2-4
宿屋の外に停めてあったならず者の車を拝借して、少し町から離れた森の方へと移動する。車は六人乗りで、私たち三人が乗るには十分すぎる広さだった。出発する際に男二人から車の鍵と財布も奪っておいた。車の中には、後ろの収納の方に燃料のタンクと、前の席にトランシーバーがあった。今の所トランシーバーから音がしないので、事態はまだ雁木のところまで伝わっていないのだろう。
クルップの上手いのか下手なのかよく分からない運転で、十分ほど移動する。
「さて、商談といきましょう」
一つ後ろの席に振り返ってクルップが言う。
「あなたが言っていた移動手段というのは、この車のことかしら」
私の左でカナリアが言う。雁木を倒せば、そいつらの所持品や装備をまるごと奪えると、ただ単にそういうことらしい。ならば、この男が提供するメリットが途端に安くなる。第一実践舞台は私たちなのだ、クルップの協力を仰ぐ必要がどれくらいあるか。
「ええ、そうです。ご覧の通り。もうこの車の所有権はあなたにあります。そして、僕が運転します」
「ということはつまり、しばらくあなたは、私たちのドライバーになるというのね」
ドライバーなんて必要だろうか。加えて、こいつと一緒に旅をするということだぞ。どちらにも、たいして得があるような気がしない。
「それだけじゃありませんよ。僕はたくさんのアイテムを持っていますし、情報だって色々仕入れてます。どうです?」
「どうって、はっきりと言ったらどうなの? それともあなたは、ウイスキー・クルップは取引なんて形でしか人と関係を築けないのかしら」
「ふふ、では分かりました。率直に言いましょう。僕を仲間に入れてください」
言って頭を下げるクルップ。私はこいつの思惑が分からない。いきなり過ぎやしないか。
「いったいなんのつもりでそんなことを」
「いいわ。認めましょう」
「な、いいのかカナリア」
「私は、いいわ。色々と情報も持ってそうだわ」
そう言ったカナリアの真意は私には分からない。
「じゃあ」
「その前に、泡沫はどうかしら? あなたは賛成?」
「正直なところ反対だ。だが、カナリアの方が正しいだろうからな。確かに協力者はいたほうがいい」
「決まりね。それで、ウイスキー・クルップ。あなたの望むものは何だったかしら」
「僕のことはウイスキーでいいですよ。それではまず、雁木たちが拠点している建物の間取りを見せましょうか。それから作戦会議です。といってもお二人の力なら楽勝でしょうけれどね」
クルップは例のアタッシュケースの中から、大きな紙を取り出した。
「雁木たちはこの町の端にある一番高いビルを拠点にしています。夜には全ての人員がそこに集まっていると考えてもいいと思います。外に見張りはなく、監視カメラが内部にだけ取り付けられています」
地図を指差しながらクルップが淡々と説明を続ける。
「詳しいな」
「ええ、何度か出入りしたことがあるんです」
「それで、どうするの? いくらなんでも、狭い室内で何人相手にするのは流石の私も無理よ」
「あいつら銃火器の類いは持っていなかったはずです。魔術武器は多少持っていたような気もしますが、そもそも魔術師がいないので、簡易的なものでしょう」
「そうじゃないわよ。室内じゃ魔術が使いづらいし、十分に距離が取れないじゃない」
「またまた、そんなこと言って、大丈夫ですよ」
クルップはどこからか謎の自身を出す。ん? そもそもクルップはカナリアが魔法を使えることを知っているのか。どこのタイミングで話したんだ?
「無理よ。発動までの時間が稼げない。私は本来戦闘が苦手なのよ。建物の外からは狙えないし。ビルそのものを壊す方法もあるけど、それも準備に時間が掛かる。コンクリートは燃えないでしょう」
私はカナリアが屋敷を燃やしたときのことを思い出す。あの時は見事に燃えていて、屋敷がまるごと焼け落ちていた。この手はコンクリート相手なら効きづらい。あと、前の町で戦ったときは、カナリアも十分戦闘に参加できたような気がするが、それでも十分な距離とラグが確保出来ていた。それこそ狭い室内で戦えるようなものじゃあない。
「そうですか? きっとあなたなら建物ごと落とせると思いますよ。正面から戦うよりも手っ取り早い」
相手も侵入者には警戒しているかもしれないが、突然の崩落なんか警戒のしようがないだろう。たしかに、手っ取り早い。だが、前に焼いた旧建築の屋敷と違って、災害対策も考えられたコンクリートのビルだ。一網打尽にするには火力だけじゃなくて、破壊力もいるだろう。
「だから、どうやって魔術発動までの時間を稼ぐのよ。そんな大掛かりな術式、道具も時間もどれだけ掛かることか分かってるの。まさかあなたも等価交換が分からない人なの」
「いえいえ、そんなはずはありません。僕だって魔術は多少分かりますよ。本来ならいくつもの爆弾を的確に配置して初めて出来ることだから、そりゃあ人間の力でやるのは相当数時間が掛かります。けれど、それは凡人の話しでしょう。あなたはそうじゃない」
