016初めての共同作業
現在は島内調査も終えておらず、さらには屋根も壁もない吹きっさらしの野ざらしの状態だ。
これで安心・安全を求めるのは無理がある。
しかし少しでも快適に過ごしたいと願うのは人の性だ。
「材料は取ってくるから、これをこうしてな……」
「こ、こうか?」
「おっ、上手い上手い。とりあえず端まで揃えてくれ」
「むぅ……煩わしい!」
大きい葉の端に小さく穴を開け、そこに短刀で剪定した長い枝を通していく。
一本、二本と手本を見せれば、ミルムは視線をルシルと手元を往復させながら、わたわたとしながら作業を追い掛ける。
「で、できた……」
「ご苦労さん。そんじゃ次だ。あと……あぁ、あるだけやってもらうか」
「あるだけ、だと?! わざわざ積み上げるほど準備するとはルシル貴様っ!」
「そう邪険にするなって。単なる目安だよ。
共同生活をする者たちの間では『働かざる者食うべからず』って言葉があってな。守れないと放り出されるんだぜ?」
「な、ん、だと……? 食えねば死ぬというのにヒトはそれほどまでに過酷なコミュニティを形成しているのかッ!」
「いや、そんな大それたことじゃないんだけどな」
ミルムはがーん、と口をあんぐり開けて衝撃に打ちひしがれる。
言葉が強すぎたかもしれないとルシルは頬を掻いてたしなめるも聞こえている雰囲気はない。
ただこれだけは知っておいてもらわねばならない。
「何でも得意なやつは居ない。だから自分ができることを引き受けて、できないことを誰かにやってもらう。泣いて許されるのは乳飲み子だけってわけだ」
「つまり餌が取れないわっちはそれ以外の何かをしろ、と?」
「端的に言うとそうなるな。ま、ミドガルズオルムの本体に戻れるなら無意味な話だが、しばらくはその姿なんだろ?」
こんなタイミングで戻ってもらっては困るルシルは、願掛けにも似た『戻れない宣言』を待つ。
すると消沈したミルムから「……うむ」と重々しく言葉が漏れた。
「どうにも本調子ではない。人が生を全うする程度の時間が掛かるかもしれん」
「そりゃ随分と長丁場だな。俺で良ければしばらく付き合ってやるぞ」
「ほう、カヨワイ者を囲うとはルシルは物好きだな」
「言い方言い方! いきなり変態度が増してるじゃねぇか!」
「むぅ……言葉を間違えたか」
しゅんとなりつつもミルムが手を動かすのは共同生活を受け入れたからだろうか。
尊大な口調には似つかわしくない可愛らしい仕草が同居する、伝説に謳われる幻獣ミドガルズオルムと名乗る少女。
本人の語りである説をルシルは押したいが、封印されていた現実が重くのしかかる。
本当にミドガルズオルムであれば討伐も……とはいえ、それも諸々の確認が済んでからの話だ。
人違いで少女を殺してしまってはルシルの正義が揺らいで……。
(いや、既に揺らいでいたな)
諦観にも似た何かを飲み下して目を伏せる。
そんなことより目の前のお嬢様のご機嫌を損ねない方が重要だ。
生きるにしても、遊ぶにしても。この環境は実に恵まれているのだから。
「腐ってたりやたら濡れてたり脆そうだったりな葉は使わず除けといてくれ。あの焚火に放り込んでくるから」
「うむ、了解した」
「相変わらず古風な言い回しだな。そうそう、少しだけ葉が重なり合うくらいが最適だからな」
「ふむ……妙に手間だな。それでルシルは何を始めるのだ?」
「ちょっとその辺で木を調達してくるわ」
「どうするんだ?」
「寝床を作るんだよ。平らにならすよりこっちの方が早いしな」
そう言い残してルシルは木の生い茂る森へと入っていく。
求めるものは太くまっすぐなものだが、視界に入る木々はどちらかと言うと若干曲がっていて細いものばかり。
人が横になっても足りないくらいの極太の幹を輪切りにできれば一番手っ取り早かったのに、と森林をにらむルシルが残念に思う。
仕方がないのでルシルの胴回りと同じくらいのサイズの木を切り倒し、引っかからないように軽く枝を落としてミルムの下へと戻っていく。
木の重量を物ともせず、そもそも引きずることで枝葉を巻き添えにし、地面を削る抵抗すらも気に掛けない。
「早いお帰りじゃな」
森全体を引きずってきたように周囲の木々を巻き添えにルシルが現れた。
手持ちの木材に引っ掛かるすべてを剥がすため、一際力を込めて引っこ抜けば、絡んでいたものが森の方へとすっ飛んでいった。
「いや、まだ行くんだけどな。そっちはまだかかりそうだな?」
「こんな量すぐにさばけるはずがあるまい!」
「天下のミドガルズオルムが泣き言かぁ」
「むきぃ! 今に見ておれよ! すぐに終わらせてやるのでな!」
「あははっ、期待してるぜミルム」
ルシルは笑いながら再度森へと足を運ぶ。
万力のようなルシルの膂力で引きずられた地面は均され、視界を悪くする枝葉はことごとくがぽっかりと削ぎ取り空白地帯になっている。
ただの一往復……いや、帰路で完成した獣道を進み、新たに切り倒した木を来た道を戻っていく。
いや、特段の抵抗を感じていないルシルは、少しばかり脇に逸れて歩き、獣道を拡張しながら都合五往復。
