010始まったサバイバル
まずルシルが欲したのは仮設住宅を建てる場所である。
海路しかないこの島で、海から遠ざかれば遠ざかるほど不便になるのは明白だが、波に呑まれるのも避けたい。
また、地上では動物に襲われかねず、水の確保も簡単であるほどありがたい……となれば――
「樹上の家、ツリーハウスってやつか」
海岸沿いに生えるルシルの背の倍くらいの木々を見て呟いた。
「うーん……エルフの家って大木の幹に、枝みたいに固定して通路とか作ってたよなぁ」
思い返すのは人族が亜人と
何百メートルにも育った巨木に橋を渡す要領で土台を作り、その上に家屋を乗せる多階層の高層建築で、土台と人だけでなく家具や家屋も乗る重量は想像を絶する。
巨木とはいえ支えるには重すぎる重量を、渡した木々で分担させると共に、土台自体が添え木の役目を担っているという、高度な建築技術を要するものだった。
望むのはそうしたエルフの家だが、戦場のイロハを知るルシルも、こうしたモノづくりに関しては素人でしかない。
作れるとは思えないばかりか、そもそも木の高さが全く違う……どう足掻いても似せることすら不可能だった。
「どうするかな……あ、でも適当に上を平らに剪定して板乗せれば何とかなるか?」
自由気ままに生い茂る木々を眺めてそんな感想を持つも、日を遮ればさすがに木々も死んでしまう。
死んだ樹木は脆く、となれば底がいつ抜けるかもわからない家で過ごすのは、いかに常在戦場を旨とする勇者でも嫌だった。
考えれば考えるほどドツボにはまるルシルは肩を落す。
「やっべ……大工とか建築家を連れて来ねぇと俺ずっと宿無しかよ。とりあえずそこらの葉っぱかき集めてベッド作るか」
最初に考えるべき問題に今更ぶち当たる辺り、一人で「あちゃー失敗したな」とぼやくルシルのサバイバル能力の高さが裏目に出ていた。
逆に言えばルシルだけに限ればどうにでもなる。
雨が降るなら屋根が先だが、今のところ晴天なので気力・体力の回復に直結するベッドを優先する。
材料と場所、それに食糧を探すために、立ち止まっていたルシルは改めて歩き出した。
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探索を続けるルシルの周囲をまだらな木漏れ日が照らしている。
海から離れたためか周囲の風景は随分と様変わりし、木々の背も随分と高くなっていた。
すぐ近くを流れる広く深いはずの川も、ガラスのように透き通り魚の姿が良く見える。
「おっ、やっぱり手付かずの大自然だな!」
野性味あふれるルシルに鑑賞の趣味はないが、それでも過酷な戦場とはかけ離れた穏やかな光景にはしゃいでしまう。
戦場もそうだが、あの王都での一件も無自覚に尾を引いているのかもしれない。
「その辺の岩でも持ち上げたらカニとか出てくるかな?」
童心に帰るルシルは、探索というより子供の探検のような感覚でゆっくり自然を堪能する。
元々無人島と紹介されてはいたが、これだけの規模を誇る島に誰も居ないというのは面白い。
「意外に人ってしぶとく生きるのになぁ」
ルシルがぼやくように、人は平気で生きやすい環境へと開拓していってしまう。
便利を捨てるのは嫌がるだろうが、不便であっても生存を求められれば何とかしてしまうのが人だった。
それが誰も居ないというのは……それも霧以外の不便さのない綺麗な環境下であれば、ルシルが不思議に思うのも無理はなかった。
「誰も居ないし水浴びでもするか」
船でも水は使えたが、あくまでそれらは飲料水だ。
魔法を使っても得られるとはいえ、航海での水はそれこそ砂金のように価値がある。
洗い物は海水で行い、風呂なんてもってのほかで、軽く湿らせた布で身体を拭うのが精いっぱいといったところ。
昨日は船に戻る制限付きだったためにそんな余暇は取れなかったが、今日は誰に咎められることもない。
ルシルは川の支流に降りて装備をその辺に放り出して水浴びを始めた。
「いやぁ、やっぱり海水とは違うな。このサラッと感が良い」
上機嫌で身体を撫でるルシルは、その辺で折ってきた枝を片手間に川上に投げ入れる。
しばらくすると枝に刺さった魚がぷかりと浮き上がって流れて来た。
気軽にやっているが、銛でもなんでもない曲がったただの枝を、流れのある川へ投げ込んでいるので、控えめに言っても神業に含まれる。
陸に上がって布で雑に身体を拭ったルシルは川岸の土を軽く掘り、その辺に落ちていた枯れ葉と枝を集めて放り込んだ。
鼻歌交じりで枯れ葉を中指を親指に数枚挟んで「パチン」とフィンガースナップを試みれば、赤い色が灯って窪みに落下する。
後は枝に刺さった魚を焚火の周囲に突き立ててしばらく待てば昼ご飯の完成だ。
「火を使えるとか便利すぎて涙が出るな。敵地だと光、音、煙の三拍子で即座に発見されるからなー」
ルシルは服を着ながらにこやかに焼けるのを待つ。
少し冷えた身体に焚火の温かさが心地いい。
しばらくすると魚の表面がパチパチと弾け、破れた皮の隙間から脂がにじんであふれ出て来た。
灼熱を主張するように焼けた皮と脂はゆらゆら揺らめく川魚を、そろそろ頃合いか、と枝を手に取り口に運ぶ。
「あっちっ!! うっめぇ!?」
塩すら付けなかったただの素焼きにも関わらず、拒絶するほどの熱さを越えて舌に乗れば、川魚の脂は甘みに変わる。
余りの美味さに唾液が溢れるが、濃厚な味は薄まることはなく、より一層引き立つように香りが立った。
腹の部分は苦みのために一瞬ためらったが、えぐみのアクセントがまた食欲を掻き立てる。
勢い余って骨を齧れば、カリっと子気味のいい音を立てて砕けて食感が
噛むほどに砕け、身からあふれるうま味と交じり、舌や歯、もちろん喉に絡まることもなく、身と共に飲み下せば美味しい以外の感想はない。
バクバクとかぶりつき、本能が『やめておけ』と囁く頭だけ残った枝を見下ろしたルシルは「ほぉ」と息を吐く。
まだ焚火に翳されている二本の枝を見てごくりと喉を鳴らす。
一瞬でなくなったのは言うまでもない。
川魚を余さず堪能したはずのルシルは土や煤に汚れた手を洗いつつ「魚ばっかりだったし、そろそろ違うのも食べたいよな」などと誤魔化すように口にする。
有言実行とばかりに近くの石をひっくり返して何かいないかと探す。
「おっ、やっぱりエビも居るんだな」
すかさず投げ込まれた枝は、逃げに徹するエビの背を貫いた。
枝をぴくぴくと揺らしながら岩陰に隠れようとも、刺さった枝が引っ掛かって逃げ込めず、ルシルは悠々とつまんで持ち上げる。
「
野生に生きる魚やエビが、そう簡単に捕まるわけがなく、単純に生物としてのスペックが高すぎるルシルゆえの結果である。
同じように石を転がすだけであっさり二尾収穫し、ほくほく顔で焚火に追加した。
「昼間から豪勢な食事を取れるなんて恵まれてるぜ。あ、でもこのままだと焼きしかできないから鍋くらい頼まないとな」
強靭すぎる勇者には、住処よりも調理器具の方が重要だった。
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