「あなたは私を買い被っているわ。何を根拠にそんなことが出来るというのかしら。まさか私に重大なコストを払えと言っているのではないでしょうね」
「それには及びません。だって、あなたには並の魔術師なら到底及ばないような、何かがありますから」
「しつこいぞクルップ」
カナリアが無理と言っているんだ。時間がないのにどうして早く他の策を検討しない。さっきから何が言いたいんだ。
「ねえ、クルップ。商談なんて言っておきながら、そちらが一方的に情報を握っているのは不公平でなくて? 手札を開示してくれないのなら、私もリスクを負う理由はないわ」
「分かりましたよ。カナリアさん」
「気安く名前で呼ばないでくださる?」
「なら、上の名前で?」
「そんなもの捨てたわ」
「まあ、いいでしょう。もうすでにカナリアさんもお察しの通り……」
クルップは胸元から何の変哲もないシルバーのネックレスを取り出す。強いておかしな部分を挙げるなら、男に少し似合わないところか。
「僕はあなたのこともよく知っています。そう、この魔道具の効果でね」
「それが原因?」
「察しがいいですね。おおむねその通りですか。まあ、あいつらはこの道具自体に大きな意味を感じていないみたいでした。ただ、私にしてみればこれが一番価値のあるものです」
「間違いなく一点物の魔道具だわ」
「これを作ったのはあなたではないですか?」
カナリアが黙る。対してクルップは淡々と事実確認をするような感じで言った。施設にいたカナリアが作った道具が外にあるのか。
「もしかして、お前は……」
「勘違いしないでください。これを入手したのは、たまたま雁木たちがどこかから奪ってきたからです。あなた達の背景は知りませんよ」
「ならどうして、俺達のことを」
「だから、それがこの魔道具の効果ですよ。観察、鑑定、感知、エトセトラ。知覚系統の魔術のはたらきを大幅に上昇させる。基礎能力値の上昇に加えて、何もせずとも最大出力で動作させることが出来るんです」
クルップは改めてカナリアの方を向く。
「この魔道具にはあなたの魔力が混じっている。間違いなくあなたはこれの制作に関わっているはずです。それこそ、この魔道具の力で分かることですから」
ゆっくりと瞼を開きカナリアの口が開く。
「流石ね」
私は最初カナリアが何といったかよく聞き取れなかった。しかし、確かにカナリアはクルップに対して「流石ね」と、彼女なりの称賛の言葉を述べたのだった。
「お褒めに預かり光栄です」
「カナリア、何が流石だって?」
カナリアが素直に人を褒めることがまず意外だった。そして、クルップが色々と知っていることは魔道具の効果なわけで……。
「その魔道具わね。あくまで、魔術の強化を行うものなの。追加で技能を与えるものではなく、本人の持つ知覚系統の魔術を増幅させるものだわ。だから、あくまでもクルップの能力に依存するというわけなの」
「でも、それだけなら……」
「そうね。それだけなら、単に道具の性能がそれほどまでに高いだけかもしれないわ。だけどね泡沫、知覚魔術の強化なのだけれど、いわば自分の背後見えるようになるとか、遥か遠くの景色と手前とが同時に見えるとか、そんな感覚なの。あなたに分かる? 通常じゃありえない視野を道具によっていきなりもたらされることが」
ああ、そういうことか。見えないような詳細まで見える。見える量が増える。前を見ながら後ろを向くなんて、実際目が両方にあったとしても、意識が集中出来ないだろう。だから、平然とした風に、深い情報まで読み取っているあいつは、それだけの、能力を運用する力があるということか。
「まあ、もともと鑑定魔術については職業柄習得していたわけですが。それにしたって、他人のステータスなんて見たのは初めてですね。いったいどんな仕組みなのやら」
片手でネックレスを懐に仕舞って、片手で自分の後頭部をかく。
「へえ、どんな風に見えるのかしらね。気になるわ」
「あれ、カナリアさんは製作者なんだから、既に見たことがあるんじゃ」
「そんな趣味はないからね。それに、そのレベルを見るのは疲れるわ」
「そうですか。ということはあまり知覚系は得意でないですか」
「さあ、その辺は見えてるのではなくて?」
「それが、よく分からないんですけどね。ちょっと不可解な感じといいますか。意図的に隠してません?」
「今の私はこんなものよ」
前の戦闘のとき、つまり、七赤と戦ったときに、戦闘前にカナリアは赤い液体を飲んでいたはずだし、何か魔術を使う時は必ず道具とか魔法陣を使っていたはずだ。クルップが見ているステータスには、その手の要素は込みなのかどうか。
「一つ手の内を明かしあったということで、作戦を立てましょうか」
「ええそうね」
「なあ、クルップ。他に便利なアイテムは持ってないのか?」
「う~ん。使えそうなものはありますけど……」
クルップはああでもないこうでもないと、アタッシュケース両腕を突っ込んで漁る。
「これなんてどうです?」
そう言って取り出したものは、大きな白い布だった。
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