルシルは笑いながら残心を解いて剣を担ぐように持ってミルムに振り向いた。

 投げかけられたミルムは「力、力か……」と呟いている。

 何だか今なら割に合わない契約に判を押しそうな勢いだ。伝説の幻獣のくせに。

 などと表情を苦笑いに変えるルシルは「これはな、こうするんだよ」と横たわる木を軽く蹴った。


「な……半分になった?」


「地面を均したり固めたりは土木技術が必要で俺には無理だ。けど今ある地形の上から舗装するから多少マシになる」


 心なしか得意げなルシルをミルムは不思議そうに見つめる。

 簡単そうに言ってのけたことは、凸凹した土の上に丸太を地面を潰すようにイカダ状に並べて置き、固定することから始まった。

 そうして並べた丸太を水平に両断すれば、木によっては斜めに切れることになるが、これでルシルだけでは作り出せない『平な土台』を生み出せる。


「あとは残ってる材木を切って板にして、作った土台に格子になるよう乗せれば完成さ」


 ルシルは鼻歌交じりに説明しながらも手を動かし、何枚もの五メートル長の板を量産する。

 一枚一枚、丁寧に土台の上に載せ、間隔が開かないようにきっちり詰めれば、あっという間に床が出来上がった。

 重量もあるので暴れなければ床板がズレることはないだろう。

 しかしルシルは念のため、土台と床板を貫通させるように短刀でトントンと穴を開け、端材を詰めて固定する。

 はみ出している部分をペキッと切り落とせば怪我することもないだろう。


「よしできた。これで今夜は安泰だな」


「う……うむ……。なんというか手際がよすぎやしないか?」


「初めて作ったけど何とかなるみたいだな。あ、っと残るは屋根か」


「まだ何かするのか?」


「おう。ミルムの作った葉っぱで快適さをアップだ。ていうか屋根がないと家とは言わん」


「ついにわっちの番か!」


 ウキウキと砂浜から見学するミルムを微笑ましく思いながら、床板を配置した頭上から少し外れた位置にある枝に木の棒を渡した。

 するすると登っていくルシルを見たミルムが、「面白そうだな!」と森へ足を踏み入れようと立ち上がる。

 すぐにルシルが「今日はダメだ。また今度な」と止めれば、ミルムは頬を膨らませた。

 可愛らしく、庇護欲を掻き立てられるが、それはそれ。立ち眩みする身体で木登りなど不可能だし、そもそも森の悪路を裸足のミルムを歩かせるわけにはいかない。

 まずは体力回復と靴の用意が先だろう。


「歩けなかったくせに無理すんなって。復活したら嫌でもミルムには手伝ってもらうしな」


「しょうがないのぉ……世話になってる間は言うことを聞いてやろう!」


「ありがたき幸せだ。んで、渡した木の棒を蔓で枝に固定する。

 できたら木の棒に蔓を巻きつけて下まで伸ばす。届くかな……っち、足りないか」


「わっちがっ!」


「だから大人しくしとけって」


「むぅ……」


 ばふっ、とミルムは砂を蹴って拗ねる。

 放置しておくのも限界があるな、とルシルはその辺りに生える蔓を引き抜いてミルムに放った。


「それじゃ一つ頼み事だ。蔓の端っこを繋いで長くしたい。俺はそこの足りないやつ繋ぐから、一緒にやるぞ」


「任された!」


「結び方が間違ってると簡単に解けて落ちるから気を付けてくれよ?」


「む……難しいのか?」


「初めはちょっとばかしな。ま、慣れれば問題ないさ」


 ルシルは木を両足で挟んで背筋を使って身体を地面と水平に起こし、宙にぶら下がる蔓をつかんで結わう。

 ミルムも視線を手元とルシルを行き来させて真似て何とか完成させるも、結び目が端っこからずいぶんと移動してしまっていた。

 悔しそうに解こうとするミルムを、降りていたルシルは追加で蔓を渡して継ぎ足すように指示する。

 ミルムが右往左往している間に、最初に渡した木の棒と平行になるように、低い位置に木の棒を地面と水平に渡した。

 上下に渡した二本の木の棒に蔓を張っているとミルムの蔓が完成した。


「お、初めてにしては上出来だ。ちゃんと結び方覚えといてくれよ?」


「うむ、わっちは物覚えがいいらしいぞ!」


「その調子だ。そんじゃ次の蔓渡すから同じくらいのやついくつか作ってくれ」


「いきなり幻獣使いが荒いな!?」


「だから言っただろ? 『嫌でも頼るっ』てな」


 ミルムが結んだ蔓を受け取り、代わりにルシルはニヤニヤしながら追加の蔓を渡す。

 グッグと軽く引っ張って強度を確かめ、飛び出している結び目の端を短刀で落として調整する。

 グジグジと歯をすり合わせて蔓を結ぶミルムに向け、ルシルは「ミルムの蔓を使わせてもらうぞ」と断りを入れた。


 最初に張った蔓と平行になるようにミルムの蔓を張る。

 幅はちょうど葉っぱを通した枝の長さより少し短い。

 二本の蔓の間に葉がついた枝を乗せる。このとき下の木の棒の上に葉を乗せるのを忘れてはいけない。

 葉付きの枝を蔓に結べば、葉っぱの屋根の一段目が完成だ。


「あとはこれを隙間なく一番上の木の棒までやれば屋根の出来上がりだ」


「おぉ……って、数がすごく必要では?!」


「お、感動して騙されなかったか。そうなんだよなぁ……強度がないから張ってる二本の蔓の幅って五十センチくらいか。

 四メートルで最低八列分。しかも上まで敷き詰めるなら最低でも二十……いや三十段くらい必要か?

 となると、全部やるなら長い蔓が残り八本と、葉を通した枝が二百四十本。せめて雨が降るまでには完成させたいなぁ」


「わっちが、わっちが手伝うと言ったばかりにっ!!」


「いやぁ、まじでミルムの献身に感謝だわ。一つ二つ作るくらいなら俺でもいいけど、あんまり細かい作業苦手なんだよな」


「綺麗な板を切り出しておいてどの口が……」


「その分、俺が飯用意するから頼まれてくれよ」


「……わっちも言い出した以上、覚悟を決めねばならぬな。よかろう、承った!」


 頼もしい言葉に気を良くしたルシルは、浜辺で腕組みしてうんうんしているミルムが作っていた枝を手に屋根作りを再開させた。

 ミルムも曲芸じみたルシルの作業にはしゃぎながら作業をこなしてく。

 日が落ちるまでもう少し……夜の闇は迫ってきていた。

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