015ミルム
本格的な拠点を作るなら利便性の高い場所が良い。
地面に石などがなく、日よけになる木々があり、できることなら水場の近くが好ましい。
「ここか?」
「まぁ、まだ何もないんだけどな」
とはいえ、そんな好適地など新参者が簡単に見つけられるはずもない。
当初の予定通り、ルシルは浜辺と土の境界くらいの場所にミドガルズオルムを下ろした。
「構わぬ。普段は海中で寝ているからな!」
何処から現れるのかわからない自信に胸を張る少女を眺め、ルシルは絶対に違うと思いながらも『祠の封印のこと言ってるのか?』などと考えていた。
ミドガルズオルムの本体……と言っていいのか不明だが、幻獣であればどんな環境でも大丈夫だろう。
しかしどういうわけか今は人の
というより実際に火傷はするし、裸足で歩けば怪我もする。普通の一般的な子供と大差ないと……むしろよっぽどか弱い存在だった。
とりあえず日差しを遮るには木陰が最適だ。
浜辺に飛び出そうとするミドガルズオルムを「何がいるかわかんないだからウロチョロすんなよ」と制止する。
よほどヤバイ何かが出て来ない限りはルシルが倒すが、病気になられたらどうしようもない。
サバイバルで恐ろしいのは何も水や食料が手に入らないだけではない。それよりももっと身近な安全――衛生にすら保てないところにあるのだ。
「まだ生活基盤すら整ってないんだからな。それとミドガルズオルムって呼ぶのは長いから短くしたいんだが?」
「わっちのことなら好きに呼べばいい」
「え、そんなもんなのか?」
「そもそもわっちに名を与えたのはヒトじゃぞ。
自身がわからないモノを『幻獣』と呼び、分類するのに名付けられたわっちがヒト相手に説明する際に、『ミドガルズオルム』と口にするだけの羅列だ」
「……ミドガルズオルムの討伐譚ってあるんだが?」
「そんなものは知らぬ。同族も知らぬ以上、
「ふーむ……伝承ってのはアテにならんもんだな。そんじゃ遠慮なく……ミルムとでも呼ぶかね?」
「ミルム、ミルム……うむ、いいではないか」
「まぁ、当面呼ぶのは俺しかいないわけだけどな」
「そういえば、ぬしは何というのだ。ぬしがヒトの最後の生き残りというわけではあるまい?」
「識別標みたいな言い方するなよ。ルシル=フィーレって名前だ。気軽にルシルと呼んでくれ」
そんな自己紹介とも言えない雑談を交わす中、ルシルは浜辺に転がる一抱えほどの岩を先ほどの鍋のようにくりぬいていた。
すぐ近くの砂を岩の下をくぐるように深めに直線に掘り、向こう側までトンネルを繋げる。
一応補強のために土を砂に塗り付けるように叩いてみたが、砂の下地では自重で潰れかねない。
まぁ、その辺りは適当に作ったのだからそれは仕方ないと諦め、手前の砂を少しばかり広めに削っていけば即席のかまどの出来上がりである。
早速砂のトンネルで火を熾して海水を岩の鍋に放り込んだ。
「さっき作ったものより大きいな。今度は何を作るんだ?」
「うん? よだれ出てんぞ……あぁ、残念ながら料理じゃないぞ。食ったばっかだろ」
「何だつまらん」
「そう言うなよ。それにまだ消化も終わってないだろ」
「そうなのか? 腹は膨れてないのだが」
「気のせいだ。後から来るさ」
「ならそんなデカブツで何をするつもりだ?」
「塩を作ろうと思ってな。ここには調味料もないし、動くなら塩がないと死んじまう。ミルムが酷暑病に掛かっても面白くないしな」
「酷暑病?」
「水と塩が身体に足りなくなると動けなくなる病気でな。特に日差しの強い暑い地域に多い持病みたいなもんだ」
「熱くはないぞ?」
「いや、火傷するような熱の意味じゃねぇよ」
ルシルは笑いながらツッコミを入れた。
最近殺伐としたことがあったことを思えば、大変ではあるが随分と癒されている。
仮の拠点でここに来たが、条件がいい場所があればすぐにでも移動するだろう。
鍋に直接海水入れるより塩になっていた方が味を調節しやすいし携行性も高い。
後はしばらく放置して、海水が減ったころに何度か追加すればそれっぽい何かができるはずである。
ただ到着していきなり塩を用意することになるとは思ってもみなかった。
もちろん脆弱な者が優先になるので手持ちの塩はミルムに与え、できるかわからないこの塩はルシルが使う予定だ。
一応、一人が二週間生活するのに必要な量の塩を持ち込んでいるが、早々に口が増えれば足りないに決まっている。
さっきの鍋にしても、火を通すし海水でも大丈夫だろうと節約を考えての行為だ。
それにしたって衰弱してるミルムを実験台にして大丈夫だったろうか、なんてことが今になって頭に浮かんだりしていた。
予定では二週間で迎えが来るはずで、足りなくなりそうなら『俺は動物の生き血でも飲んで凌ぐか』と気軽なものである。
ともあれこれで準備は整った。
火を絶やさないようにそこらに落ちる枯れ木を突っ込む。
「さぁって、今日の寝床を作るか」
暇そうに地面をつつくミルムに向き直って、ルシルはニカッと笑った。
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