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『報告書』
エルピス・ユースティティア
先日、赤の七区にV家の隠し施設と思しき洋館が発見された。今回は珍しく遠出の任務だ、気を引き締めていかないと。
私たちが報告のあった屋敷(跡)に到着したのは正午くらいのことだ。
長い山道を登って山の真ん中あたりを過ぎたくらいの位置で、近くの片側には大きな岸壁があり、一方向からじゃないと視認できないようにその屋敷はあった。
周囲を木々で囲まれた中に、その木々に溶け込むように黒焦げになった屋敷の大枠がかろうじて立つ。こんなにほどやせ細った姿になってでも一向に崩れる気配もないし、よほど柱や建築がいいのだろう。
まず最初に、屋敷の外側を一周してみた。
「やっぱり、火はいっさい敷地の外に漏れていないわね」
どうも地面に残っている焦げ跡が綺麗に切れている。少なくとも人為的に燃やされたことは間違いがないとして、その方法と目的は?
「雨璃、魔力の残滓は感知できる?」
屋敷から少し離れて全体を眺めている少し背の低めな少女に話しかける。
「ううん。何も感じないよ。逆に不自然なくらいだよ」
「誰かが魔術の発動を隠蔽したってこと?」
「う~ん」
「それはないと思いますよ」
私よりも頭一つ背が高く、その背丈ほどもある槍(と言っても持ち運びのために先が隠されているので棒にしか見えないが)を担いだ男が言う。
「夢久の人間、それも雨璃さまに感知できないレベルの隠蔽はどうしたって無理でしょう。もともと屋敷限定で燃えるように設計されていただけかもしれない」
なるほど。確かにそれなら納得もできる。もしも、本当に匠な隠蔽がなされているのであれば、それも〈五帝──詠帝家〉の血を引く夢久家の者が感知できないとすると、Aランク以上の魔術師によるものということになる。Aランク超えの魔術師でフリーなんて聞いたことがないから、その可能性は非常に低い。
頭上に気をつけながら屋敷の中を探索する。何も金属だったり合成樹脂のようなものはあまり残っておらず、かつて屋敷を構成していた木や石材ばかりが見つかる始末である。
「今回も成果なしかー」
軽くヤケになって黒い地面を踏みつける。鈍い音がじんわりと広範囲に広がったように感じた。
「エルピスちゃん」
「何?」
「今ので確信したんだけど、ここ地下があるよ。もう一回地面を叩いてみて」
こうかしら?
「筋力・硬度強化。重量増大。せぇい!」
さっきのよりも早く広く鈍い音が広がる。
「駄目ね。この床相当堅いし分厚い」
「うん、別にぶち抜いてくれって意味で言ったのじゃなくて、もっと詳細に探知したかったからなんだけど……えーと、この下かなり深いし広いみたい。それこそこの上に立っている屋敷がおまけに見えるくらいに」
ふむ、だとるすと上の屋敷はダミーで本命は下か。
「入り口を探しますか」
「そうね」
黒く焦げた瓦礫をどかしつつ地下への入り口を探すも、平たく塗り固められたコンクリートの基礎が出てくるだけだった。
「雨璃ー、本当に地下はあるんだよねー」
「私の感知魔術の腕は、よく、知ってるでしょ」
じゃあ、地下へはどうやって入るのだろう? 無理矢理叩き壊すのも無理があるわけで、しかし、中に入らずに出来る調査なんてたかが知れているしな。
「これ以上はどうもできないかな」
「そうですね、いったん町へ行って報告書をまとめましょうか」
それから、現場の写真や雨璃の感知した地下の状態なんかを記録して撤収した。
屋敷から帰る途中に赤の七区庁に立ち寄った際に知ったことだが、そこで重大な事件が発生していたらしい。
洋館から離れて殺風景な山を徒歩で下っていく。
「それにしても、こんな端の方に来たのはなにげに初めてよね」
「そうだね。ここに配属される前は、中央勤務ばかりだったからね」
その上こんな少人数で登山させられるとはね。
「ここを降りたら町があるんだっけ?」
「赤の七区の区庁があるから、かなり大きな町のはず……」
「ただ、あそこは最近実情が見えませんからねー」
今まで私達の後ろを歩いていた颯心がいきなり会話に入ってくる。
「どういうこと?」
