2-3

「今から、すべての部屋に茶髪の男が紛れ込んでいないか調べさせてもらう。心当たりのあるものは率先して名乗り出ろ。そうすれば何事もなく終わる。こっちも出来るだけ暴力は使わないつもりだ」

 一人で廊下で声を張り上げている。特に誰一人も応えず、反対もしなかった。

「よし、じゃあ、今すぐすべての部屋のドアを開けてもらう」

 隣の部屋、さらにその隣の部屋から扉の開く音が聞こえくる。一連の音がいったん途切れてから、おそらく最後に自分の部屋を開く。

 廊下を見ると、いかにも喧嘩が強そうな男が二人、長物を持って立っていた。横を見ると宿屋のスタッフが人のいない部屋も一つ一つ開けて回っている。

 男は二手に分かれてそれぞれ端から部屋の中を調べていく。私たちの部屋は階段からみて一番奥の部屋で、男の片割れがズカズカとこちらに歩いてくる。

「お前らはここの人間か?」

「いえ、ここに来たのは昨日が初めてですよ」

 私のように純粋な黒髪黒眼はあまりいないだろうから、確認しなくとも分かるだろうけれど、それほど住民の特徴を気にしていないようだ。とにかく、初手で挑発することはないから、ひとまずおとなしく従っておくか。

「この町では俺たちに従っておいたほうがいいぜ」

「部屋の中を調べるんでしたよね。どうぞ。自分と連れ以外いないと思いますけど」

 ドアの前からどくと男は無言で遠慮なく入ってくる。部屋をぐるりと見回して目標がいないのを確認すると、続いてクローゼットを開ける。もちろん中には何も入っていない。他にこの部屋には人が隠れられそうな場所は見当たらない。さて、こいつはベッドの下まで見るのかどうか。

 男はクローゼットを閉じてもう一度部屋全体を見る。それから、いつの間にかベッドの下から銀色に光る鞄がはみ出していた。自然に奴の視界に入るくらいに──。当然男の意識は下に向く、そこでベッドの下にも人が入れるという可能性に気づく。ばかかあいつ。

「あの、あなたがこの町を取り仕切っているんですか?」

 意識を逸らすべく質問をする。もちろんこいつは下っ端のはずだ。それくらいは見た感じで判断できる。とにかく、時間を稼いで、有耶無耶の内に帰ってもらおう。そう思ったのだが。その思惑は完膚なきまでに叩き潰される。

 私の質問に反応して男が振り返ってベッドに対して背を向けたところで、ベッドの下にいたはずのクルップが全力でそのアタッシュケースを、男の後頭部に叩きつけたのだった。

「があっ」

 短い悲鳴の後に、鈍い音がもう一度続く。

 完全に男は気を失っていた。

 正気かこいつは。

「いったいどういうつもりなんだ。お前」

「そうあんまり言わないでくださいよ。やっちゃったもんは仕方ないです。どのみち見つかってたことですし。早くドアを締めてください。じきにもう一人がきますよ」

 仕方なく言われたとおりにドアを閉める。カナリアは後ろの方でやれやれという風にボーッとこちらを見つめている。

「とりあえずこいつをクローゼットに隠しましょう」

 一体、どうしてこうなったんだ。クルップはどこまで計算ずくでこれを? カナリアの言うとおりに早く会話を切り上げて追い出しておけばよかった。ここまで急に、そしてクルップの調子で事が運ぶのは気に入らない。

「こっちにはいなかった。そっちはどうだ」

 などという声が薄っすら扉越しに聞こえてくる。

 男をクローゼットに隠して再びクルップがベッドの下にスタンバイしたぐらいで、二人目の男が来る。

「おい、どうしたんだ! あれ、ここに来たオレの相方はどうした」

「え、知らないです。もう隣の部屋に行ったんじゃないんですか」

「そんなはずはない。さてはお前」

「違います。俺は本当に何もしてないです」

「ん、なんだこの鞄は……」

 重い音とともに屈み込んだ男が後ろに転ぶ。

「な、貴様ウイスキー・クルップ!」

 などと言っている間に、私は用意していた短剣の柄で男の頭のてっぺんを強く叩く、叩く。抵抗する暇もなく男は倒れ込んだ。

「ふう」

「なんとかなりましたね」

「なんとかじゃないだろ」

 これじゃあ、今すぐにでもこの宿を出ないといけないじゃあないか。いくら私が悪人を許せない性格だからといって、ここまでことが早く運ぶのは流石に考えるものがあるぞ。

「まあまあ、これで、こちらとしてもきちんとした交渉が出来ます」

 クルップはここからが本題と言わんばかりに話を切り出してきた。

「どういうことだ」

「お互いにウィンウィンな交換をするということです」

「はあ」

「わかったわ。交渉しましょう」

「おい、カナリア」

 いいのか? こいつ、私たちを利用しようとした奴だぜ。最初にまともに会話するなと言ったのはカナリアじゃないか。今更こいつから何を得られるっていうんだ。どうせ公平な取引なんて成立するはずがない。とにかく、こいつ抜きで当面のことを考えるべきだ。

「いいのよ、泡沫。まずはウイスキー・クルップ。あなたの求める物と私たちにもたらしてくれる物を提示してちょうだい」

「話が早くて助かります」

 それでは、とクルップはわざとらしくベッドの上に正座してカナリアと向かい合う。

「まず僕が要求するのは、もちろん雁木たちの無力化です。生死は問いませんが、行動不能にしてほしいのです。無理そうなら、一時的でも構いません。ここから遠くに逃げ出せるだけの時間が稼げればいいのです」

「それで、私たちがそれに協力するメリットは何かしら?」

「メリットは二つもあります。一つ目に、そちらのお兄さん。名前は、泡沫ですか。そちらの方の偽善欲を満たせること」

 言ってくれるじゃないか。どこから気づいたのか分からないが、かなりの観察眼か、情報収集能力があるのだろう。それだけでも驚くべきところだ。何かしらの魔法を使ったのかもしれない。

「二つ目に、旅の途中のあなた方に移動手段を提供できます。おそらく入り用でしょう。きちんと動く車なんてのは手に入りにくいですから」

 どうも見事に二つとも今の自分たちの欲求に見事に合致している。合いすぎてむしろ気持ち悪いぐらいなのだが。カナリアは特に何も感じていない、この程度のことは予想済みだという風に応える。

「分かったわ。早く、細かい部分を詰めましょう」

「流石に理解が早い。では、場所を移しましょう」

「行きましょう。泡沫」

「あ、ああ。でも、本当にいいのか?」

「いいも何も、破格の条件じゃないの。あと、恐らく長い付き合いになるだろうから、仲良くしてよね」

 もうすでに、カナリアの中では遠く、この町を出た後のことまで見えているようで、私は置いてけぼりをくらった気分になる。それでも、文句もすぐに出てこなかったので、やはり黙ってカナリアに従うのだった。

「はい」

 いつも通りカナリアの鞄は私が持つ。いい加減これもどうにかしないとなあ、なんて思いながら、真剣に反論する気もそんなにない私なのだった。

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