非力なミルムでも問題ないほど均され開拓されていた。
「できたぞ!」
「ちょうど、ってところか」
「気付かぬ内に木が増えてるではないか! 気配を断つのが上手すぎではないか?」
「ミルムが鈍感なんだよ。結構うろついてたのに集中力ありすぎだろ……」
「ふむ……そんなものか。で、これから何を始めるのだ?」
ルシルは引きずってきた木を砂浜に転がし、鼻息荒く提出するミルムの力作を検分する。
葉は破れておらず、枝も折れていない。十分な仕上がりだ。
ただ――
「惜しいなミルム」
「なぬっ! わっちの所業に不満でもあるのか!」
「通した葉って枝に固定してないから傾けるとズレるんだよな。せっかく他が完璧なのに」
「何だその落胆の顔は! すぐに直してやる! 覚悟せよ!」
何故か気負ったミルムは、苦戦しながらも端に寄った葉を少しずつ移動させていく。
途中で「ぬぐっ破れおったっ!」なんて声を聞きながら、ルシルは周囲をすり足で歩い極力平らな場所を探る。
一日で放棄する可能性もあるし、ある程度の凹凸は許容範囲内だ。
「今度こそできたぞ!」
「お、悲鳴が聞こえて来てた割に早かったな」
「そんなものなど上げておらぬ! ほれ、検分せいっ!」
「うん、十分だ」
「軽い!? わっちの作業をそんな適当にっ!」
「信用してるからいいんだよ。それよりそこ使うからちょっと退いてくれ」
「残りはどうするのだ?」
「仕訳けた分は火に入れるからその辺に放っといてくれ」
ルシルは話しながら、太さが一抱えほどもある木材をイカダのように並べ、長さ三メートルほどのところに剣で軽く傷つける。
何をするのか興味津々のミルムが近付かないことを確認し、上段から一気に剣を振り下ろした。
一刀の下で断たれた木材は一瞬の間を置いてズレ落ちる。同じようにもう一度。これで十本の丸太が出来上がる。
曲芸めいた神業を目の当たりにしたミルムは「おぉ、やるな!」とはしゃぐも、結局何をするかはわからなかった。
「だろ? 世界じゃ少しは名の知れた剣士なんだぜ」
「では引く手あまたではないのか? それがこんな森の中で何をしておるのだ」
「仕官先はいっぱいあるけど、とりあえずはミルムの寝床作りかな。何処かに所属するだけで一波乱あるらしくてなぁ」
「つまり自らが立つというわけか! 国などの吹けば飛ぶようなものに所属するなど馬鹿らしいしな!」
「そういう意味じゃないんだけど……てか災害を起こすミドガルズオルムが言うと現実味があるなぁ」
本物ならば、と心の中で付け加え、砂浜から切り落とした木を引きずって歩く。
先ほど場所を確認した少し湿り気の残る土の地面に木材を転がし砂浜へと戻る。これを残り四往復だ。
重量的に全部持てないことはないのだが、ルシルの手は二本しかなく、利き手は不測の事態に開けておかなくてはいけない。
そんな内心を見抜いたのか、ミルムが「運ぶならわっちもやろう!」と声を上げた。
「いや、これ見かけ以上に重いから無理――」
「ぐぬぬぅ!! ルシル、お前何をした!」
「言わんこっちゃない。何もしてないって。生木ってのは水分たらふく吸ってるからな」
「わっちがこれほど非力だとは……」
「そう落ち込むなって。伝説の幻獣だろ? 俺が困ったときに助けてくれよ」
「し、仕方がないのぅ! そこまで言うなら今はルシルに面倒を見てもらうとしよう!」
「ありがとうございますお嬢様」
ルシルは気楽に笑う。
単に得意なことを自分のタイミングでやっているだけなのだ。
常に心を張り詰めていた魔境や、言葉一つでいかようにも曲解される社交界とは雲泥の差。
人と関わるとロクなことがないのは理解していても、他者の運命を簡単に変えられてしまうからこそ、力を持つルシルは手を差し伸べてしまう。
(こんな風に富・名声・権力が絡まない原始的なところなら気兼ねなくいられるのかもな)
そんなことを考えながら、運び込む五本の木材を距離を置いたイカダのように並べていく。
直接地面よりはマシではあるが、どれだけ平らに並べても少しくらい傾くのは仕方がない。
いっそ木の重みである程度均されていることを思えば十分な精度だろう。
さらに横たわる木材を端から踏み、転がらないようにきっちり固定する。
「終わりか?」
「いんや、後ちょっと。こんなにスッカスカじゃ障害物増やしただけだろ?」
「うん? その上で寝るのでは?」
「少し違う。ちゃんと手を加えるぞ。危ないから少し下がっててくれ」
たしかに軽く剪定しただけなので、木の丸みに加えて枝も攻撃的に空を向いていた。
土台くらいにはなりそうだが、これで終わりだとすると硬くて凸凹でなおかつ棘付きと随分と寝苦しい思いをするはずだ。
「もっと木に厚みが最初からあればこんな手間もないんだけどな」
最初に望んだ幹の太さを思いながら、ルシルはイカダ状に並べられた五本の木を睨んで腰を落とした。
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