「いえ、きちんと形式的な書類だとか報告書は届くんですが、町の中の話というか、情報をあまり聞かないな―と」
「そうなの。ちょっと物理的に端っこだからじゃない?」
「そうだといいんですけどね」
しばらく歩いていると、背の高いフェンスで囲まれた町が見えてくる。
時間帯だからか町は全体的に静かで活気がないようにも感じられる。
ちょうどフェンスがなく門のようになっているところから中に入る。入り口にひび割れた監視カメラが二台放置されている。
「なんか、気味悪いね」
雨璃はさっきよりも歩くペースを落として、私の後ろをついてくる。私と颯心に挟まれる位置だ。
「え、そう? 確かにちょっと人がいないかな」
「これだけ建物が並んでいるのに……どうして外に出てこないんだろう」
「みんな中にこもって仕事してるんじゃない。必要ないなら外へ出ないって普通のことだと思うけど」
「それはそれとして、最初にどうしますか?」
「ホテルも探さないといけないけど、それより先に区庁に顔を出しておきましょうか」
「分かりました。区庁の場所は把握してるんですか?」
「えーと、雨璃知ってる?」
「多分中央の方だと思うけど、〈正義名〉持ちの反応もあるし」
「いつのまに感知したのよ」
「知らない土地に入る時の癖になっちゃってて、軽くスキャンしてないと怖くて怖くて」
「どんだけ臆病なのよ。そんなんで生きづらくない?」
「ええー」
「エルピス様はもう少し警戒心を持ってください」
「そんなこと言っても……」
五十メートルほど前から一人、さらにその向こうにもう一人、人が走ってくる。
「誰か! そいつを捕まえてくれー!」
車が通っていないことを良いことに車道の真ん中で堂々と追いかけっこを繰り広げている。先に走ってくる男は胸に鞄を抱えている。
咄嗟にその男の前に跳んで通せんぼをする。
「止まりなさい」
「どけっ」
男は鞄を持ち替えて遠心力に任せてフルスイングしてくる。私は一歩踏み込んで男の腕を取り、鞄によって生じた勢いを利用しながら男の足を払ってその場に抑え込んだ。
すかさず魔術で体重増強して体格差に負けないようにする。
「くそっ、くそがっ」
「だまりなさい」
まったく白昼堂々盗みを働こうなどとは、一体全体何を考えているのやら。
もう一人の男が追いつく。役人の制服を着た男は息を切らせながら切り出す。
「ご協力感謝します」
「いえいえ」
男を役人に引き渡す。役人は何か気になるものが目に止まったのか目が合わない。
「どうかしました?」
「あの、ユースティティア家の方ですよね」
ああ、どこを見ていると思ったら家紋を見ていたのか。私の服にはユースティティア家を示す文様が刺繍されている。雨璃や颯心も同様で、この国ではなぜか「家」が重視される風潮がある。
私達はその後役人の案内で〈七赤〉のもとへと向かったのだが、途中見た町の様子はやはりどこか変だった。その違和感はちょうど区庁に到着したときに理解した。この町には警察がいないのだ。
〈七赤〉と対面。社交辞令もほどほどに私はそのことを聞いた。
「何かあったのですか?」
「ええ、そうなんですよ。そうなんですよ。少し前に新手の賊がやって来ましてね」
作り笑顔を完璧に保ったまま彼は言うことには、どうやら今まで武力なしで治安を保っていたシステムを部外者に完膚なきまでに破壊されたらしいのだ。その部外者というのがたった二人だけで、しかもその片方が年端もいかぬ少女だったというのだからこれは憂うべきことである。
「分かりました。本局にも報告しておきます」
という風に言ったものの、実はその賊の出現したのが先程の屋敷の燃焼の次の日らしいので私としても関連性を調査しなければならない。
二人組の片方は泡沫と名乗り姓はなかった、短剣を所持しており、黒髪黒眼。戦闘能力は総合的にBランクほどと予想される。少女の方はカナリアと呼ばれていて姓は不明、洋風のドレスで金髪赤眼、高度な魔術能力を持っていると予想される。この内少女の方は、ヴァーミリオン家の血縁である可能性があるため、本局の方でも調査する必要がある。
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