1-6

 レストランでの食事を終えてから、近くにあった色々な店を周って必要な物を買い集めつつ出来るだけ建物の少ない場所を目指した。

 よく注意を払ってみると、通りに等間隔で監視カメラが設置されているようだった。それも信号機よりも遥かに多い量が出来る限り死角をつくらないように動作している。

 私とカナリアはなるべく不自然にならないように監視カメラのない場所を探す。

「それにしても、念入りだな」

「そうね」

「この分じゃ町の外まで行かないといけないんじゃないか?」

「それか、頑張って死角を作るのもあるわね」

「作る?」

 お得意の魔術ですか。

「まあ、それでも居場所はバレるからあまりやりたくないわね」

「それじゃあどうするんだ」

「どこか、建物の中……も無理そうだし」

 うーん。

「会話が聞き取られなきゃいいんだろ」

つまり遮断するのは音だけでいいわけで、

「さっきの交差点の中央とかどうだ?」

 幸い道路の中央に堂々と立っていたところで車なんて通らないわけだしな。

「それだと監視カメラに……ああそうね。むしろそっちの方が良いかもしれないわね。あなたが考えたにしてはいい案だわ」

「そうかい」

 映像は監視カメラから離れていても記録されるが、音声はある程度離れていれば環境音に紛れてマイクには入らないだろう。それこそ道路の中央の音を拾うようにマイクが設置されているのは考え難い。

 ということで先程の大きな交差点へ移動する。

 到着すると、話を始める前にカナリアが数枚の紙切れを取り出して魔術を発動する。

「念の為にジャミングを増やしておこうと思ってね」

「早速本題に入ってくれ」

 会話の内容が聞こえなくても長時間こんな場所で立ち止まるのはまずいだろう。万が一自動車に轢かれるという可能性も考慮しないといけないし。

「あなたも気づいていると思うけれど、この町はおかしいわよね」

「ああ、建物に人はいるのに外に人がいなさすぎる」

「そして、あのテレビね」

「そう、それがどうかしたのか? 確かに妙ではあるが」

 あの番組だけピンポイントで放送するし、その間店員が働いていなかったというのもあるが、テレビの内容自体は何も悪いところがなかったように思える。

「あの番組には魔術的な仕掛けが施されていたわ」

「それはいったい?」

「あまり魔術らしくないけれどね。心理学との併用なんてなかなか古臭い手を使うじゃない」

「心理学?」

「催眠術が仕掛けられていたのよ。あの動画には」

「何の目的で?」

「あの感じだとこの町を統治するため、じゃないかしらね」

 町の統治だって、

「どうしてそんな事が言えるんだ?」

 あんな内容のテレビ番組は独裁的なものを連想させなくないが……。

「まず、あれには催眠術が仕込まれていたわ」

「それはさっきも聞いたが」

「それも比較的軽いタイプのもので、直接意志を押しつぶして行動を制御するというよりも、繰り返し刷り込んで無意識下で徐々に行動パターンを変えるタイプね。本人たちは苦痛なんて感じないし、自分が催眠術に掛けられているという実感もない」

「つまり?」

「要するに『しつけ』のようなものよね。別に大きく人格に影響はないけれど、これはしない方がいいとか、これはしない方が普通だとか……」

「それでどうして統治って話になるんだ?」

「だって、それくらいしか出来ないじゃないの。大勢の人間を催眠することによって一切不満が出ないように出来るし、ルールも完全に守らせられる、最高の統治国家よね」

「いったい誰がそんな」

 そんな、人から自由を奪うようなこと……。

「だから、市がやっているのでしょう。だから統治なのよ」

 おいおい、そんなばかな、なんで、何の権限でやってるって、

「なんでそんな横暴が許されているんだよ! そんなものが許されるのか」

「少し静かに……」

「どうして」

「落ち着いて、……落ち着きなさい」

 二、三度深呼吸。頭の中の空気を入れ替えようとするが、相変わらずモヤモヤは晴れない。

「なぜ市がやっているって、証拠は?」

「テレビ放送よ。テレビ放送。市営の……それこそきちんと権力を持った者でない限り許されないでしょうよ」

「権力があったって許されないだろうがよ」

「一般人が勝手にすると捕まるという話よ」

「それで、そいつは何をしようとしているんだ」

「そこまではまだ。ただ本当に統治したいだけなんじゃないかしら」

「ああ?」

「この町は変でしょ?」

「そうだが」

「今の状態が作りたかったんでしょう。別に大きく何をしよう、させようというわけではなく、ただ人に最低限の活動をさせて、極力外出を避けさせる。そしたら治安も守られるのじゃない?」

 なんだって? じゃあ、こんなに町に活気がないのは、こんな風に道路に車が走っていないのは、一見してゴーストタウンみたいに閑散としているのは、そいつのせいって話か。人々に抵抗すらさせないままに一方的にそんな価値観を押し付けて、催眠術で従わせた結果だって言うのか? ふざけるな。

「なあ、カナリア」

「そうなると早めにこの町を離れる必要があるわね。よそ者という不確定要素は最悪排除されかねないから。ここでマイクに入らない会話をした時点でマークはされているかも知れないわよ」

「え?」

「今日は流石に落ち着きたいから、明日がいいわね。明日中にはこの町を出ているくらいがいいわ」

 カナリアは淡々と今後の予定について組み立てていく。

「逃げるのか?」

 私なんかよりも早くこの町の悪事に気づいておいて、明日には出るって。

「そもそも、対峙していないもの。意味がわからないわね」

 嫌に感情を感じない声色だった。

「この町はどうなるんだよ」

「どうもならないんじゃない? ずっとこのままか、いつか国にバレるかね」

「何もしないつもりなのか」

「ええ、そう言っているつもりだけど」

 冷たい。いや、関係ない第三者のくせに憤っている私がおかしいのか。分からない。けれど、この町は間違っているだろ?

「嫌だ。俺は、どうにかしたい」

「バカね」

「何?」

「自分の立場も分かっていないようね」

 カナリアは小さく溜息を挟んでから、子供を説き伏せるような声色で言った。

「いい、私達は今、逃亡中も同じなのよ。長時間ここにいたら追手が来るかも知れない。あの施設もいくつかある支部の一つなんだから。さらに、どうにかして国側に捕まった場合も素性不明な私達が如何に不利か分かる? 第一、敵の規模はこの町そのものも同然よ。勝てるわけないじゃない。ここは大人しく去るのが正解よ。分かるかしら」

 正解? 正解なのか。いったい、それのどこに正しさなんてものがあるっていうんだ? やっぱり目の前の悪から目を背けているだけじゃないのか。本当に勝てないかどうか検証したのか。カナリアの魔法ならなんとか、素人の集団なんていくらでも対処できるんじゃないか。それのどこに……どこに──。

「分かったわ。なら、こう言うわ。私達には明日にここを出ていく以外の選択肢がないの。無理なのよ。正しさなんて関係ないわ」

 どうすればいい? 堂々と目の前に展開される間違った光景に、なにも出来ることがないなんて。見て見ぬ振りして立ち去るのか。逃げるのか。

「いい、冷静になりなさい。とにかく一晩眠って頭を冷やしなさい」

 カナリアがスタスタと交差点を歩いていく。

「ホテルに戻るわよ」

「分かった」

 交差点では相変わらず仕事のない信号機が高く、虚しく点滅を繰り返していた。

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