1-8
この建物を囲むように人が集まっていた。
恐らく千人単位の人間が偏りなく建物を囲んでいる。そしてその人たちの全員が死んだような顔をしていた。
ひどいな。
格好もバラバラで中には子供と思しき人物も混じっている。
その光景から目を背けて後ろを振り返ってみると屋上の中心に巨大なパラボラアンテナが立っていた。きっとあれで催眠波を発信していた、しているのだろう。今もこうやって住民を集めて人間バリケードを作らせている。
住民たちは意志を剥奪され死んだように今ここにいる。
人の思いを意志を摘むことは何者でも許されない。それこそこんななんの罪もない住民たちにしていいことじゃあない。
「見つけましたよオ!」
さっきの男が屋上に到着する。その隣には銃剣銃を持った女性がいる。銃なのか、一部の国家組織だけが所持していてしかも実際に使用するのにも許可がいるはずなのに──!
銃を持った女が動く。
「カナリアっ!」
とっさにその華奢な身体を突き飛ばす。
破裂音と空を切る音が過ぎる。
発砲された。
そう思ったときには次の銃声が響く。
今度の銃弾はカナリアの魔術によって食い止められたようだ。
私が避けるよりも早く空に指で何かを描きながら小さく口元を動かしている。
「やるわねお嬢ちゃん」
女の方が話しかける。
私達は一切答えずカナリアは魔術の形成、私は短剣を構えながら男の方に詰め寄っていく。
「〈
「〈
何を悠長に名乗りを上げているんだ奴らは。
「町の人に催眠を掛けたのはお前か!」
「ええそうですよ。おかげですっごく治安が良くなりましたねえ」
「このっ!」
煙雀はすぐに後ろに下がって変わりに奏珠が前に立つ。
銃撃が一つ。
左右に動いて照準をズラしながら接近。
距離を詰めると奏珠は銃を槍のように持ち変えて、銃の先に着いた刃をこちらへ向ける。
このまま突っ込んでも短剣ではリーチが短すぎる。
一気に突っ込むか。
ここで止まっても銃が相手ではジリ貧か。
それなら、と一直線に踏み込む。
ギリギリまで相手に悟られないように最小限の動きで短剣を
奏珠は銃で短剣を叩き落とす。
その間、奏珠の両手は塞がる。
姿勢を低くして、片足だけを静止。
あまり余った勢いを最大限回転へと変換。
一撃、では倒せないだろう。
もっと確実な攻撃力がほしい。
だから、私は奏珠の背後に回り込んでその両腕を固める。
「カナリアっ!」
「撃つわ」
カナリアの人差し指が奏珠に向けられる。
そして一筋の火炎。
「なんだとっ、こいつ!」
その一撃が正確に奏珠だけを叩く。
衝撃こそ伝わってきたが、その熱は対象だけに当たるよう調整されているようで私は火傷はおろか熱ささえ感じない。
奏珠が気絶したのを確認してから後ろを振り返る。
「次はお前だ」
「ま、待った! これ以上近づくんじゃない。私はこの赤の七区を治める、七赤煙雀ですよォ。お前ら、私になにかしたら一生政府から追われることになりますからねエ! ここは私が見逃してあげますからとっととどこかへ行きなさい」
今更になって何を言うんだこいつは。
「少し待ちなさい」
「カナリアもか」
「確かにそいつは〈七赤〉なのよ」
「だからどうしたんだよ。たとえそいつが何者だろうが住民を虐げたことは事実なんだ」
「先のことも考えなさいよ」
「俺は先のことを考えるくらいなら目の前の悪を許したくない」
足元の短剣を拾って煙雀のほうへ歩いていく。その場に尻もちをついている煙雀を無理矢理立たせて屋上の端の方へ、下に集っている住民に見えるように連れて行き、その首筋に分かりやすく短剣を添える。
「さあ、催眠を解くんだ」
「分かったから、早くその物騒なモノをどけてほしいですねえ」
「早くしろ」
「皆さん、いままでご苦労でした。もう仕事はありませんよォ」
そう言って懐から白い宝石を取り出して地面に叩きつける。それを見た住民たちが次々と正気に戻ったようで口々にどよめき始める。
