014怒る水と慌てる少女

 残念幻獣の顔にぺたぺたと軟膏を伸ばしたルシルは、放り出した木を拾って続きをはじめる。

 といってももうやることは残っていない。

 薄い板にくぼみとくびれをつくりれば、不恰好ながらスプーンが。

 同じような形から、先が三つになるように刃を入れればフォークが出来上がる。


「ま、こんなもんかな」


「似たようなものばかり……何だそれは」


「食べるときに使う道具だよ。ま、今回は大した具が入ってないから無くても大丈夫だとは思うけどな」


「ふむ?」


「おっと、水とパンだけじゃ味気ないか。ちょっと海水しお取ってくるから大人しくしてろよ?」


「お? うむ! 火の番は任せろ!」


「一番信用できない言葉が返ってきたな……」


 不安を煽られたルシルは、木の椀を片手に全速力で海へと向かう。

 行きは空なのでいいが、帰りは水を抱えて走らねばならない。

 見通しの甘さを悔いてもやはり遅い。

 超人的な速度で往復するルシルの不安は膨らむ一方である。


「くっそ……予想外に時間が掛かった。大人しくしてたか?」


「あぁ! やっと帰ったか!!」


「……なんだ?」


「あれがいきなり怒り出した! このままでは火が消えてしまう!」


 わたわたと慌てるミドガルズオルムが見つめる先を見れば、沸騰した石鍋が吹き零れているらしい。

 なるほど、と納得したルシルは、持ち帰った海水を注いで落ち着かせた。

 もう少し遅ければ火が消えていたかもしれない。


「って、お前また火傷してるじゃないか!」


「きゅ、急に暴れ出したのだから仕方なかろう!?」


「伝説の幻獣が落ち着きねえな……」


 呆れながら手を見れば、さすがに懲りているらしく、赤みが増したくらいで大したことはなさそうだった。

 少しばかり広がった火傷に軟膏を塗りこんでいく。


 沸騰していた石鍋に水を指しただけなので、しばらくすればくつくつと気泡が浮かび出す。

 そわそわするミドガルズオルムを横目に、ルシルは「よし、できたな」と石鍋を素手で掴んで火から離す。


「あ、熱くはないのか?!」


「俺は他よりちょっと頑丈でな」


「うらやましい身体をしておるな」


「そのせいでいろいろ面倒事も多いけどな。

 それよりおたま? 作ってなかったな……まぁ、このまま移し替えればいいか」


「うん? 何で器を変えるんだ?」


「材質の差で熱くなくなるからだよ」


「なるほど!」


 わくわくとはしゃぐミドガルズオルムは、今か今かと雛のように食事を待つ。

 忘れていた、とルシルが石鍋にバターを一欠片落とせば、ふわりと柔らかいなんとも言えない香りが周囲に広がる。

 いろいろとあったが、これでパン粥の出来上がりである。


「おぉっ!! 何だこれは!」


「固いパンを水でふやかしてバターを落としただけの料理とも言えないものさ」


「だが美味そうだぞ!」


「そりゃ良かった。……念のため言うがいきなりがっつくなよ?」


「うん?!」


「聞いてねぇな……口の中火傷するから、ゆっくり食えよ。そのためにスプーンも用意したんだからな」


 半分ほどを木の器に移してスプーンを差し込んだルシルが手渡せば、ミドガルズオルムは眼を輝かせて椀に顔を突っ込んだ。

 唇と鼻に触れたパン粥に驚き、即座に「あつい!?」と顔を引き剥がしている。

 木椀を放り投げなかっただけ褒めるべきだろうか。


「だから言ったろうが。ほら、こうやってスプーンにすくって、ふーふーって息吹きかけて冷ましながら食べるんだよ」


「なるほど! ふぅーー!」


「吹き飛ばすんじゃねぇ! 汚ねぇな!」


「難しいぞ!」


「加減するだけだろ!」


 言い合いながらもどうにか食べ始める。


「うんまいっ!」


「そりゃ良かった。ゆっくり食べろよ」


 うまいうまいと頬張るミドガルズオルムに改めて釘を刺し、残ったものをルシルが食べ始める。

 食事が終わればそろそろ日の入りを気にして寝床の確保に動きださないと間に合わない。

 いくら温暖な気候でも、ルシルはともかく夜や雨の環境にミドガルズオルムが耐えられるとは思えないからだ。


「あれ、いきなり難易度上がってないか?」


 無邪気な幻獣のせいか、理解が追いついていなかったルシルもようやく思い至る。

 自身のサバイバル能力を考えて気軽な調子で居たが、ミドガルズオルムじゃくしゃを連れてでは意味がまるで変わっていた。


「まぁ、外敵を考えなくていいだけマシか?」


「どうした?」


「いや、なんでもない。腹が膨れたら寝床だぞ」


「寝床? ここじゃだめなのか?」


川原ここでも良いが地面したが硬いからな。せめて日除けやねと砂が……あぁ、浜に行けばいいのか」


「文句の多いやつだな」


「……全部貧弱なお前のためなんだけどな?」


「わっち?」


「あちこち火傷して自覚無いのかよ……」


 きょとんとルシルを見るミドガルズオルムの頭はやはり緩かった。

 本物で巨大な蛇の本体なら火傷を負うことすらありえないのだから仕方ないかもしれない。


「少しは運動した方がいいけどそれは明日からにしとくか。さっきみたいに背負うから乗っかれ」


「うむ、仕方あるまい」


「何でそんな偉そうなんだよ……」


「わっちがミドガルズオルムだからだろうな!」


「はいはい、それじゃ行くぞ。ちょっと飛ばすからしっかり掴まってろよ」


「任せ――ろっ!?」


 初速からぐわん、と背に乗るミドガルズオルムがたわむほどの速度でルシルは駆け出した。

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