013光と炎と少女

「まっ、眩しいぞ!」


 ルシルの背で苦情を叫ぶのは、つい今しがた救助した『ミドガルズオルム』を名乗る尊大な少女だ。

 うがーと手で目を覆う姿は、災害すら片手間に起こす伝説の幻獣とは思えないほど愛らしい。

 本当にミドガルズオルムだった場合は世界の危機になりかねず、ルシルは『こいつにエサを与えても大丈夫なのか?』と疑問を膨らませる。

 しかし悪意の感じ取れない助けを求める声に手を差し伸べるのはやめられない。


「洞窟は暗かったからな……少し待てば目も慣れるさ」


「そうか? なら我慢する」


 背中からミドガルズオルムの素直な声が届く。

 考えていても埒が明かないと祠から離れ、少女を揺らさぬようルシルは川を目指す。


「何処へ向かっているのだ?」


「近くの沢だよ。飲み水と食糧があるからな」


「おぉ! わっちの腹を満たすためだな!」


「腹が減ってたら何もできないからな」


「うむうむ。手足に力が入らないのはそのせいだろうの」


 自身をミドガルズオルムと語る少女と会話が成立するのも面白い。

 騙りにしても封印から現れたのだから、力あるナニカなのは間違いない。

 沢に到着して少女を下ろしたルシルは、昼と同じ要領でさっさと火を起こして当たらせる。


 絶食状態が続いているなら固形物はダメだろう。

 海水にも浸かったりしていたため空腹より前に脱水を心配すべき。

 少なくとも人の内臓と同じ構造なら反応するし、とまずは水を手ですくって飲ませた。


「ぷはぁ……いや、わっちは腹がな?」


「幻獣に消化の心配するのも変だが、人が空っぽの胃でいきなり食ったら死ぬからな」


「あそこに魚が泳いでいるのに食えぬとは……」


「いや、なんか用意するつもりだが……調理器具無いな。いや、待てよ?」


 ルシルは近くに転がっていた両手よりも大きな丸い石を持ち上げて考える。

 反対の手にも石を持って勢いよく振り下ろせば、鈍い音を立てて真っ二つに割れた。

 少し土の地面を掘り、割れた石の片方を据えて固定する。

 何をする気だろうと興味津々のミドガルズオルムの前で、ルシルは腰に佩いた剣を抜いた。


 ――ギィン


 金属同士が擦り合わされたような音がするも見た目は変わらない。

 ルシルの手により再度剣が振るわれて同じ音が鳴り響く。

 それが二度三度と続き、分からないミドガルズオルムが「何をしている?」と問いかければ、ルシルは真剣な面持ちで返事をした。


「ちょっと重いが道具を作ろうかと思ってな」


「……道具?」


「そ、弱ったお前が食えるように、いろいろ工夫してやっているのさ」


 固定した石を持ち上げひっくり返す。

 するとトン、トン、トン、と石から欠片が落下した。

 ルシルが剣で作ったのは石鍋だ。


「おぉ! 器用なヤツだの!」


「やっぱちゃんと削り出さないと形になんないな」


「なんだと!? これでも不服なのか!」


 感心していたミドガルズオルムはルシルの高い理想に驚いてしまう。


「褒めてくれるのは嬉しいが、厚みがバラバラなんだよなぁ」


「うむ? 綺麗に抜けていると思うが」


「元が自然石だから表面がでこぼこしてるだろ。

 素材も分からんから割れないように厚めにしてあってすっげぇ重いんだよな」


「何だかよく分からんが不満があるならもう一度作れば良いではないか」


「いや、今回は即席だし、どうせ道具は後で買い揃えるから一回使えれば十分だろ」


 金属製の調理器具は一通り欲しい、とルシルは心のメモみ書き込んだ。

 内臓に負担を掛けずに満腹感を得られる食べ物、と悩むまでもなくやることはシンプルだ。

 石鍋にちぎったパンを入れて浸る程度に水を足す。

 後は――


「よっし、これを火に掛けて待てばできあがるぞ」


「ようやくか!」


「おう、待たせたな。あ、でもかまどが無いわ……普通は火を起こす前に石組むよなぁ」


 自分にがっかりするルシルは、その辺の石を集めて来る。

 少し土を掘っているので量は要らないので火の近くに器用に積み始めた。


「石組み? わっちも手伝うぞ!」


「あ、ちょっと待て!」


「きゃうっ!?」


「火に手を突っ込んだら熱いに決まってるだろ!」


「お前は平気そうじゃないか!」


「誰が火を触ってんだよ! 俺は火の回りに石を置いてるだけだぞ!?」


「ぬぅ! 納得がいかない!!」


「いいからこっちに来てさっさと水で冷やすんだ!」


 慌てて川に手を突っ込ませ、ルシルは「お前はもうそこで見てるだけだ」と厳命する。

 頬を膨らましてもこれ以上火傷される方が困る。

 そもそも使い捨ての容器に気兼ね必要もないと思い直し、焚き火のすぐ傍に石鍋を設置した。


「あー……そういや容器がないな。調理器具だけじゃなくて食器も必要だな。後食べる道具も」


 ガリッと頭を掻いて周囲を見渡せば、川に手を突っ込んで水辺を眺めるミドガルズオルムくらいしか居ない。

 ルシルは一抱えほどの幹の木を探して剣を一閃して切り倒す。


 ――メキメキメキッ!


「なっ、なにごとだ?!」


「ちょっと木を切ってな。お前はもうちょっとそっちで川に手突っ込んどけ」


「むぅ……もう大丈夫だと思うが……」


「そうか? なら戻って来て手を出せ」


 木が倒れる光景を背に、ルシルはそんなことを言って腰の道具入れに手を突っ込んだ。

 言われた通りに「何かするのか?」と素直に差し出た手をルシルが軽く撫でて具合を確かめる。

 ミドガルズオルムは「いたっ、痛いぞ!?」と仰け反って距離を取ろうとした。

 急激な動きで転んでも面白くない。

 ルシルは手を握って引き止め「はぁ、幻獣でも火傷するんだなぁ」なんて溜息と一緒に取り出した軟膏を揉みこむ様に伸ばしていく。

 治癒力でさえ常人の追随を許さないルシルだが、人を救うことが多いために持ち合わせがあったのだ。


 治療を手早く済ませたルシルは木の細工へと舞い戻る。

 切り倒した木をざくざくと両断して丸太にし、その一つを皮を削って中をくりぬく。

 既に石で実践していた工程で、しかも材質が遥かにやわらかいために作業自体は非常に簡単だ。


 これで容器はどうにかなるが、ルシルと違って素手で食べるわけにはいかない。

 まだまだ残っている丸太を一つ持ち上げ、手の平から少し余るサイズの長方形の棒に切り分ける。

 小刀に持ち替え、手首を返しながら削っていく。


 その間ミドガルズオルムは静かに火に当たり、ルシルの手際の良さを楽しそうにうかがう。

 年相応な姿に微笑ましい限りだが――


「……覗き込むのは良いがあんまり火に近付きすぎんなよ。顔とか火傷すんぞ」


「火傷? このチリチリするやつか?」


「こらっ! さっさと顔引っ込めろ!」


「うわっぷ……何をする! 乱暴な!」


「あーあー、顔真っ赤にしてホント何やってんだよ……」


 火に手を突っ込んだ時よりは軽症だが、それでも顔の表面が赤く色づいていた。

 呆れるルシルは二度目の軟膏を手に取り顔に伸ばしてやった。

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