ちゃんと催眠を解いたようだな。とりあえずこれで解決だ。
「終わったのなら行くわよ。鞄を持って」
カナリアが屋上の縁の方へ歩いていく。
「階段はそっちじゃないだろ」
「ここから降りるのよ」
ふわっと、カナリアのドレスの裾が膨らんだと思ったときにはすでにカナリアは横の道路の方へと降り立っていた。
「それも、魔法か」
空でも飛べるんでしょうかね。まったく、で、私はどうやって降りたらいいんだ。
「そのまま飛び降りなさい。補助はしてあげるから」
「そりゃどうも」
私は鞄を持って屋上から跳躍する、地面ギリギリでカナリアの魔術によって身体の浮く感覚の後に着地する。
次々と散っていく町の人たちに混じって私達はこの町の外を目指す。恐らく住民たちの生活がすぐには変わらないだろうが、それでも意志を持って生活するのと意志を持たないで生活するのは違う。それに徐々に変わってもいくだろう。
さてと、早く次の町へ移動しないといけなくなったな。
私達が来た方とは反対方向へ道路に沿って歩いていく。道が整備されているので施設を出た時の山道よりも随分と楽になった。
ちょうど坂道が上りから下りに変わるところで一度立ち止まって町を振り返る。
「何を黄昏れているのよ」
「これからあの町はどうなるんだろうな」
「さあ? 私達の知ることではないわ」
でもきっと少しでも良い方向へ進んでいくだろう。心なしか町が騒がしくなっているような気さえする。
「すまなかったな」
「別にいいわよ。これであなたがどんな人間か分かったわ」
「そうかい」
私のせいでいらない戦闘に巻き込まれることになったし、こうして追われるように町を出ていくことになってしまった。
「それはそうと。まだ終わりではないわよ」
「それはどういう?」
「やっぱり最後は派手な花火が必要ということよ」
カナリアが町の中央の方、小さくパラボラアンテナが立っているのが見える方に向かって手を伸ばして、指を鳴らした。
パラボラの部分が外れて落ちて炎上し始める。
「これも魔術なのか?」
「時限式のものを仕掛けたのよ」
遠くで黒い煙が高く天へと昇っていく。あの建物はおそらく無事ではすまないだろうし、まだ中にいるのなら七赤煙雀とかいうやつも無事ではないだろう。
「ここまでする必要あったか?」
「何を言っているの。所詮当人に催眠術を解除させたところで、再び施術しない保証がどこにあるというのよ」
それもそうか。
「変に甘いのかしらね、泡沫は」
「そうかねえ」
単純に馬鹿なだけかもしれないぜ。後先考えずに行動しようとするところとか。
「さあ、早く移動しないと。日暮れまでに次の町に辿り着けるかしらね。また野宿はしたくないわ」
「それはこっちのセリフなんだが」
誰もいない道路を私、カナリアの順で下っていく。コンクリートで舗装された道は歩きやすい代わりに長く歩いていると足が痛くなってくる。それでも取りあえず歩いていく。二人、横に並ぶのではなく縦に並んで進んでいく。
この町で私達がしたことは実際正しかったのかは分からないし、むしろ煙雀が言っていたように、政府の役人に対して暴行をはたらきさらには役所を破壊したことになるのだから、もうしばらくしたら私達は犯罪者ということにされるのかもしれない。けれどこれで良いのだ。もともと身分も何もない身だ。ただカナリアのことは気の毒な気もするが今更言っても仕方がない、旅は道連れというやつだ。だから、取りあえず私達は今晩の寝床と明日の暮らしの心配だけをしていればいい────。
────と、後にこのことが私達の行末を決定してしまうことを、そしてすでに暗い運命がその背後に迫りつつあることをその時の私は知りはしない。
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