009島内調査

 停泊した船で船員と馬鹿騒ぎをしたルシルは、ベッドから起きて船上へと顔を出した。

 既に陽は上がり、晴れ渡った水平線が実に清々しい気分にしてくれる。


「のは正面だけなんだよな……」


「えぇ……もう島の影すら見えません。この霧やっぱり変ですよ」


 うんざりした声を上げるルシルに同意する船員も呆れている。

 昨日吹き飛ばしたはずの霧が、またもや海上を覆っていれば当然だろう。

 そしてルシルは「な、こういうことがあるからだよ」と頭を振って昨日の話を持ち出した。


 広域が霧に包まれていると聞いていたので、メルヴィ海域に行き着くことはできるだろう。

 しかし道も標識もなく島さえあるかも分からないのに、延々と海上を走れるわけが無かった。

 休憩するにはどうしても足場は欲しいし、折り返し地点すら分からない。

 ベルンのように陸地があるとさえ分かっていれば、ルシルは一人で海を渡ったに違いない。


「さぁって、それじゃ今日も霧を吹っ飛ばして行ってくるわ。

 お前らはもう帰って良いけど、二週間後に戻ってくること忘れんなよ?」


「本気だったのかよダンナ……」


「嘘吐いてどうすんだよ」


「でも勝手に住み着いちゃまずいでしょ。誰も来なかったとはいえ、ここはどっかの国のもんでしょう?」


「ん? あぁ、そうか、そういや言ってなかったな……。ここ、俺のなんだよ」


「はぁ? あの島がですかい?」


「んにゃ、メルヴィ諸島がだよ。ほれ、この通り。国から権利譲渡の書面を受け取ってるしな」


『はぁ?!』


 ルシルがぺろんと気軽に出した羊皮紙を見て船員たちのアゴがかくんと落ちる。

 視線で穴が開かねないほどじっとりと読み込み――


「『報酬としてメルヴィ諸島を譲渡』……ってぇぇ!? まさか偽造じゃないでしょうね!?」」


「失敬な。ちゃんと上に国の紋章があるだろ? それにサインは……」


「宰相様!?」


「そ。俺、結構すごい人なんよ」


「え、えぇ……じゃぁこの海域の領主様ってことですかい?」


「そこが微妙な線なんだよなぁ。ほら、どう見ても無人島だろ? それってもう治めてるって言わないよな?」


「……厄介払い?」


「うっわぁ! それ思ってても言っちゃだめなやつだぞ!

 まぁ、ポジティブに考えるなら産業も人も居ない手付かず島だから納税はゼロってところかな」


「それって島流しって言いません?」


「あれ、俺ってお前らに結構優遇したよな?

 なのにこんなに冷たくされるって人望ないの? おっかしいなぁ」


 翠扇スイセンを取り出して霧を飛ばしたルシルは茶化すように笑う。

 二度目ともなれば慣れたものである。

 その仕草が別れの合図と知る船員たちは表情を固めて問いかけた。


「ホントに行くんですかい?」


「もう一日探索させてもらっても良いんだけどな。やっぱり俺は『良い客』で居たいのさ。

 その代わり二週間後にはお互いのためにキッチリ迎えに来てくれよ?

 すぐに必要なのはちょっとした工具やロープだが……細かいのはこれから島に分け入って必要なものを確認するからな」


「……俺たちにお遣いを頼む気ですか?」


「ははっ、面白いコト言うじゃないか。お前たちの本業は貿易だろう?」


「そ、そうですが……」


「なら是非とも俺のお眼鏡にかなうものを売りつけに来てくれよ」


 ルシルは「それじゃ、ここで一旦お別れだ」と気取って船を降り、海上を水を切るように駆けていく。

 たった数日行動を共にしただけで後ろ髪を引かれる思いを抱かせるルシルに、船員たちはえも言われぬ感傷で見送っていた。


 ・

 ・

 ・


 諸島の隙間を抜けて海上を駆けるルシルは、本島とも呼ぶべき中央に位置する最大の島を目指す。

 本島には高い赤茶の山があり、もくもくと煙を吐き出しているところを見ると活火山なのだろう。

 そのすぐ奥は崖と海が広がり、溶岩などはそちらに流れ込んでいるようだった。


「結構でかい島だけど、まだまだ成長中なんだな。もしかして霧の原因って蒸発アレか?」


 などとルシルは近付く本島への感想を述べる。


 それでも昨日、今日とたった一日で諸島全体を覆う規模の霧が発生するとは思えない。

 というより、あれが原因なら昼間に探索したときにでも、ゆっくりと霧が広がっているはずだ。

 何より一切晴れることなく維持され続けるのはさすがに納得できない。


 原因は何かしらあるはずだが、今までめぐった島を調べた中では何も出てこなかった。

 だからこれから向かう本島が一番怪しい。


「さぁって、何が出てくるかね」


 個人で魔族領を駆けたルシルは、数日来の自由を噛み締め解決に向けて気合が入る。

 とはいえ、これから最低二週間ちょっとはサバイバルが待っているので、本拠地も決める必要もある。

 自然現象の線も消えてはおらず、本島の環境把握は変わらず最優先で行うことにしてようやく島に到着した。


「やっぱりこの島も海に張り出した木があって邪魔だな。

 霧が晴れても船着けるにはちょっと厳しいかも……てことは、どっかに船着き場を用意しないといけないのか?」


 島を散策する中で考えるのは、一人で行う開拓事業の展望だ。

 サバイバルし続けるのは勇者に数えられたルシルにとって造作もないことだが、それでも屋根・壁・床があるだけで快適性は段違いだ。

 手軽なので洞穴があれば当座は構わないが、雨風がしのげるからと住みつくのは文明人なら避けたいところ。

 まずは住宅の確保は急務になる。


「やべぇな。このままだと生活水準がマイナスになりかねないぞ。

 幸い焼け野原で素材が無いとか、汚水のせいで水や食糧がダメになってるとかじゃないから良いけど……せめてテントくらいは貰えばよかったな」


 かっこつけて船を返した手前戻るに戻れない。

 とても今更な後悔だった。

 開拓を軽く考えていたサバイバルに強いルシルも、人が人らしく生きる難易度に不安を感じ始めていた。

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