011第一島人発見?

 大満足の昼食を終え、再度探検・・が始まった。


 多くの場面で生死を分かつのは、洞察力や観察力であるのは間違いないことだろう。

 それに付随して行動力まで備われば、大概の荒事に対処できうるだけの素質が備わる。

 しかしここで馬鹿にできないのは直観力とも言うべき『カン』の存在である。


 単身で魔族領を渡り歩いたルシルも、説明できない予感カンによって多くの場面を切り抜けてきた。

 それは不測の事態であったり、逆に幸運をつかむ機会であったりしたが、どちらにしても命を懸けるに足るだけの成果を得ている。

 昼食で言えば、魚の頭には熱しても死なない人体に直接影響する寄生虫が住み着いていた。

 腹を下す程度ではあるものの、サバイバル中のルシルが回避できたのは大きい。


 今回の探索でも、その予感がルシルにこの先にあるヤバい何かの存在を囁いた。

 ただ――


「危険って感じじゃないんだよな……」


 実際に気配を注視してみれば、前方の一部に絵具を水で広げたような、周囲に溶け込ませるグラデーションで誤魔化されてボケた地域がある。

 熟練の斥候職スカウトなら辛うじて違和感を持つか、という程度の巧妙さだ。

 通常の気配察知に引っかからず、カンが『ヤバさ』を囁くのに危険ではないという、とても不思議な感覚だった。


 原生林を始めとした島を数時間も探索した後のため、そろそろ刺激が欲しくなっていたところでもある。

 危険が無いのならば、とルシルは違和感を放つ場所へ足を進めていった。


 そこに至る道はもちろんない。

 海に面したごつごつとした岩場の合間に、石から切り出したであろう巨大な白い柱が突き立ち、積み木のように組まれていた。

 何処から運んだのかも分からない明らかな人工物が鎮座する奥には洞穴が口を開けている。

 節操のない切り貼りされたような唐突さにルシルは驚くが、それと同時に納得も得ていた。


「なるほど、霧の原因はこの祠か……」


 何かを鎮めるためなのか、それとも封印されているのかはわからない。

 しかし、こうも巨大なものでこの地に縛り付けなくてはいけないナニカがあるなら、ヤバい気配がするのは当然だ。

 加えて祠の機能が保たれている今なら危険が無いのも頷ける。

 この流れで言えば人目を避けるための『濃霧』なのだろう。


 そして最後に、最寄りの港町ベルンが知らない『メルヴィ諸島・・』を、王家が何故知っていたかも明白だ。

 元々王家の息が掛かった誰かが、この地にナニカを縛り付けたあと、関係者をベルンの貴族に就任させれば誰もが口をつぐむ。

 大掛かりな仕掛けだが、実に納得のいく話である。


「ははっ、やっぱり厄介払いってわけだな。

 あの愚王め。俺が優しいからっていつまでも調子に乗ってるといいかげん寝首を掻いちゃうぞぉ?」


 状況からカン通りに危険が無いことが確認できたルシルは、青筋を立てながら悪態をつく。

 この諸島は立地と島の環境から言っても、思っていたより快適だ。


 誰も踏み入っていないこの島は随分と資源は豊富そうに見えた。

 海水で育つ木々を含めて緑は多く、まだ全貌を掴み切れていないが、豊かな水源もあって食べられる魚もいる。

 果実を作る木があるなら多くの昆虫が見込め、そうなればまだ見ぬ雑食を含む肉食獣もいるはずだ。


 現在島に生息している動物の家畜化が難しくても、たとえ獣自体がいなくとも、島からたった一日・二日の距離にベルンがある。

 家畜を連れ込むのもありだし、ルシル一人と考えればそもそも必要とも思えず、何よりちょっと拓けば予想以上の要所になりそうだった。

 端的に言えば、報酬が『辺境の厄介な土地』であることに苛立ちは募っても、このメルヴィ諸島は気に入ったのだ。


「つっても名前が書いてあるわけでもなし……って、名前だけ書いてあってもどうにもならない可能性は高いけどな」


 ぼやきながらも探索を続けて洞穴に入っていく。

 どうやら元々あった洞穴の前に石柱を立てて祠に見立てているだけのようだった。

 石柱の巨大さには圧倒されるが中はかなり簡素なもので、床や壁は海水に侵食されてデコボコとあちこちが窪んで海水が残っている。

 何処まで水位が上がるかは不明だが、満潮時には水が入ってきてしまうようだ。


「えぇ……侵食されてるのに補修なし、ってこの封印大丈夫かよ?

 あ、でも柱だけは何だか作られたばっかりみたいに艶やかで別格に綺麗だったな」


 本職の斥候スカウトには劣るルシルはきょろきょろと視線を這わせる。

 奥に向かうほど若干低くなっているようで、こうなるともう水に沈めることが目的なのかと邪推してしまう。


「それだと海の侵食受けて祠の寿命を短くするだけか。賢い奴はなんか別のことでも考えてたのかな」


 声が響く洞穴の行き止まりには、石をくり抜いて作られたとしか思えない細工の入った、ご神体と思しき小ぶりな人工物があった。

 しかもそのご神体は半ばまで水に沈んでおり、全体像が見えていない。


「もしかして水没部分にヒントとかあったりする?」


 だとすれば何とも上手い具合に沈めてあるものだ、と呆れてしまう。

 ルシルなら簡単に水を掻き出すこともできるが、近付いたり水に触れたりするだけで何が起こるかわからない。

 とりあえずご神体を含む洞穴の最奥を、つぶさに観察してみる。


「……いったん王都に戻って宰相閣下からご教授願うかね?」


 大した発見もできなかったルシルは、ため息とともにそんな言葉を吐き出した。

 王家が関わっていることは間違いないが、宰相とはいえ知らされているとは限らない。

 特にどう考えても不自然な状況で秘匿が完成している状態なので、下手をすると王家が持つ文献にさえ残っていない可能性もある。

 実害はなさそうなので、最悪このまま放置するのもアリだろう。

 王都まで戻るには勇者の足でも一週間はかかるのだから。


 口伝でも残ってればいいな、と諦めたルシルがご神体に背を向けたとき、背後から濃密な気配と霧が溢れ出した。


「くそっ! 長居しすぎたかっ!」


 口封じ用の罠であれば突破も容易い。

 濃霧に隠れたご神体からとにかく距離を取るものの、最悪はこの祠が封印しているナニカが出てくることだ。

 そして出てきた場合は討伐か封印かの二択を勇者として強いられる。

 逃げるわけにはいかないのだ。


「これを見越して俺を寄越したんじゃないだろうな……?」


 最悪に笑えるのが男のたしなみだ。威圧感の増す祠の中で勇者はギリッと噛み締め口角を上げる。

 濃霧に煙る向こう側で、ばちゃんと海水に何かが落ちる音が洞穴の中にこだました。


「どんなピンチでも信じられたってのに俺のカンも鈍ったかな」


 獰猛な笑みを浮かべるルシルの頬に、暑くもないのに汗が伝う。

 可能性としては低いが『神格持ち』が出てくるかもしれない以上、先制攻撃することはできない。

 元より相手を刺激する気はないため、魔力はいつでも全開に持っていけるよう、体内で静かにアイドリングさせておく。


「わっちはミドガルズオルム! そこの、わっちに何か食べさせい!」


「………………は?」


 勇者の前に現れたのは、見目麗しい裸の・・少女だった。

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